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6 夢見た未来

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 私のもとへたどり着いた百合さんは、息も絶え絶えといったふうに肩で大きく息をする。
 私はあらかじめ準備しておいた湯呑みを手渡し、百合さんはすぐにそれを飲み干した。

「大丈夫ですか? 百合さん」
「百合なんてそんな……たいそうな名前……どうか私のことは『おい』とか、『お前』とでも呼んでください……」

 死にそうに息を切らしている時でも、どうしてもそう主張せずにはいられない百合さんに、私は笑いながら提案してみる。

「じゃあ『ハナちゃん』でいいですか?」
「ハナちゃん……」
「ごく普通の花の『ハナちゃん』です。もちろん、百合の花の『ハナちゃん』でもいいですけど……」
「ごく普通の花でお願いします!」

 その後も「ハナちゃん、ハナちゃん」としきりに呟いている百合さんは、どうやらその呼び名を気に入ってくれたようだった。

(もとは誠さんが、今夜そう命名するはずだったんだよね……でももう百合さんと誠さんは、今夜は会うことはないから、私が付けてもいいよね……?)

 自問自答する私に、百合さん改め『ハナちゃん』は、椿ちゃんが今夜来れなくなったことを、懸命に伝えてくれた。

「旦那さまから、祭りへ行く許可が出なかったんです。お嬢さまは一日かけてずっと頼んでたけど……もう浴衣だって着てたけど……部屋から出るなっていつものように言い渡されて、それで私に……『二人が待ってるから、今日は行けないって伝えてくれ』って……」

 そこまで話してから、ハナちゃんは我に返ったように周囲を見回す。

「あれ? そういえば誠さまは……?」

 私は慌てて、曖昧に笑ってごまかした。

「あ! なんか急な用事で、来れなくなっちゃったそうです」

 それは私の嘘だったのに、ハナちゃんはとても気の毒そうに私を見つめた。

「それじゃ和奏お嬢さん一人ですか? この町に越してきて初めての『燈籠祭り』なのに?」

 あまりに憐みの目で見られるので、私はハナちゃんの腕をがしっと掴んだ。

「じゃあ代わりにハナちゃんが、一緒に燈籠を見てまわってくれますか? もう今日のお仕事は済んだんですよね?」

 ハナちゃんは目をぱちくりと瞬かせてから、何度も首を縦に振った。

「そうです、そうです、仕事はもう終わりました! じゃあ私でよければ……!」
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