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4 扉の向こう
④
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ようやく最後の利用客が帰る頃には、もう日が暮れ終わろうとしていた。
こちらへ来てから長い時間が経ったようにも感じるが、本当のところはわからない。
もともとの店舗には、壁に丸い時計が掛けられていたが、こちらにはどこを見てもそういうものはなかった。
ガラス扉に鍵をかけるためカウンターを出たシロのうしろ姿を見て、今さらながら彼が和装だったことに気がつく。
着流しと言うのだろうか。浴衣のような丈の長い白い着物の上に、同色の羽織をはおっていた。
ふり返って見てみると、クロも同じような黒い着物を着ている。
どこまでも対照的な色味の二人だった。
じっと見ているとそのクロに、顎で外を示される。
「おい、いいのか? そろそろ夜時間だぞ」
「え?」
視線をめぐらしてガラス扉のほうを見ると、シロが慌てたように立ち上がった。
「わあっ! そうだよ。たいへん! たいへん!」
手招きされるままにカウンターを出ると、壁のほうへぐいぐい押される。
「時刻を過ぎると帰れなくなっちゃうでしょ。今日は手伝いありがとう。えーと……」
私をなんと呼んでいいのかわからず、彼が言葉を切ったように感じて、ひとまず名乗ってみた。
「芦原瑞穂です」
シロがぱあっと明るい笑顔になる。
「瑞穂ちゃんね。俺は白崎凌哉。『シロ』でいいよ。あっちは黒瀬泰志。『クロ』でいいから」
「おい」
クロの不満そうな声を無視して、シロは一気にまくしたてた。
「ここは、昼時間と夜時間が入れ替わる時刻にだけ営業してる宅配便。営業時間は限られてるし、あっちの世界とこっちの世界で荷物をやり取りできる貴重な場所だから、いつも忙しいんだけど、今日は特にお客が多かったな……だから手伝いに来てくれて助かったよ。明後日もまたよろしくね」
「えっ?」
なんだか聞き捨てならないことを聞いたようだと、聞き返そうとする私の背中を、シロは壁に向かってぐいぐい押す。
いつの間にか目の前に、扉があった。
「嘘!?」
確かこの部屋へ来てすぐ、扉があったはずだと確かめた時には、いくら壁を見ても、撫でまわしてもなかったはずなのに、いったいどうなっているのかと私は焦る。
「おい、時間だ」
クロの声に従って、シロがその扉を押し開け、私の背中を扉の向こうへ押し出した。
「じゃあね。またね瑞穂ちゃん」
ヨロヨロと歩きだした瞬間、また膜のようなものに全身を覆われた感覚があった。
思わず目を瞑り、開いた時には、私は白壁の宅配便出張所に立っている。
「えっ?」
がばっとふり返った背後には、扉なんてない。真っ白な壁があるだけだ。
夢でも見ていたのだろうか。そんなはずはない。背中にはシロに押された感触が残っている。
「頭が痛くなってきた……」
ふらふらとカウンターの上に置きっぱなしだった荷物を取り、ガラス扉を出て、鍵をかけた。
外はかなり暗かった。
燈籠を模した外灯はすでに点灯しているし、参道の宿周辺には人の気配もあるし、話し声も聞こえてくるのに、神社のほうへ視線を向けると妙に静まり返り、闇がとても濃いように感じるのはなぜだろう。
たった今、おかしな経験をしたせいもあるかもしれない。
(怖い……)
急いで車に乗って山を降り、市街地の自分のアパートへ帰りたい。
しかし途中の道が壊れているので、迂回路を探しながら進まなければならないし、真っ暗な中を一人で山道を運転するのも怖い。
「どうしよう……」
やはり陽が沈む前に帰るべきだったと後悔しながら、車を停めた空地へ行くと、店舗と同じ敷地内に建物があることに気がついた。
「あ……」
今度こそ、雅司が言っていた社宅にもできる住居だと、店舗の鍵と一緒にキーホルダーに下がっている鍵を握りしめる。
