復讐の勇者と魔神の僕

フルーツミックスMK2

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手負いの怪物

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 仄暗い闇の中、レイラはよく手に馴染んだ魔杖を構えた。着古しのローブは汗で湿っており、肌に張り付く感触が疎ましさを与える。手負いの怪物が荒々しく息を吐き出す。地面には膨大な量の血液が流れているが、眸は刃物の切っ先よりも鋭い。

 身の丈以上の大斧が軽々と持ち上げられたとき、その場の誰もが周囲の温度が低くなったのを感じた。それでも彼女は呼吸を整え、不釣り合いな大きさの帽子を普段より浅めに被り直す。

「こいつ、あれだけの攻撃を受けて生きているだと!?馬鹿な...有り得ない!」
 悲鳴にも似た疑念の声が上がる。彼、エルリックの顔は暗がりでもハッキリと分かるほど青く染まっており、服の袖から突き出す靭やかな腕は小刻みに震えていた。明らかに動揺を隠しきれていない。
「い、一体どうなってるのよ!」
 それは聖女のミリーも同様で。見たこともない表情を浮かべている。
 両手で握られる聖杖の先には、慈悲深さの象徴とされる十字架紋章の金属の輪が付いているが、それは閉塞的な音を鳴らすばかりである。

 手負いの怪物が大斧を構える。筋骨隆々な腕は柄の部分に掛かっており、後ろに引いた肱は大きく曲げられていた。
 それを目にした瞬間──レイラは背筋が凍るのを実感した。

「伏せてッ!」
 そう叫んだのはなにも、怪物の行動を予測していたわけではない。単に直感が告げていたのだ。
 洞穴の中間地点で仲間に説いた生存本能。それが彼女に最適な行動を取らせた。

 視界の大斧が横一文字に線を描く。一瞬で通過した風は身を屈める三人の真上を通過すると、窮屈な空間の強固な岩壁そのものを切り裂いた。

 その衝撃は、巣窟の入口付近にまで波紋を広げていた。

「ひっ...」
 へたり込んだミリーから悲鳴が漏れる。純白の衣服の裾は泥で汚れており、人一倍身なりを気にする彼女にとっては厭悪であっただろう。
 しかし、そんな気も起こらない程に恐怖心の方が勝っていた。

「ば、化物だ...」
 綺麗に割れた岩壁に目をやりながら、エルリックが喉元から声を絞り出す。
 彼の吐いた言葉は、この期に及んで解りきったものであったが、それは場の全員の率直な心境を代弁していた。

「これがAランク...?本当に冗談キツイわよ...」
 地面に落ちたお気に入りの帽子などには目も暮れず、レイラが震える足腰に力を入れる。一度は仕留めたと思われた化物は再度闘志を燃やし、魔力量は衰えるばかりか増しているようにすら見えた。ギルドに戻り次第、適正難易度の再審査を訴えてもいいくらいだ。

「くそ...こんな化物とどう戦えと言うんだ」
「もう終わりよぉ...」
 絶望に打ち拉がれるエルリックとミリー。彼等が持つ貴族特有の過剰なまでな自尊心は形もなく、牙は完全に折れてしまっている。
 その光景に、レイラが一つの記録を思い浮かべる。

 ──戦場において、慣れとは大きな足枷となる。昔読んだ兵法書に記されていた事だ。
 人間には慣れという機能が備わっており、それは本人が意識していなくとも、勝手に少しずつ蓄積されていくのだ。

 例えば、初めて狩猟に出かける者がいたとしよう。きっと、その者は慣れない狩猟に緊張感を覚えながらも、獲物を必死に刈り取るだろう。その暁に得られるのは、苦労の末に仕留めた獲物とそれに匹敵する大きな達成感。
 やがて、その者はこう思うだろう。次はもっと上手く狩ろう。次はもっと上手く仕留めよう、と──。

