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14 神車のお札
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出張所へ帰ってガラス扉を出てみると、確かに麦わら帽子を被った豆太くんが、筒を手に持って泣いていた。
「じいちゃーん! あーん!」
尻尾と耳が人目につかないように、腕に抱きこんで隠して、ひとまず出張所の中へ帰る。
帰る準備をして、戸締りをし、出張所を出ると、二人で私の車に乗った。
豆太くんを助手席に座らせ、耳と尻尾はいつものようにしまってくれと言い含めて、シートベルトを留めてやりながらも、実際はまだ迷っている。
(どうしよう……豆太くんを連れて、田中さんの家へ行こうかな……)
クロとシロが早めに帰してくれたので、今日はまだ日が暮れ終わっていない。
田中さんの家へ着く頃には真っ暗だろうが、まだ訪問しても許される時間ではあるはずだ。
(問題は帰りよね……)
誰も通らない山道を、二時間も運転して帰らなければならない。
道に外灯もない悪路は、本当に自分のライトしか頼りになる光源は存在しない。
心細さは半端ない。
(でも……)
ようやく泣き叫ぶのはやめてくれたが、やっぱりまだぐすぐすと鼻をすすっている豆太くんに、せめて田中さんと最後の別れをさせてあげたい。
だけど明かりもない山道を、もしもの時に頼りになりそうもない小さな子と二人きりで、二時間もドライブするのは怖い。
二つの感情を天秤にかけ、私は豆太くんを田中さんに会わせてやりたい気持ちのほうを優先することにした。
(ええい、ままよ! もしもう運転できないと思ったら、どこかの道の端にでも車を停めて、夜が明けるまで待てばいいんだし……うっかり寝ても、凍死するような季節でもないし!)
念のために二人分の毛布を後部座席に積んで、私は豆太くんと田中さんの家へ向かうことにした。
「豆太くん、田中のお爺ちゃんに会いたい?」
「え……うん」
だけどそれは無理なんだろうと怪しむような顔をしながらも、豆太くんは涙を拭いて頷く。
「帽子のお礼を言って、さよならも自分で伝えようか? 豆太くんが渡したかったものも最後に渡して、お見送りしよう!」
私の言葉を聞きながら、豆太くんの顔が、見る見るうちに活き活きしていくのが、手に取るようにわかった。
(そう、こんな顔……こんな顔が見たくて、私は誰かの荷物を誰かに届ける仕事をしてるんだもの……!)
「じゃあ、行こう、豆太くん」
「うんっ!」
彼が大きく頷き、私が車のエンジンをかけた時、ダッシュボードの下のほうがぼんやりと光った気がした。
「え?」
いったいどうしたのだろうと、私が確かめようとする間にも、それはみるみる車内に広がり、あまりに眩しくて目を開けていられなくなっていく。
「いったい何!?」
目を射るような眩しい金色の光に、車全体が包まれたと思った時、ぶーんと低いエンジン音が響いた。
「え? やだ……」
こんな状態でエンジンがかかるのは危ないと、いくらなんでもわかるので、急いで切ろうとするのにまったく切れない。
「豆太くん! 豆太くん! 危ないからシートベルトをしっかり掴んで!」
「わかった、姉ちゃん!」
声はすれども隣に座っているはずの豆太くんの姿も見えない中、車が少しずつ動いている気配がする。
「うそ!? 私ギア動かしてないよ? アクセルだって踏んでない! ブレーキ踏んでるのに!!」
出張所の隣の空地に停めている私の車がもしそのまま前進したとしたら、どうなるのかを想像してみた。
(……神社の鳥居にぶつかる? あの立派な朱塗りの鳥居に!? やだ! とても弁償できない!)
懸命にブレーキを踏み、ギアがパーキングのままなことを何度も手探りで確認するのに、車が前進している感覚はなくならない。
(どうしよう! どうしよう! どうしようっ!!)
なんとか、何にもぶつからずに止まってくれることを祈りながら、自分自身も豆太くんに言ったように、もしもに備えてシートベルトを握っておかなければと強く掴んだ時、ふいに瞼の裏の眩しさが消えた。
「え……?」
恐る恐る目を開けてみると、黄金の光がどんどん薄れて、ちょうど最後の残光が消え去るところだった。
隣で豆太くんも、大きな目をぱちぱちさせている。
「あー、眩しかった……どうしたの、姉ちゃん……今度こそ本当に出発する?」
無邪気に問いかけてくる豆太くんに、私はとっさに返事をすることができなかった。
「そんな……」
車のフロントガラスの向こうに見えるのは、神社前の参道の景色ではない。
少し暗くなりかけた山道。
ここは少しの時間なら車を停められるくらい、わずかに開けた場所で、この場所に駐車して坂を上ると、どこへ行けるのか私はよく知っている。
「そんな馬鹿な……!」
ここしばらくの間、一日おきにずっと通っていた場所なのだから間違いない。
(夢でも見てるのかしら……?)