(どういう状態なのか、見るだけでも見てみよう……)
空地に繁る雑草を踏みしめて、私はその建物へ向かった。
こちらへ来てから長い時間が経ったようにも感じるが、本当のところはわからない。
もともとの店舗には、壁に丸い時計が掛けられていたが、こちらにはどこを見てもそういうものはなかった。
ガラス扉に鍵をかけるためカウンターを出たシロのうしろ姿を見て、今さらながら彼が和装だったことに気がつく。
着流しと言うのだろうか。浴衣のような丈の長い白い着物の上に、同色の羽織をはおっていた。
ふり返って見てみると、クロも同じような黒い着物を着ている。
どこまでも対照的な色味の二人だった。
じっと見ているとそのクロに、顎で外を示される。
「おい、いいのか? そろそろ夜時間だぞ」
「え?」
視線をめぐらしてガラス扉のほうを見ると、シロが慌てたように立ち上がった。
「わあっ! そうだよ。たいへん! たいへん!」
手招きされるままにカウンターを出ると、壁のほうへぐいぐい押される。
「時刻を過ぎると帰れなくなっちゃうでしょ。今日は手伝いありがとう。えーと……」
私をなんと呼んでいいのかわからず、彼が言葉を切ったように感じて、ひとまず名乗ってみた。
「芦原瑞穂です」
シロがぱあっと明るい笑顔になる。
「瑞穂ちゃんね。俺は白崎凌哉。『シロ』でいいよ。あっちは黒瀬泰志。『クロ』でいいから」
「おい」
クロの不満そうな声を無視して、シロは一気にまくしたてた。
「ここは、昼時間と夜時間が入れ替わる時刻にだけ営業してる宅配便。営業時間は限られてるし、あっちの世界とこっちの世界で荷物をやり取りできる貴重な場所だから、いつも忙しいんだけど、今日は特にお客が多かったな……だから手伝いに来てくれて助かったよ。明後日もまたよろしくね」
「えっ?」
なんだか聞き捨てならないことを聞いたようだと、聞き返そうとする私の背中を、シロは壁に向かってぐいぐい押す。
いつの間にか目の前に、扉があった。
「嘘!?」
確かこの部屋へ来てすぐ、扉があったはずだと確かめた時には、いくら壁を見ても、撫でまわしてもなかったはずなのに、いったいどうなっているのかと私は焦る。
「おい、時間だ」
クロの声に従って、シロがその扉を押し開け、私の背中を扉の向こうへ押し出した。
「じゃあね。またね瑞穂ちゃん」
ヨロヨロと歩きだした瞬間、また膜のようなものに全身を覆われた感覚があった。
思わず目を瞑り、開いた時には、私は白壁の宅配便出張所に立っている。
「えっ?」
がばっとふり返った背後には、扉なんてない。真っ白な壁があるだけだ。
夢でも見ていたのだろうか。そんなはずはない。背中にはシロに押された感触が残っている。
「頭が痛くなってきた……」
ふらふらとカウンターの上に置きっぱなしだった荷物を取り、ガラス扉を出て、鍵をかけた。
外はかなり暗かった。
燈籠を模した外灯はすでに点灯しているし、参道の宿周辺には人の気配もあるし、話し声も聞こえてくるのに、神社のほうへ視線を向けると妙に静まり返り、闇がとても濃いように感じるのはなぜだろう。
たった今、おかしな経験をしたせいもあるかもしれない。
(怖い……)
急いで車に乗って山を降り、市街地の自分のアパートへ帰りたい。
しかし途中の道が壊れているので、迂回路を探しながら進まなければならないし、真っ暗な中を一人で山道を運転するのも怖い。
「どうしよう……」
やはり陽が沈む前に帰るべきだったと後悔しながら、車を停めた空地へ行くと、店舗と同じ敷地内に建物があることに気がついた。
「あ……」
今度こそ、雅司が言っていた社宅にもできる住居だと、店舗の鍵と一緒にキーホルダーに下がっている鍵を握りしめる。
(どういう状態なのか、見るだけでも見てみよう……)
空地に繁る雑草を踏みしめて、私はその建物へ向かった。
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