1 / 2
簒奪の夜
しおりを挟む
雷雨降り注ぐ夜。
今宵、新たな皇帝が誕生した。
下賎な生まれと蔑まれた皇帝の血を引く男が、その座に返り咲いたのだ。
名を袁赦鶯ユエン・シャオウ。
現皇帝の位を簒奪した反逆者であり、新皇帝でもあるその姿は、私の目によく焼き付いた。
私の唯一の肉親たる皇帝の血で染まった彼の姿を、よく焼き付けて。
柔らかい肉を貫く音がした。
赤い雫が床に垂れる。
兄の身体を貫いた剣を、彼はゆっくりと引き抜く。肉と血が混じる音。
力を失った兄の身体が、崩れ落ちるのを眺めていた。床を染める血を呆然と見つめ、無意識に足を踏み出す。
ピクリとも動かない兄へと近づいていく。
誰に咎められることなかったのは、せめてもの情けか。
「兄様、兄様……」
兄の身体に縋り付く私は、全てが理解できなかった。なぜ。どうして。
兄の生存を何度も確かめる私を、簒奪者たる彼はただ見つめる。
血に濡れた剣を拭うこと無く、彼は私に微笑んだ。蕩けるような甘い目をして。
「これで、貴方は自由の身だ」
「これは、あなたが望んだことでしょう?」
「私の愛しい人」「私の手を取って、あなたは自由になのですから」
さぁ、と彼は笑って手を差し伸べる。多くの者を斬り殺してきた血に濡れた手を。兄を斬ったその手を。
血に濡れた姿とは思えぬ程、穏やかな笑みを浮かべて。笑う。嗤う。
私は、
温かさを失う兄の身体と。
鉄錆の臭いに満ちた部屋と。
かつて愛したその人の顔を、見て。
夢の時間は終わったことを悟り、微笑んだ。
「どうか、兄様のお命だけは、お助け下さい」
「私のことは構いませんから」
そして、
彼の手に取ることなく、気を失ったのだった。
意識が途切れる最後に聞いた言葉と。
「……兄を想う貴方が、私は嫌いだ」
「憎い貴方の兄の命は、助けましょう」
「その代わり、貴方は私の物としよう」
ふわりと、何かが触れたのを感じながら、意識は暗い闇へと沈みこんだ。
意識を失い、脱力した柔い身体を抱き抱え、男は考える。
床に倒れたままの前皇帝を治療させるために部下に運ばせる。
女の柔い身体と温かさを感じながら、簒奪者は思考する。
呆気なく転がってきた皇帝の位を、どう扱おうか。
或いは、敗北者たる前皇帝の扱いと、これからの国の政について。
男は簒奪者だ。しかし、それは民が望んだからである。民が望み、男もまた、手に入れたい物の為に簒奪を望んだ。
国は荒れ果てていた。度重なる天災と飢餓に苦しみ、権力という病が蔓延している病んだ国。
皇帝——今となっては前だが——は、国を良くしようと策を尽くしていた。とは言え、腐敗した貴族達に足を引っ張られ、なかなか思うように行かなかったらしい。上からすれば、考えを尽して行動を起こしていたのだろう。
とは言え、今日を生きることさえ難しい人々にとって、そんなことはどうでもよかった。
時間もなく、尽くすべき手も足らない。その癖、恨み辛みは募っていく。
事が起きたのはある意味必然であり、男が簒奪出来たのは偶然だ。
男は手に入れた念願の物へ、愛しげな目を向ける。
ようやく手に入れたのだ。
……兄の命は奪う予定だったが、懇願されたのなら仕方ない。影武者なりを仕立ててしまえば良い。
全ての地位を失った哀れな男をどうしてやろうかと暗い愉悦が湧き上がる。殺しはしない。命は、命までは奪わない。だが、命さえ奪わなければいくらでも出来ることはある。
これからの未来を考えた男は、見た者をゾクリとさせるほど美しい笑みを浮かべながら、夜の帳を突き進んでいく。
明るい未来と、暗い欲望を抱えながら。
今宵、新たな皇帝が誕生した。
下賎な生まれと蔑まれた皇帝の血を引く男が、その座に返り咲いたのだ。
名を袁赦鶯ユエン・シャオウ。
現皇帝の位を簒奪した反逆者であり、新皇帝でもあるその姿は、私の目によく焼き付いた。
私の唯一の肉親たる皇帝の血で染まった彼の姿を、よく焼き付けて。
柔らかい肉を貫く音がした。
赤い雫が床に垂れる。
兄の身体を貫いた剣を、彼はゆっくりと引き抜く。肉と血が混じる音。
力を失った兄の身体が、崩れ落ちるのを眺めていた。床を染める血を呆然と見つめ、無意識に足を踏み出す。
ピクリとも動かない兄へと近づいていく。
誰に咎められることなかったのは、せめてもの情けか。
