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帝の失せもの探し
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帝の御触れに書かれた人相書きは、その顔を知るものが見れば、なるほどよく似ていた。
その殆どが既に回収され目に触れられないようになっていたが、女官の手を伝って私の元へこっそりと回ってきた。
姿見に映る私の顔と、この人相書きは、写実的では無いもののよく似ていた。
――かの狂帝が愛した皇妃が冥府から舞い戻った。
貴族から庶民の間までその伝説的出来事は広まっているらしい。
既に商人や旅人によって外つ国にまで届いていると聞いた時は、立ちくらみを覚えたほどだった。
――ああ……陛下ったら。
伏せていた顔を上げ、部屋を見渡す。
誂えられた西大陸風の部屋。
柱や格子には、珍しい植物の模様が彫られ見惚れる程美しい。
寝台の脚に象られた獅子の像が威厳を放っている。
天蓋にはきめ細かい透かし模様が施され、光が透けて煌めいている。
細かな装飾品すら丁寧に美しく仕上げられた高級な品々である。
気の弱い者なら目に入れただけで気を失う程に。
名のある貴族ですら大金を叩く必要のある、何とも贅を尽くした造りになっていた。
映画やドラマでよく見る金で埋め尽くされた部屋では無く、むしろこの部屋程センス溢れるものは無いだろう。
一言で表せば、贅を尽くした品のある部屋。
そんな一等級の部屋に閉じ込められた籠の鳥。
それが私だった。
――あの神様によって落とされた私は、かろうじて町と呼べるような辺境へと倒れ込んでいた。
運良く心優しい老夫婦に助けられ、穏やかな暮らしをしていた。
豊かでは無いが貧しくもなく平穏な日々を暮らしていた。
辺境の中でもそこは、国からも半ば忘れ去られていたような場所であり、報せが届くのも遅かった。
そう、御触れのことなど全く知らずにいた私は、ある時その場所から少し離れた街に出てしまった。
私を見たのだろう誰かが、役所に走ったのか。
ある日、家の外から聞こえてきたのは、
馬の嘶き。
驚いた老夫婦が飛び出すと同時に、怒号と悲鳴が上がる。
私は賊に襲われたのだと思い、隠れようとした。
――この時、老夫婦には――御触れが出されていたというのに、その相手を匿っていたという扱いを受けていた為、少し乱暴な対応をされていた――というのを後から知ったのだが。
それよりも早く、家飛び込んできた覆面男が私をあっという間に拘束した。
手品のように手足を縛られ、家の外へと連れ出された。
そうして私は再会してしまったのだ、あの方と。
――最も尊いお方は、面布で顔を隠されていたが、鴉のように濡れた長い黒髪。
そして一目見てわかる、最も尊き方にしか許されない貴人の色たる赤の装飾を施した衣に身を包んでいた。
「ほう。占術で占えば待ち人現るとあったが、やはり……ここに居たか、余の宝石よ」
凛とした低い声音は、大声を出した訳でもないのにはっきりと耳に届いた。
私を運んだ男はかのお方の前へ私を捧げた後、音もなく影へと消えた。
その様子を見届けた後、私を抱き上げた帝は、輿へと乗り込んだ。
「……しかし、感心せぬな。忘れたか? お前が侍るは、余の隣だけだと」
苛立たしげに呟かれた言葉は、その身に降ろした強すぎる神の力故か、本能的な恐怖を私にもたらしていた。
息が詰まる圧迫感に、ただひたすら耐えている様子に、
「……舌すら動かせないとは。後で慣らすか」
不快げな声音で呟いた最も尊いお方は、拘束され倒れ伏す老夫婦を一瞥することなく
「ふむ。どうやら誤解があったようだ。……後日、詫びの品と、約束していた褒美をやろう」
首を動かすことすら出来ないまま震える私の耳には、老夫婦のものだろう縄を解く音が聞こえた。
「ではゆくか。……さて、私の妃。随分と長いこと待たせてくれたなぁ……」
「時間はある。お前の話を聞かせてもらおう
」
「私とお前は、神に認められた夫婦なのだから……離れるようなことがあってはいけない」
ふっ、と面布を外した帝の、赤い瞳が私を見る。
帝が微笑んだ。
狂った笑みだ。
壊れた笑みだ。
ああ、恐ろしいと同時に、喉の奥がひきつった。
私は愛しの夫の元に舞い戻った。
愛する皇帝は、そうして私の頬を撫でて、うっそりと笑った。
嵌められた腕輪と足輪を見遣り、溜息を吐く。豪華な装飾を施されたそれらは、一見すると美しさを引き立てるためのものに見える。
しかし、ここ数週間の暮らしで、それが監視のための――あるいは独占の為の楔でもあるとよく分からされてしまった。
――それを私だと思って付けておくと良い。いつでも見ている……それはよく分かっただろう?