 そうして何度と狩猟を繰り返していく内に、次第に最初の頃の緊張感は薄れていき、更に大きな獲物を狙うようになっていく。それはこの者が狩猟をする事に慣れたからだ。
 この慣れこそが戦場では命取りとなる。何故ならば、慣れるという事は知らず内に緊張感を欠いている状態だからだ。その分で、思わぬ状況に陥った場合の反動は大きい。

 恐怖に震える仲間の姿は、その書物の内容を模範するかのようだ。

 ──クロード...。
 レイラが怪物の向こう側を覗き見る。頼みの綱である勇者は岩壁に凭れかかっており、この位置からでは意識の確認すら取れない。咄嗟に聖剣で威力を殺したのだろう、幸いにも腹部の傷はそれほど深くないように見える。だが、頭部の出血量が著しく、客観視しても早急な治療を必要とする状態だと分かった。

 ──いけない。何を焦っているのよ、らしくない。
 私は勇者一行の賢者でしょう?私が冷静でなくては、誰が中核を担えるというのかしらね。

 頭を振るい、私念の全てを圧し殺すと、レイラが打ち拉がれる仲間を督励する。
「二人共、気をしっかり持って!絶望している暇はないわよ!」
 指揮官を失った兵士は統率を乱す。それが優秀な指揮官であればあるほど混乱は大きい。まずは負の流れを断ち切る事が先決だった。

「もう一度強力な魔法で攻撃を加えます!殿下はミノタウロスの動きに注意しつつ迎撃を!ミリー様はライトでの牽制と後方支援を!」
「なっ!?私にあの化物から敵視を取れというのか!?無謀だろう!」
「そ、そうよ!エルリック様に死ねというの!?」
 仲間の非難を訊きながら、レイラがそっと詠唱を口にする。にじり寄っていた化物へライトが放たれた。

 悲鳴を上げて後退する化物。どんなに困難な状況であろうとも、敵は待ってはくれない。レイラが前衛であるエルリックの前を通過する。

「誰も殿下に敵視を取れなど言っていませんよ。私が前線に立って敵視を引き付けます」
「何だと!?」
 エルリックが驚愕に目を見開く。レイラの発言は、後衛が基本とさせる魔導師の領分を逸脱した無謀なものだった。

「君は正気か?賢者に前衛が務まる筈がないだろう!」
「エルリック様の言う通りよ。そんなの自殺行為だわ!」
「ですが、これが今出来る最善の方法なんです」
「最善の方法って...」
 困惑する仲間の姿を一瞥し、レイラがそっと目を閉じる。

 前衛が一人と後衛が二人では隊列のバランスは悪く、攻めの機会を生み出すのも時間を要する。今まではクロードが敵視を取りつつ、その間に私を含めた攻め手が攻撃を加える事で、比較的安全に魔物を討伐出来ていた。
 そんな土台が崩壊した今、代わりとなる支柱が必要とされる。その役割を担うべきなのはきっと、この場で誰よりも平静を務めている自分なのだ。

 幸いにも手元にはクロードが立証したライトの有効性がある。手順さえ誤らなければ、戦い抜く事は可能な筈だ。

「仮にあなたが敵視を取るにしても、攻撃はどうする気なのよ?いくらエルリック様が優秀だとはいえ、彼一人であの牛を相手にするには火力が足りないわ。私は浄化の魔法は使えても、攻撃魔法を使う事は出来ないし...」
 ミリーが現実的な意見を述べる。クロードとエルリック、そしてレイラが怒涛の攻撃を仕掛けてようやく手負いまで追い込んだ化物。それをエルリックが一人で攻めるとなると、決定的な火力不足は否めない。

 しかし、レイラは迷わず答える。

「敵視を取りながら、私も攻撃を加えます」
「は...?攻撃を加えるって...あなたは近接戦は出来ないでしょ?」
「はい。ですから、敵視を取りながら魔法で攻撃するんです」
「はあ!?」
 ミリーが素っ頓狂な声を上げると、やけに冷静に取り繕うレイラへ詰め寄る。