「兄様、兄様……」
兄の身体に縋り付く私は、全てが理解できなかった。なぜ。どうして。
兄の生存を何度も確かめる私を、簒奪者たる彼はただ見つめる。
血に濡れた剣を拭うこと無く、彼は私に微笑んだ。蕩けるような甘い目をして。
「これで、貴方は自由の身だ」
「これは、あなたが望んだことでしょう?」
「私の愛しい人」「私の手を取って、あなたは自由になのですから」
さぁ、と彼は笑って手を差し伸べる。多くの者を斬り殺してきた血に濡れた手を。兄を斬ったその手を。
血に濡れた姿とは思えぬ程、穏やかな笑みを浮かべて。笑う。嗤う。
私は、
温かさを失う兄の身体と。
鉄錆の臭いに満ちた部屋と。
かつて愛したその人の顔を、見て。
夢の時間は終わったことを悟り、微笑んだ。
「どうか、兄様のお命だけは、お助け下さい」
「私のことは構いませんから」
そして、
彼の手に取ることなく、気を失ったのだった。
意識が途切れる最後に聞いた言葉と。
「……兄を想う貴方が、私は嫌いだ」
「憎い貴方の兄の命は、助けましょう」
「その代わり、貴方は私の物としよう」
ふわりと、何かが触れたのを感じながら、意識は暗い闇へと沈みこんだ。
意識を失い、脱力した柔い身体を抱き抱え、男は考える。
床に倒れたままの前皇帝を治療させるために部下に運ばせる。
女の柔い身体と温かさを感じながら、簒奪者は思考する。
呆気なく転がってきた皇帝の位を、どう扱おうか。
或いは、敗北者たる前皇帝の扱いと、これからの国の政について。
男は簒奪者だ。しかし、それは民が望んだからである。民が望み、男もまた、手に入れたい物の為に簒奪を望んだ。
国は荒れ果てていた。度重なる天災と飢餓に苦しみ、権力という病が蔓延している病んだ国。
皇帝——今となっては前だが——は、国を良くしようと策を尽くしていた。とは言え、腐敗した貴族達に足を引っ張られ、なかなか思うように行かなかったらしい。上からすれば、考えを尽して行動を起こしていたのだろう。
とは言え、今日を生きることさえ難しい人々にとって、そんなことはどうでもよかった。
時間もなく、尽くすべき手も足らない。その癖、恨み辛みは募っていく。
事が起きたのはある意味必然であり、男が簒奪出来たのは偶然だ。
男は手に入れた念願の物へ、愛しげな目を向ける。
ようやく手に入れたのだ。
……兄の命は奪う予定だったが、懇願されたのなら仕方ない。影武者なりを仕立ててしまえば良い。
全ての地位を失った哀れな男をどうしてやろうかと暗い愉悦が湧き上がる。殺しはしない。命は、命までは奪わない。だが、命さえ奪わなければいくらでも出来ることはある。
これからの未来を考えた男は、見た者をゾクリとさせるほど美しい笑みを浮かべながら、夜の帳を突き進んでいく。
明るい未来と、暗い欲望を抱えながら。
10
あなたにおすすめの小説
【ヤンデレ八尺様に心底惚れ込まれた貴方は、どうやら逃げ道がないようです】
一ノ瀬 瞬
恋愛
それは夜遅く…あたりの街灯がパチパチと
不気味な音を立て恐怖を煽る時間
貴方は恐怖心を抑え帰路につこうとするが…?
田舎の幼馴染に囲い込まれた
兎角
恋愛
25.10/21 殴り書きの続き更新
都会に飛び出した田舎娘が渋々帰郷した田舎のムチムチ幼馴染に囲い込まれてズブズブになる予定 ※殴り書きなので改行などない状態です…そのうち直します。
最高魔導師の重すぎる愛の結末
甘寧
恋愛
私、ステフィ・フェルスターの仕事は街の中央にある魔術協会の事務員。
いつもの様に出勤すると、私の席がなかった。
呆然とする私に上司であるジンドルフに尋ねると私は昇進し自分の直属の部下になったと言う。
このジンドルフと言う男は、結婚したい男不動のNO.1。
銀色の長髪を後ろに縛り、黒のローブを纏ったその男は微笑むだけで女性を虜にするほど色気がある。
ジンドルフに会いたいが為に、用もないのに魔術協会に来る女性多数。
でも、皆は気づいて無いみたいだけど、あの男、なんか闇を秘めている気がする……
その感は残念ならが当たることになる。
何十年にも渡りストーカーしていた最高魔導師と捕まってしまった可哀想な部下のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる