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17 荒れた河
②
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いつものように受け付けをこなし、その列が切れたのを見計らってから、私は少し外に出てもいいかと隣のシロに訊ねる。
「だって、ほら……今日も入ってくる気はなさそうだから……」
ガラス扉の向こうに見える大きな木の陰には、私が仕事を始めた時からずっと、ひそかにこちらをうかがっている河太郎さんの姿があった。
「あー」
理解したとばかりに頷きながらも、シロはクロをふり返る。
クロは私を見ず、荷物の受け付けを続けながら答えた。
「瑞穂はダメだ。逆上して何をされるかわからない。俺かシロが……」
言葉の途中ではあるが、シロが申し訳なさそうに口を挟む。
「いや、それは……無理じゃないかな……ほら」
シロがすっと木の陰の河太郎さんを指さすと、彼は小さく飛び上がり、慌てて木の陰に完全に姿を隠す。
「ちっ」
舌打ちしたクロに、私は手を挙げた。
「やっぱり、私が行きます。二人がここから見守っていてくれれば、それで安心だし……ね?」
河太郎さんが身を隠している木は、それほど建物から離れていないので、例えもしクロが心配するような事態になったとしても、二人がすぐに駆けつけるだろう。
そう考えてシロとクロの顔を見ると、シロはにっこり笑い、クロは渋々といったふうではあるが、頷いてくれた。
「気をつけて行くんだぞ」
クロに念を押されて、私はガラス扉を出た。
「あの……河太郎さん……」
私が呼びかけても、体の半分は木の陰に隠したままの河太郎さんは、そこから出てこようとしない。
目に被さるほど長い前髪の隙間から、私が手に持っている小さな箱を凝視している。
それは先日彼に人間の恋人宛てに届けてくれと預けられた箱で、それが今ここにあるということは、配達が完了していないことを示している。
「どうして……?」
震える声で問いかけてくる彼に、私は深々と頭を下げた。
「申し訳ありません! 荷物はお届けできませんでした」
「だから……どうして?」
どこまで話していいのか迷いながら、私は自分の判断の理由を伝える。
なるべく彼を傷つけずに済むように、言葉を選びながら――。
「私……あやかしの世界と人間の世界の時間の流れにはズレがあるって理解してなくて……河太郎さんから、二週間くらい前に喧嘩別れした彼女だって聞いてたので、きっと話をすれば受け取ってもらえると簡単に考えていたんですけど、その話をするのが、今の彼女にとってはいいことなのか、悪いことなのか、判断がつかなくて……」
「里穂……どうなってたの?」
恐る恐る訊いてくる河太郎さんに、なんと説明すればいいのか、頭を捻る。
だがいくら考えても、事実を伝える以外にはなく、もう一度頭を下げる。
「人間の男の人と結婚されてました。とても幸せそうだったので、河太郎さんの荷物は……」
そこまで言ったところで、ざあっと大量の雨が降ってきたような音がした。
「え?」
しかし雨に打たれた感覚はなく、慌てて顔を跳ね上げた私の目の前には、河太郎さんが立っている。
「きゃ……」
悲鳴を上げかけた私の手から、ひったくるように箱をとり戻すと、彼はさっとどこかへ行ってしまった。
「もういい」
小さな呟きに重なるようにして背後から声が響く。
「瑞穂!」
「瑞穂ちゃん!」
私の悲鳴を聞きつけて、クロとシロが宅配便屋から飛び出してこようとするところだった。
私は慌てて、二人へ向かって手を振る。
「大丈夫、大丈夫。なんでもないから」
言いながら宅配便屋へ帰る私に駆け寄り、シロは顔をのぞきこむ。
「本当に? 何もされてない?」
クロはきょろきょろと辺りをうかがっている。
「あいつ……どこへ逃げた?」
二人が私の左右に立ち、護られながら宅配便屋へ帰ったが、自分の脚が震えていることは自覚していた。
おそらく顔色も悪いだろう。
