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14 神車のお札
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その夜の、狭間の時間の宅配屋の扉を開くのには、かなりの勇気が必要だった。
(豆太くん悲しむかな……きっと泣いちゃうよね……)
わかっていても、田中さんがいなくなってしまうことと、託されたお別れの言葉を伝えるしかなくて、私は預かった荷物を片手に、扉を開く。
(うっ……)
全身を膜に包まれる感覚に呻いて、閉じた目を開けてみると、宅配便屋の隅に、もう豆太くんが立っていた。
私の姿を認めると、ぱあっと笑顔になる。
(ごめんね……)
その笑顔を、今夜は守れそうにないことに心の中で手を合わせて、私は急いでカウンターへ入った。
豆太くんと話をする時間を少しでも確保するため、今並んでいるお客をなるべく早く受け付けしていく。
「ありがとうございましたー。はい、次の方!」
「すっごい速さ」
シロは隣でけらけら笑っているが、それに構っている時間さえ惜しい。
「はい、どうぞ! 次々どうぞ!」
今まで一番速く仕事を片づけて、カウンターを出て、豆太くんの前に立った。
「あのね、豆太くん……」
私が話を始めようとすると待ってましたとばかり、豆太くんも話しだす。
「うん、姉ちゃん! 今日はね、これをじいちゃんに持って行ってほしくてね!」
彼が意気揚々とさし出した筒のようなものを、私は手で制した。
残念ながらもう豆太くんから田中さん宛ての荷物を、引き受けることはできない。
「ごめん。先にお話聞いてくれるかな?」
今までにないことに、豆太くんはきょとんと目を瞬かせたけれど、素直に頷いてくれた。
「うん、わかった」
私は大きく息を吸いこんで、自分の気持ちを落ち着けてから話を始めた。
なるべく優しい声で、少しでも豆太くんの悲しみを和らげてあげられるように――それだけを心がけた。
「田中のお爺ちゃんね。今住んでいる家から、お引越しすることになったんだって」
「え?」
どういうことかと首を傾げた豆太くんの前でしゃがみ、彼と目の高さを合わせるようにしながら、一言一言ゆっくりと心に届くように話す。
「遠くに住んでいる家族のところへ行くんだって。そこはとても遠くて、もう私の車でも行くことは出来ないから、豆太くんからのお届け物は、この間ので最後にしてほしいって……」
「そんな……」
とても小さな声でぽつりと呟いてから、豆太くんの顔がくしゃっと歪んだ。
「どうしてだよ? だっておいらからの荷物、とっても嬉しいっていつも……」
「そうだよね。いつもとても喜んで受け取ってくれたよ」
「じゃあなんで……」
何故と問いながらも、豆太くん自身も理由は理解しているのだ。
ただわかってはいても、納得できなくて、同じ言葉をくり返すしかない。
その気持ちは私にもよくわかる。
「ごめんね。だからもうその荷物は預かれない。田中さんが今までありがとうって。最後に豆太くんにこれをって」
田中さんから預かった、そよ風宅配便のダンボール箱を、豆太くんに渡した。
大きさのわりに軽い箱だった。
「おいらに……?」
目に涙をいっぱい溜めながら、箱を受け取った豆太くんが、いったんそれを床に置いてガムテープをはがして、箱の中から取り出したものを見て、ぽろぽろ涙を零す。
「じいちゃん……」
それは小さな麦わら帽子だった。
豆太くんにちょうど合うほどのサイズなので、彼のために田中さんが作ったのだろう。
藁でかごや帽子を編んでいるのを、見たことがあった。
以前に私が千代さんに貸してもらった麦わら帽子も、田中さんの手作りだと聞いていた。
「よかったね、豆太くん。よく似あいそう」
麦わら帽子を手にした豆太くんが涙を流しているので、私は田中さんとの別れが悲しいながらも、最後のプレゼントを喜んでいるのだとばかり思っていた。
だが違った。
豆太くんは麦わら帽子を凝視して、驚きに目をみはり、それから肩を震わせて泣いていた。
「どうして? おいら……何も言ってないのに……」