「馬鹿も休み休み言いなさいよ!いい?魔法は詠唱をしている間、術式の構築と一定量の魔力を必要とするのよ!?それがどれだけ集中力を使う事か、あなたならよく知っている筈でしょう。それを敵視を取りながらやるですって?無理に決まっているでしょうが!」
 魔法の仕組みを深く理解しているからこそ、ミリーにはレイラの発言が自殺行為にしか思えなかった。普段は冷静沈着な彼女らしくもない。

 しかし、”賢者”がそんな事を事を理解していない筈もなく。
 レイラが真摯な口調で告げる。

「それでも、今の状況下ではこれが最善の方法なんです。ご安心下さい、お二人には被害が及ばないよう上手く立ち回りますから」
「わ、私は別にそんな事を気にしているんじゃなくて...」
 無謀とも言える作戦に根拠など有りもしないが、少なくとも彼女の覚悟だけはハッキリと伝わっていた。

 ミリーが視線を隣へと向ける。そこには黙りこくるエルリックの姿があった。
 彼は何かを推し量るようにレイラを見つめると、やがて観念したように重い口を開いた。

「...分かった。君の作戦でいこう」
「エルリック様!?」
 驚嘆するミリーだが、彼の表情は真剣そのものだ。
「ただし、これ以上は不可能だと感じたら直ぐに撤退するからな」
「有難うございます。皇太子殿下のお心遣いに最大限の感謝を」
 レイラが胸に手を当てて貴族の礼を取る。その姿はがたまにする仕草にそっくりで、エルリックは苦笑を浮かべる。

「全く...君達はこんな時ばかり礼儀を尽くしおって。お陰でいつも振り回されてばかりだ」
「これでも少しは丸くなった方なんですよ?」
 エルリックが溜息を吐くと、隣のミリーへと視線を向ける。
「ミリー、話は聞いていたね?レイラが敵視を引き付けるから、私は隙を見て目標へ攻撃を加える。君は後方支援とライトでの牽制を頼むよ」
「ほ、本当にやるんですか?私は直ぐにでも撤退した方が良いかと...」
「私も最初はそう思ったさ。でも、目の前でこれだけの覚悟を見せられては...ね?」
「まあ、エルリック様がそう仰るのなら...」
 渋々ミリーが了承する。愛する者の選択とあらば断る事はしなかった。

「──それに、私としてもこのままクロード君を見捨てるのは心苦しい。君の本音はそこじゃないのかい?」
「...それは想像にお任せします」
 茶化すように言われて、レイラがそっぽを向く。エルリック達も言うように、現実的に考えればここで撤退する事が三人の生存率を一番上げる。その後は帝都から駆けつけた騎士団と協力して鎮圧に当たれば、それほど被害が広がる前に収束が可能だろう。

 だが、レイラにはそれがどうしても出来なかった。
 彼一人を犠牲にして生き延びるなど考えられない。

 そして勇者一行の賢者が取った選択は、自らを犠牲にする事だった。この勇気ある行動には、貴族社会で生きてきた二人にも多少の情を与え、今少し協力しようと決意させた。

 話がまとまったところで、目眩ましを受けていたミノタウロスが態勢を戻す。相変わらず戦意は微塵も衰えておらず、眼光だけで人を殺しかねない威圧感を持っている。

 ──彼は今まで自ら率先して危険を買って出ては、仲間達を何度も納得させてきた。それがどれだけ凄い事だったのか、今ならハッキリと分かる。
 彼が居たからこそ勇者一行は機能していた。比較的安全な位置で戦う事が出来た。統率を乱す事なく、魔物を討伐して来られた。考えれば考えるほど、背負ってきたものの重さが分かる。

 ならば...私も彼等を納得させるだけの覚悟を示さなくてはならない。

「では行きます。二人共、手筈通りにお願いします!」
「了解!」
 賢者を筆頭に、再び勇者一行が化物と対峙した。
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