(びっくりした……あんなスピードで移動されたら、何もできない……)
改めて、あやかしに対して自分はとても無力なことに、私は恐怖を覚えていた。
「だって、ほら……今日も入ってくる気はなさそうだから……」
ガラス扉の向こうに見える大きな木の陰には、私が仕事を始めた時からずっと、ひそかにこちらをうかがっている河太郎さんの姿があった。
「あー」
理解したとばかりに頷きながらも、シロはクロをふり返る。
クロは私を見ず、荷物の受け付けを続けながら答えた。
「瑞穂はダメだ。逆上して何をされるかわからない。俺かシロが……」
言葉の途中ではあるが、シロが申し訳なさそうに口を挟む。
「いや、それは……無理じゃないかな……ほら」
シロがすっと木の陰の河太郎さんを指さすと、彼は小さく飛び上がり、慌てて木の陰に完全に姿を隠す。
「ちっ」
舌打ちしたクロに、私は手を挙げた。
「やっぱり、私が行きます。二人がここから見守っていてくれれば、それで安心だし……ね?」
河太郎さんが身を隠している木は、それほど建物から離れていないので、例えもしクロが心配するような事態になったとしても、二人がすぐに駆けつけるだろう。
そう考えてシロとクロの顔を見ると、シロはにっこり笑い、クロは渋々といったふうではあるが、頷いてくれた。
「気をつけて行くんだぞ」
クロに念を押されて、私はガラス扉を出た。
「あの……河太郎さん……」
私が呼びかけても、体の半分は木の陰に隠したままの河太郎さんは、そこから出てこようとしない。
目に被さるほど長い前髪の隙間から、私が手に持っている小さな箱を凝視している。
それは先日彼に人間の恋人宛てに届けてくれと預けられた箱で、それが今ここにあるということは、配達が完了していないことを示している。
「どうして……?」
震える声で問いかけてくる彼に、私は深々と頭を下げた。
「申し訳ありません! 荷物はお届けできませんでした」
「だから……どうして?」
どこまで話していいのか迷いながら、私は自分の判断の理由を伝える。
なるべく彼を傷つけずに済むように、言葉を選びながら――。
「私……あやかしの世界と人間の世界の時間の流れにはズレがあるって理解してなくて……河太郎さんから、二週間くらい前に喧嘩別れした彼女だって聞いてたので、きっと話をすれば受け取ってもらえると簡単に考えていたんですけど、その話をするのが、今の彼女にとってはいいことなのか、悪いことなのか、判断がつかなくて……」
「里穂……どうなってたの?」
恐る恐る訊いてくる河太郎さんに、なんと説明すればいいのか、頭を捻る。
だがいくら考えても、事実を伝える以外にはなく、もう一度頭を下げる。
「人間の男の人と結婚されてました。とても幸せそうだったので、河太郎さんの荷物は……」
そこまで言ったところで、ざあっと大量の雨が降ってきたような音がした。
「え?」
しかし雨に打たれた感覚はなく、慌てて顔を跳ね上げた私の目の前には、河太郎さんが立っている。
「きゃ……」
悲鳴を上げかけた私の手から、ひったくるように箱をとり戻すと、彼はさっとどこかへ行ってしまった。
「もういい」
小さな呟きに重なるようにして背後から声が響く。
「瑞穂!」
「瑞穂ちゃん!」
私の悲鳴を聞きつけて、クロとシロが宅配便屋から飛び出してこようとするところだった。
私は慌てて、二人へ向かって手を振る。
「大丈夫、大丈夫。なんでもないから」
言いながら宅配便屋へ帰る私に駆け寄り、シロは顔をのぞきこむ。
「本当に? 何もされてない?」
クロはきょろきょろと辺りをうかがっている。
「あいつ……どこへ逃げた?」
二人が私の左右に立ち、護られながら宅配便屋へ帰ったが、自分の脚が震えていることは自覚していた。
おそらく顔色も悪いだろう。
(びっくりした……あんなスピードで移動されたら、何もできない……)
改めて、あやかしに対して自分はとても無力なことに、私は恐怖を覚えていた。
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