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9話 押される背中

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 わたしはローウェンとの待ち合わせの場所になっている隣国のバルトスまで来ていた。
 ロマンチックな雰囲気が香るこの国の町並みは外から来る人々の思い出話によく出てくる。

「わたしはこの町に何回か来ているのよ」
「そうなのですか」

 馬車の中で、護衛についてきているシエルに、わたしは笑顔で語りかける。
 彼女はわたしの話を微笑を浮かべながら聞いてくれていた。
 この町は中央に存在する巨大噴水が名所として知られていて、夜になると魔法石の明かりに導かれ、水が天高く舞い上がる。

「噴水はシエルも知っているでしょうけど、名所は各地にたくさんあるわ」

 バルトスには知る人ぞ知る隠れた名所がたくさん散りばめられていて、これらを知っていてこその通である。

「私もそれなりにも知っておりますが」
「ふふ、負けず嫌いね」
「お嬢様には負けたくありませんから」

 今日はそんな名所の一つである隠れた名店にお邪魔して、最高のパスタを食べてみたかった。
 馬車の外から見える景色は、夜のものとは思えないくらいの輝きに満ちていて、見る目も点々とした光を帯びている。

 この鮮やかな雰囲気こそ、バルトスの醍醐味であり、見るたびに気持ちが湧き上がってくる。

「なんか沈んでいた気持ちが湧き上がってくるわ」
「それは良い傾向ですよ」

 わたしの中では、ローウェンに対する気持ちがせめぎ合っている。
 正負それぞれの感情が一様に彼に向けられていて、あれから数日あった今でも彼への評価を決めあぐねていた。

 それは今でも変わらないとはいえ、シエルの肩の荷が降りてくれるくらいには、わたしも落ち着きを取り戻しつつある。

「今日がもし駄目だったら、いよいよ覚悟を決めるわ」
「私は前々からあの男が嫌いですし、もし嫌なら今から引き返すのも手だと考えています。ドタキャンはお互い様でしょう」

 揺れの小さい馬車の中でくつろぐわたしは、シエルの意見もあながち正しいと思っている。
 覚悟……わたしはそれを決めないままに、狭間でさまよい続ける。

 彼と会って和解が成立するのかは、啖呵を切ったわたしにも結果は見えない。

「変に気を揉まずに逃げても構わないのです。逃げることも立派な勇気だとわたしは思いますよ」

 シエルは熱い息を吐いて背もたれに背中を預けるわたしの手を強く握っていた。
 シエルの心配はかなりありがたい。彼女がいなかったら、とうにわたしは理不尽の連続に心を病んでいただろう。

「気持ちはありがたく受け止めるわ。でも、これはわたしが向き合わなければならない試練。逃げてはわたしの名が廃るの」

 わたしはどんな末路が待っていても、彼とのけじめをつける。その決意はたとえ、親友にも砕けない。

「……そこまで言われては、私に止める権利はありません。他ならない親友の頼みにこれ以上水を差すのも、野暮ってものかな」

 わたしの決意を聞き入れたシエルが小さく笑い、うなずいている。
 わたしがその気でいる以上、逃げるようには薦めず、むしろ背中を押す勢いであった。
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