豆太くん用の麦わら帽子には、頭の上のほうに二つ、穴が開いていた。
頭のてっぺんから少し離れた場所に、左右に二つ。
「どうして……?」
泣き崩れた豆太くんの茶色い髪の間から、ぴょこんと丸い耳が飛び出す。
半ズボンの腰のあたりからもふさふさとした尻尾が――。
「あ……!」
そういえば彼はあやかしだったのだと、私が改めて思い返した時、隣に誰かが立った気配がした。
「お前が人間の子じゃなくて豆だぬきだって……爺さんはちゃんとわかってて、それでも可愛がってくれてたってことさ」
「――――!」
クロだった。
クロの言葉にぎゅっと唇を噛みしめた豆太くんは、次の瞬間、それを大きく開けて声を上げて泣き始める。
「ああーん、あーん、じいちゃーん!!」
眉をしかめて耳を塞いだクロに代わり、背後からシロが声を上げた。
「瑞穂ちゃん! 田中のお爺ちゃん、いつ引っ越しちゃうって?」
「あ……明日?」
それを聞いた豆太くんが、ますます大きな声を上げて泣く。
「じいちゃーん! じいちゃあーーーん!!!」
クロがその襟首を掴んで持ち上げ、私へさし出した。
「うるさくてかなわん。瑞穂、今日はもういいから、こいつを連れて帰れ」
「え……?」
豆太くんが胸に抱きしめていた麦わら帽子を取り上げて、頭に被せてぽんぽん叩きながら、もともと彼が配達を頼もうと持ってきていた筒のようなものを手に握らせる。
「ほら、これもそれも全部持って帰れ、豆太」
宅配便屋のガラス扉を開けて、豆太くんを外にぽいっと捨ててから、私を促す。
「お前も早く行け」
シロがすかさず、うしろから声をかけた。
「瑞穂ちゃんは、ちゃんといつもの扉を通ってね。抜けた先の宅配便出張所の前で、豆太が泣いているはずだから!」
クロがまったく説明してくれないことを、シロが教えてくれるのがありがたく、私はシロをふり返って手を合わせた。
「ありがとうシロくん!」
扉を開けて帰る際、やっぱりクロにも一応お礼を言っておく。
「クロもありがとう!」
ふんとそっぽを向いて、カウンターの中へ帰って私の代わりに窓口で受け付けを再開してくれるクロに、本当に感謝していた。
(豆太くん悲しむかな……きっと泣いちゃうよね……)
わかっていても、田中さんがいなくなってしまうことと、託されたお別れの言葉を伝えるしかなくて、私は預かった荷物を片手に、扉を開く。
(うっ……)
全身を膜に包まれる感覚に呻いて、閉じた目を開けてみると、宅配便屋の隅に、もう豆太くんが立っていた。
私の姿を認めると、ぱあっと笑顔になる。
(ごめんね……)
その笑顔を、今夜は守れそうにないことに心の中で手を合わせて、私は急いでカウンターへ入った。
豆太くんと話をする時間を少しでも確保するため、今並んでいるお客をなるべく早く受け付けしていく。
「ありがとうございましたー。はい、次の方!」
「すっごい速さ」
シロは隣でけらけら笑っているが、それに構っている時間さえ惜しい。
「はい、どうぞ! 次々どうぞ!」
今まで一番速く仕事を片づけて、カウンターを出て、豆太くんの前に立った。
「あのね、豆太くん……」
私が話を始めようとすると待ってましたとばかり、豆太くんも話しだす。
「うん、姉ちゃん! 今日はね、これをじいちゃんに持って行ってほしくてね!」
彼が意気揚々とさし出した筒のようなものを、私は手で制した。
残念ながらもう豆太くんから田中さん宛ての荷物を、引き受けることはできない。
「ごめん。先にお話聞いてくれるかな?」
今までにないことに、豆太くんはきょとんと目を瞬かせたけれど、素直に頷いてくれた。
「うん、わかった」
私は大きく息を吸いこんで、自分の気持ちを落ち着けてから話を始めた。
なるべく優しい声で、少しでも豆太くんの悲しみを和らげてあげられるように――それだけを心がけた。
「田中のお爺ちゃんね。今住んでいる家から、お引越しすることになったんだって」
「え?」
どういうことかと首を傾げた豆太くんの前でしゃがみ、彼と目の高さを合わせるようにしながら、一言一言ゆっくりと心に届くように話す。