もし万が一外れるようなことがあれば、すぐさま皇帝の"影"――隠密たちがそれを報せに行くだろう。
ここに舞い戻ってから、まるで腫れ物に触るような、触れてはいけないものとでも言わんばかりに部屋に軟禁されている。
その殆どが既に回収され目に触れられないようになっていたが、女官の手を伝って私の元へこっそりと回ってきた。
姿見に映る私の顔と、この人相書きは、写実的では無いもののよく似ていた。
――かの狂帝が愛した皇妃が冥府から舞い戻った。
貴族から庶民の間までその伝説的出来事は広まっているらしい。
既に商人や旅人によって外つ国にまで届いていると聞いた時は、立ちくらみを覚えたほどだった。
――ああ……陛下ったら。
伏せていた顔を上げ、部屋を見渡す。
誂えられた西大陸風の部屋。
柱や格子には、珍しい植物の模様が彫られ見惚れる程美しい。
寝台の脚に象られた獅子の像が威厳を放っている。
天蓋にはきめ細かい透かし模様が施され、光が透けて煌めいている。
細かな装飾品すら丁寧に美しく仕上げられた高級な品々である。
気の弱い者なら目に入れただけで気を失う程に。
名のある貴族ですら大金を叩く必要のある、何とも贅を尽くした造りになっていた。
映画やドラマでよく見る金で埋め尽くされた部屋では無く、むしろこの部屋程センス溢れるものは無いだろう。
一言で表せば、贅を尽くした品のある部屋。
そんな一等級の部屋に閉じ込められた籠の鳥。
それが私だった。
――あの神様によって落とされた私は、かろうじて町と呼べるような辺境へと倒れ込んでいた。
運良く心優しい老夫婦に助けられ、穏やかな暮らしをしていた。
豊かでは無いが貧しくもなく平穏な日々を暮らしていた。
辺境の中でもそこは、国からも半ば忘れ去られていたような場所であり、報せが届くのも遅かった。
そう、御触れのことなど全く知らずにいた私は、ある時その場所から少し離れた街に出てしまった。
私を見たのだろう誰かが、役所に走ったのか。
ある日、家の外から聞こえてきたのは、
馬の嘶き。
驚いた老夫婦が飛び出すと同時に、怒号と悲鳴が上がる。
私は賊に襲われたのだと思い、隠れようとした。
――この時、老夫婦には――御触れが出されていたというのに、その相手を匿っていたという扱いを受けていた為、少し乱暴な対応をされていた――というのを後から知ったのだが。
それよりも早く、家飛び込んできた覆面男が私をあっという間に拘束した。
手品のように手足を縛られ、家の外へと連れ出された。
そうして私は再会してしまったのだ、あの方と。
――最も尊いお方は、面布で顔を隠されていたが、鴉のように濡れた長い黒髪。
そして一目見てわかる、最も尊き方にしか許されない貴人の色たる赤の装飾を施した衣に身を包んでいた。
「ほう。占術で占えば待ち人現るとあったが、やはり……ここに居たか、余の宝石よ」
凛とした低い声音は、大声を出した訳でもないのにはっきりと耳に届いた。
私を運んだ男はかのお方の前へ私を捧げた後、音もなく影へと消えた。
その様子を見届けた後、私を抱き上げた帝は、輿へと乗り込んだ。
「……しかし、感心せぬな。忘れたか? お前が侍るは、余の隣だけだと」
苛立たしげに呟かれた言葉は、その身に降ろした強すぎる神の力故か、本能的な恐怖を私にもたらしていた。
息が詰まる圧迫感に、ただひたすら耐えている様子に、
「……舌すら動かせないとは。後で慣らすか」
不快げな声音で呟いた最も尊いお方は、拘束され倒れ伏す老夫婦を一瞥することなく
「ふむ。どうやら誤解があったようだ。……後日、詫びの品と、約束していた褒美をやろう」
首を動かすことすら出来ないまま震える私の耳には、老夫婦のものだろう縄を解く音が聞こえた。
「ではゆくか。……さて、私の妃。随分と長いこと待たせてくれたなぁ……」
「時間はある。お前の話を聞かせてもらおう
」
「私とお前は、神に認められた夫婦なのだから……離れるようなことがあってはいけない」
ふっ、と面布を外した帝の、赤い瞳が私を見る。
帝が微笑んだ。
狂った笑みだ。
壊れた笑みだ。
ああ、恐ろしいと同時に、喉の奥がひきつった。
私は愛しの夫の元に舞い戻った。
愛する皇帝は、そうして私の頬を撫でて、うっそりと笑った。
嵌められた腕輪と足輪を見遣り、溜息を吐く。豪華な装飾を施されたそれらは、一見すると美しさを引き立てるためのものに見える。
しかし、ここ数週間の暮らしで、それが監視のための――あるいは独占の為の楔でもあるとよく分からされてしまった。
――それを私だと思って付けておくと良い。いつでも見ている……それはよく分かっただろう?
もし万が一外れるようなことがあれば、すぐさま皇帝の"影"――隠密たちがそれを報せに行くだろう。
ここに舞い戻ってから、まるで腫れ物に触るような、触れてはいけないものとでも言わんばかりに部屋に軟禁されている。
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