ほっぺたを少しつねってみたが、ちゃんと痛いので、現実に違いないと認識する。
「なんで……?」
呆けるばかりの私より一足先に車を降りた豆太くんが、周囲を見回して喜びの声を上げた。
「ひょっとして……もう、じいちゃん家に着いた? とっても遠いって聞いてたのに、びっくりするくらい近く感じたんだけど……それともおいら、途中で寝ちゃってた? ねえ、姉ちゃん!」
豆太くんに呼びかけられて、私もひとまず車から出て、周囲をうかがってみることにする。
(夢にしてはリアルだし、つねったほっぺは痛いし、ちゃんと足が地に着く……)
何度か地面を踏みしめて、ひとまず田中さんに会いに行ってみようと決意した。
「じいちゃーん! あーん!」
尻尾と耳が人目につかないように、腕に抱きこんで隠して、ひとまず出張所の中へ帰る。
帰る準備をして、戸締りをし、出張所を出ると、二人で私の車に乗った。
豆太くんを助手席に座らせ、耳と尻尾はいつものようにしまってくれと言い含めて、シートベルトを留めてやりながらも、実際はまだ迷っている。
(どうしよう……豆太くんを連れて、田中さんの家へ行こうかな……)
クロとシロが早めに帰してくれたので、今日はまだ日が暮れ終わっていない。
田中さんの家へ着く頃には真っ暗だろうが、まだ訪問しても許される時間ではあるはずだ。
(問題は帰りよね……)
誰も通らない山道を、二時間も運転して帰らなければならない。
道に外灯もない悪路は、本当に自分のライトしか頼りになる光源は存在しない。
心細さは半端ない。
(でも……)
ようやく泣き叫ぶのはやめてくれたが、やっぱりまだぐすぐすと鼻をすすっている豆太くんに、せめて田中さんと最後の別れをさせてあげたい。
だけど明かりもない山道を、もしもの時に頼りになりそうもない小さな子と二人きりで、二時間もドライブするのは怖い。
二つの感情を天秤にかけ、私は豆太くんを田中さんに会わせてやりたい気持ちのほうを優先することにした。
(ええい、ままよ! もしもう運転できないと思ったら、どこかの道の端にでも車を停めて、夜が明けるまで待てばいいんだし……うっかり寝ても、凍死するような季節でもないし!)
念のために二人分の毛布を後部座席に積んで、私は豆太くんと田中さんの家へ向かうことにした。
「豆太くん、田中のお爺ちゃんに会いたい?」
「え……うん」
だけどそれは無理なんだろうと怪しむような顔をしながらも、豆太くんは涙を拭いて頷く。
「帽子のお礼を言って、さよならも自分で伝えようか? 豆太くんが渡したかったものも最後に渡して、お見送りしよう!」
私の言葉を聞きながら、豆太くんの顔が、見る見るうちに活き活きしていくのが、手に取るようにわかった。
(そう、こんな顔……こんな顔が見たくて、私は誰かの荷物を誰かに届ける仕事をしてるんだもの……!)
「じゃあ、行こう、豆太くん」
「うんっ!」
彼が大きく頷き、私が車のエンジンをかけた時、ダッシュボードの下のほうがぼんやりと光った気がした。
「え?」
いったいどうしたのだろうと、私が確かめようとする間にも、それはみるみる車内に広がり、あまりに眩しくて目を開けていられなくなっていく。
「いったい何!?」
目を射るような眩しい金色の光に、車全体が包まれたと思った時、ぶーんと低いエンジン音が響いた。
「え? やだ……」
こんな状態でエンジンがかかるのは危ないと、いくらなんでもわかるので、急いで切ろうとするのにまったく切れない。
「豆太くん! 豆太くん! 危ないからシートベルトをしっかり掴んで!」
「わかった、姉ちゃん!」
声はすれども隣に座っているはずの豆太くんの姿も見えない中、車が少しずつ動いている気配がする。
「うそ!? 私ギア動かしてないよ? アクセルだって踏んでない! ブレーキ踏んでるのに!!」
出張所の隣の空地に停めている私の車がもしそのまま前進したとしたら、どうなるのかを想像してみた。
(……神社の鳥居にぶつかる? あの立派な朱塗りの鳥居に!? やだ! とても弁償できない!)
懸命にブレーキを踏み、ギアがパーキングのままなことを何度も手探りで確認するのに、車が前進している感覚はなくならない。
(どうしよう! どうしよう! どうしようっ!!)
なんとか、何にもぶつからずに止まってくれることを祈りながら、自分自身も豆太くんに言ったように、もしもに備えてシートベルトを握っておかなければと強く掴んだ時、ふいに瞼の裏の眩しさが消えた。
「え……?」
恐る恐る目を開けてみると、黄金の光がどんどん薄れて、ちょうど最後の残光が消え去るところだった。
隣で豆太くんも、大きな目をぱちぱちさせている。
「あー、眩しかった……どうしたの、姉ちゃん……今度こそ本当に出発する?」
無邪気に問いかけてくる豆太くんに、私はとっさに返事をすることができなかった。
「そんな……」
車のフロントガラスの向こうに見えるのは、神社前の参道の景色ではない。
少し暗くなりかけた山道。
ここは少しの時間なら車を停められるくらい、わずかに開けた場所で、この場所に駐車して坂を上ると、どこへ行けるのか私はよく知っている。
「そんな馬鹿な……!」
ここしばらくの間、一日おきにずっと通っていた場所なのだから間違いない。
(夢でも見てるのかしら……?)
ほっぺたを少しつねってみたが、ちゃんと痛いので、現実に違いないと認識する。
「なんで……?」
呆けるばかりの私より一足先に車を降りた豆太くんが、周囲を見回して喜びの声を上げた。
「ひょっとして……もう、じいちゃん家に着いた? とっても遠いって聞いてたのに、びっくりするくらい近く感じたんだけど……それともおいら、途中で寝ちゃってた? ねえ、姉ちゃん!」
豆太くんに呼びかけられて、私もひとまず車から出て、周囲をうかがってみることにする。
(夢にしてはリアルだし、つねったほっぺは痛いし、ちゃんと足が地に着く……)
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