大鳥居横あやかし宅配便~ワケアリ荷物お届けします~

シェリンカ

文字の大きさ
61 / 77
16 昔語り

しおりを挟む
 人通りの少ない狭い路地へ入ると、クロは大きな木の陰へ入った。
 古い家屋のブロック塀を越えて、枝が道路にはみ出すほど大きな木で、垂れ下がった枝葉の下へ入ってしまうと、クロの姿はほぼ見えなくなる。

「……クロさん?」

 不安に思って呼びかけてみたが、出てきた彼の姿を見て驚いてしまった。
 真夜中の配達につきあった日に見た、黒い布で口元を覆って全身黒装束の、背中に黒い翼が生えたあやかしの姿になっている。

「えっ……」

 それまで空は、雲一つない晴天だったのに、クロが木の陰へ入ってから、ぶ厚い雲が太陽を隠してしまった。
 クロが姿を変えて木の下から出てきて、辺りはいっそう暗くなったように感じる。
 まだ真昼なのに、急に陽がかげったからか、気温まで下がったようだった。

 半袖姿の私は、思わず自分を抱きしめる。

(寒っ……)

 クロは私に手をさし伸べて、短く命じる。

「来い」

 手の甲まで黒い装束で覆われたその手を、本当に取っていいのか迷うほどの低い声だったが、これはクロなのだからと私は必死で自分に言い聞かせた。

(大丈夫……不安になることはない……)

 クロは私の手を掴むと、近くへ引き寄せた。
 腕に抱きしめられて、私の足は地面から浮く。

「…………!」

 そうなることはわかっていたのに、あまりの密着具合と突然の上昇に驚いて、けたたましく鳴り始めた心臓の音がクロにも聞こえてしまいそうなほど大きい。

「怖いのなら目でも瞑ってろ」

 そう告げると、クロはどこかへ向かって移動を始めた。
 高さのほうは、河太郎さんの想い人の里穂さんが住んでいる五階建てのマンションを遥か足の下に見るほど高いが、速さはそうでもない。
 だから私は必死にクロにしがみつきながら、飛ぶように過ぎていく足もとの景色を眺めていたのだが、ふと気になった。

「あの……これってもし誰かに見られたら、騒ぎになりません?」

 クロが呆れたとばかりにため息を吐いた。

「もちろん、姿は見えなくしてある。人間には見えない」

 そう説明されて、私はほっとする気持ちよりも、少し残念な思いのほうが大きかった。

「そうなんだ……」
「なんで残念そうなんだ」

 とがめるように訊かれても、どうしてそういう感情になったのか、自分でもよくわからない。

「なんでだろう……」

 私の返事にクロはまたため息を吐いて、腰のあたりに回していた手に力を込めた。

「少し上がるそ」

 私が返事をする前にもう上昇を始めていて、私はクロの胸にしがみつく。

「ひぇえええええ」
「せめてもう少し女らしい悲鳴を上げろ」

(とっさにそんなことできるわけないでしょ!)

 クロは、怒りの反論を私に言葉にさせないためにわざとやっているのではないかと疑うほど高度を上げ、一つの山を越えてから、山際へ向かって降下を始めた。
 見る見るうちに山の緑が足の下へ近づき、その中の少し拓けた場所の、大きな瓦葺の屋根の建物の近くに、ゆっくりと翼を羽ばたかせながら降り立つ。

 私の足が地面に着くとすぐに抱きしめていた腕を解かれたので、私は足に力が入らず、よろめいてその場に座りこんでしまった。

「うっ……」
「そのまま少し休んでろ」

 そう言い残してクロはどこかへ行ってしまい、帰ってきた時には、家を出た時のようなスーツ姿だった。

「え? 上着……車に置いてきましたよね?」

 思わず問いかけた私に、クロは少しバツの悪い顔をして、しっかりと着こんだ自分の黒い上着を見回す。

「そうだったな……まあ、気にするな」
「しますよ!」

 叫び返すと、小さなペットボトルの水を放ってよこされた。

「いいから、それでも飲め」
「…………ありがとう」

 確かに喉は乾いていたので、ありがたくそれで潤してから私は立ち上がる。
 人の気配のない、静かな場所だった。

 神社の社殿にも似た古い木造建築が点々と建っており、それらの間に植栽された生垣も、見上げるほどに大きな木も、綺麗に剪定されて手入れが行き届いている。
 地面も箒の跡がわかるように掃き清められており、そこに足跡を付けてしまうのが申し訳ないほどだったが、クロは迷うことなく革靴で歩いていく。

「どこへ行くんですか?」

 私の質問には答えず、一番大きな建物をまわりこんで、正面へと向かっているようだった。
 慌ててそのあとを追い、右方に大きな鐘が吊るされた鐘楼しょうろうがあり、正面の建物の奥に仏像らしきものが見えたので、どうやら寺院のようだと私は判断する。

(お寺か……)

 意外な気持ちで見つめる大きな背中は、一礼して門を潜り、鐘楼前の建物へ向かうので、私もそれにならう。
 建物の中から法衣の人物が出てきて、クロと挨拶を交わしているが、お互いによく見知った間柄のように感じた。

(よく来るのかな……)

 あやかしとお寺とは、不思議な組み合わせだと思いながら見ている私を、住職と話が終わったらしいクロが呼ぶ。

「瑞穂」

 正面にある大きな仏堂の前まで行って手を合わせ、中には入らず、クロは鐘楼の奥から、建物群を抜けていった。
 私は何をどうしていいのかわからず、彼がやることをそのまま真似しながら、全てにおいて説明が少なすぎることにだんだん不満が募る。

(シロくんのフォローがないと、クロのやろうとしていることも考えてることも、全然わかんない……!)

 私のことを一度もふり返らずに、歩き続ける背中を小走りで追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたが愛人を作るのなら

あんど もあ
ファンタジー
結婚して八年の夫が、愛人を作った。それも私の推しの女優を! 「君と違って彼女には才能がある」と言う。ならば、私も才能のある愛人を持つ事にいたしましょう。愛人の才能を花開かせる事が出来るのはどちら?

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

【完結】1王妃は、幸せになれる?

華蓮
恋愛
サウジランド王国のルーセント王太子とクレスタ王太子妃が政略結婚だった。 側妃は、学生の頃の付き合いのマリーン。 ルーセントとマリーンは、仲が良い。ひとりぼっちのクレスタ。 そこへ、隣国の皇太子が、視察にきた。 王太子妃の進み道は、王妃?それとも、、、、?

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...