神憑き皇子と最愛の偽巫女姫

シェリンカ

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 慧蓮が瑶家の使用人になったのは、記憶も定かではない幼い頃のことだ。
 保護者らしい人物も周りにおらず、一人でふらふらと市で彷徨さまよっているところを、店主の瑞永が保護したと話には聞かされている。
 以来、下働き兼晶鈴の小間使い兼機織り係として、拾ってもらった恩を返すため、身を粉にして働いてきた。

 幸い、慧蓮が瑶家お抱えの機織り職人から直伝してもらった織物はたいへん評判が良く、裕福な顧客にそれを売りつけた金子きんすを鑑みれば、衣食住を与えてもらった恩はとうに返し終えて釣りがあるほどのはずだが、慧蓮にはいっさいの収入がない。
 全ては瑶家の売り上げと、店主家族の私腹を肥やすための大切な収入源となっている。

 しかし、それでもよかった。
 機を織ることは好きだった。
 苦労して立派な反物が織り上がった時には、他では代えようのない満足感が得られる。

「よし! できたっ!」

 眠い目を擦りながら慧蓮がその反物を織り上げたのと、

「慧蓮! 反物を持ってすぐに表に出てきな!」

 店の表の方から、店主の妻である女将の厳しい声が飛んできたのは同時だった。

「はあい! ただいま!」

 慧蓮は、気を抜くと膝から崩れ落ちてしまいそうになるふらふらの身体に鞭打って、狭い機織り房室から出た。

 機を織っている間中、女将や晶鈴にずっと急かされていたので、反物を注文していた上客が予定より早く店に来てしまったのだと、慧蓮は思っていた。
 しかし、違った。
 長い廊下を何度も曲がり、邸の私用部分と店舗部分とを分ける大きな衝立ついたての前で床に膝をついて跪坐きざし、織り上げたばかりの反物を頭より高く掲げながら、へつらうように店舗へにじり出ると、そこにはこれまで商店で見かけたことのない人物が佇んでいた。

 かなりの高齢に見える老人と、その従者と思われる若い男。
 若者の方は、頭から身体まで全て覆うように、布を被っているので服装が定かではないが、老人は明らかに身分の高そうなとても良い身なりをしている。
 高貴な人物なのだろうという予想を裏付けるように、女将が甲高い作り声で、にこにこと話しかける。

「あ! 参りました、参りました……お待たせしまして申し訳ございません!」

 老人に対しては極上の笑顔だったのだが、くるりと慧蓮に向き直った瞬間、いつもの鬼の形相へ戻る。

「何やってるんだい、この鈍間のろま! さっさとその反物をお客様にお見せするんだよ!」

 あくまでも客人には聞こえないように、小声で吐かれた悪態に、慧蓮は困惑した。

「え? でもこれはこん様のご注文じゃ……」

 いつも大枚をはたいて反物を注文してくれる上得意様用にと、慧蓮は指定された期日に間に合うように、寝食を犠牲にしてこの反物を織り上げた。
 それなのに今日初めて店で見かけたような一見いっけんの客に、その反物を見せろと女将は迫る。
 普段では有り得ない状況に慧蓮は驚いたのだが、その間さえ、女将には惜しいらしい。

「いいから! お前は言われたとおりにすればいいんだ!」

 慧蓮を睨みつけたあと、すぐに笑顔へと変わり、老人に頭を下げる。

「お急ぎですのに、お待たせしまして本当に申し訳ございません!」

 早くしろと言わんばかりに腕を大きく振って指図されたので、慧蓮は女将の指示に従うことにした。

「こちらが当店自慢の反物でございます。我が娘、晶鈴が、精魂込めて織っておりまして……」

 慧蓮は女将が滔々とうとうと述べる虚偽の説明に合わせて、しずしずと歩み出たつもりだったが、途中で大きく身体の均衡を失った。

(あっ……)

 三日三晩ほぼ寝ずに反物を織っていたので、足元がふらつき、その場に転倒してしまった。
 捧げ持っていた反物を地に落とすことはかろうじてなかったが、女将がますます鬼のような形相で駆け寄る。

「何やってるんだい! 鈍間!」

 慧蓮の腕からひったくるように反物を取り上げた。

粗忽そこつな下女が粗相そそうをしまして申し訳ございません! お品は無事です! ほら、このとおり!」

 老人たちに笑顔で反物を掲げて見せながら、そちらには見えないように、倒れた慧蓮の鳩尾みぞおちを蹴り飛ばす。

「あとでしっかりと仕置きいたしますので」

 また鞭で叩かれるのかと覚悟を固めながら、慧蓮は悲鳴が漏れないように唇を噛みしめて、女将に蹴られる痛みを必死で堪えていた。
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