「遠くに住んでいる家族のところへ行くんだって。そこはとても遠くて、もう私の車でも行くことは出来ないから、豆太くんからのお届け物は、この間ので最後にしてほしいって……」
「そんな……」
とても小さな声でぽつりと呟いてから、豆太くんの顔がくしゃっと歪んだ。
「どうしてだよ? だっておいらからの荷物、とっても嬉しいっていつも……」
「そうだよね。いつもとても喜んで受け取ってくれたよ」
「じゃあなんで……」
何故と問いながらも、豆太くん自身も理由は理解しているのだ。
ただわかってはいても、納得できなくて、同じ言葉をくり返すしかない。
その気持ちは私にもよくわかる。
「ごめんね。だからもうその荷物は預かれない。田中さんが今までありがとうって。最後に豆太くんにこれをって」
田中さんから預かった、そよ風宅配便のダンボール箱を、豆太くんに渡した。
大きさのわりに軽い箱だった。
「おいらに……?」
目に涙をいっぱい溜めながら、箱を受け取った豆太くんが、いったんそれを床に置いてガムテープをはがして、箱の中から取り出したものを見て、ぽろぽろ涙を零す。
「じいちゃん……」
それは小さな麦わら帽子だった。
豆太くんにちょうど合うほどのサイズなので、彼のために田中さんが作ったのだろう。
藁でかごや帽子を編んでいるのを、見たことがあった。
以前に私が千代さんに貸してもらった麦わら帽子も、田中さんの手作りだと聞いていた。
「よかったね、豆太くん。よく似あいそう」
麦わら帽子を手にした豆太くんが涙を流しているので、私は田中さんとの別れが悲しいながらも、最後のプレゼントを喜んでいるのだとばかり思っていた。
だが違った。
豆太くんは麦わら帽子を凝視して、驚きに目をみはり、それから肩を震わせて泣いていた。
「どうして? おいら……何も言ってないのに……」
豆太くん用の麦わら帽子には、頭の上のほうに二つ、穴が開いていた。
頭のてっぺんから少し離れた場所に、左右に二つ。
「どうして……?」
泣き崩れた豆太くんの茶色い髪の間から、ぴょこんと丸い耳が飛び出す。
半ズボンの腰のあたりからもふさふさとした尻尾が――。
「あ……!」
そういえば彼はあやかしだったのだと、私が改めて思い返した時、隣に誰かが立った気配がした。
「お前が人間の子じゃなくて豆だぬきだって……爺さんはちゃんとわかってて、それでも可愛がってくれてたってことさ」
「――――!」
クロだった。
クロの言葉にぎゅっと唇を噛みしめた豆太くんは、次の瞬間、それを大きく開けて声を上げて泣き始める。
「ああーん、あーん、じいちゃーん!!」
眉をしかめて耳を塞いだクロに代わり、背後からシロが声を上げた。
「瑞穂ちゃん! 田中のお爺ちゃん、いつ引っ越しちゃうって?」
「あ……明日?」
それを聞いた豆太くんが、ますます大きな声を上げて泣く。
「じいちゃーん! じいちゃあーーーん!!!」
クロがその襟首を掴んで持ち上げ、私へさし出した。
「うるさくてかなわん。瑞穂、今日はもういいから、こいつを連れて帰れ」
「え……?」
豆太くんが胸に抱きしめていた麦わら帽子を取り上げて、頭に被せてぽんぽん叩きながら、もともと彼が配達を頼もうと持ってきていた筒のようなものを手に握らせる。
「ほら、これもそれも全部持って帰れ、豆太」
宅配便屋のガラス扉を開けて、豆太くんを外にぽいっと捨ててから、私を促す。
「お前も早く行け」
シロがすかさず、うしろから声をかけた。
「瑞穂ちゃんは、ちゃんといつもの扉を通ってね。抜けた先の宅配便出張所の前で、豆太が泣いているはずだから!」
クロがまったく説明してくれないことを、シロが教えてくれるのがありがたく、私はシロをふり返って手を合わせた。
「ありがとうシロくん!」
扉を開けて帰る際、やっぱりクロにも一応お礼を言っておく。
「クロもありがとう!」
ふんとそっぽを向いて、カウンターの中へ帰って私の代わりに窓口で受け付けを再開してくれるクロに、本当に感謝していた。
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