ひょっとしてHEAVEN !? 2

シェリンカ

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第一章 星空観察会

3.似て非なるもの

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 蓋を開けてみれば、『HEAVEN』主催の『屋上星空観察会』への参加希望者は、全校生徒の二分の一を超えていた。

「どうすんの? 三百人以上なんて、屋上に入りきれるわけないでしょ……?」
 
 溢れ返る参加希望書の山を整理しながら、私は貴人に目を向ける。

「そうだね……また来週準備をするっていうのも二度手間だし……どうする? 三日間ぐらいに分けて連続開催にする?」

 ひいっと悲鳴を上げたのは順平君だった。

「他校に彼女持ってる俺の身になってくれ! それでなくたって貴重なデートの時間を毎日割いてんだからさー……俺、そろそろフラレちゃうよ?」

 いつも元気な彼が、本当に困り切ったような表情で両手を合わせていることが、なんだかおかしい。

「ハハハッ、いいよ。じゃあみんなで受け持ちの日を分担しよう。基本的に用事がない日は入ってもらうってことで……」

 笑う貴人に向かって真っ先に手を上げたのは可憐さん。

「はーい。それじゃ、私も日曜日はデート」
「私も……日曜日の夜に家を出てくるのは難しいかな……」

 美千瑠ちゃんもゴメンねというふうに貴人に手を合わせる。

「うんうん。いいよ」

 貴人はニコニコ笑っている。

「ちょっと待って! 私も日曜日は大会があるんですけど?」
 夏姫が慌てて割って入れば、
「あ、俺も練習試合だ!」
「俺も……」
 剛毅と玲二君も顔を見合わせる。

 私はだんだん怪しくなってくる雲行きを感じ始めた。

「OK。OK」

 まだニコニコと笑っている貴人に、繭香が訝しげな目を向ける。

「本当にわかっているのか? 今の時点で、すでに日曜日は半分の人数だぞ……?」
 
 パソコンの画面に目を落としていた智史君が、「あのさ……」と繭香のほうを見た。
「僕は数に入れてもらっても全然構わないんだけど……うららは夜八時を過ぎたら眠っちゃうから、数えないでいてくれる?」
「……はい?」

 思わず聞き返してしまった私へ視線を向け直すと、智史君はかけていた眼鏡をわざわざ外して、ニッコリと微笑む。

「八時になると寝ちゃうんだ……それはもう、そのへんの時計なんかよりもかなり正確に! それ以降は何があっても絶対に起きない。だから今回の『星空観察会』の時だけじゃなく、夜の活動の時は、数に入れても無駄かも……?」

 私はビックリして、今も智史君の肩に頭を乗せてすやすやと寝入っているうららを見た。

(だって……昼間だってほとんど眠ってるじゃない! なんでそんなに眠れるのよ?)

 心の中だけで叫んだつもりが、いつもどおり、私の考えは表情に全部描かれていたらしい。
 智史君はくすっと笑いながら、それはそれは愛しそうに隣に座るうららを見つめる。

「どうしてだろうね……それは僕にもわからないんだけど……」
 
 その眼差しだけで、ただでさえ暑い部屋の気温がさらに上がったような気がした。

 暑さで次第に苛立ち始めている繭香が、少しの怒りをこめて呟く。

「じゃあ日曜日は、五人だけだな……」


 そこに、「あっ……! そう言えば……!」なんて呑気な声を発することが出来るのは、やっぱり貴人――彼しかいない。

「次に助っ人に行くのはサッカー部なんだよ……じゃあ玲二が試合ってことは……」
「当然お前も試合だな!」

 怒りに瞳を燃やして叫んだ繭香に、私は焦った。

「ま、繭香! 興奮しない……ね? 興奮しないで!」

 ここで繭香に倒れられて、ただでさえ少ない人数がより減ってしまってはたまらない。

「みんな他の日は来てくれるから! ね? ね?」

 同意を求めるように周囲を見回すと、みんな必死になって首を縦に振ってくれる。

「私は用事なんて全然ないから! 三日間とも来れるから!」

 勢いこんで叫んだ私の声に、諒の声が続いた。

「俺も……別に用はないから来れるぞ?」

 繭香はさっきまでの怒りの形相はどこへやら、並んで座る私と諒に憐れむような目を向けた。

「お前たち……勉強以外にも夢中になれること……見つけたほうがいいぞ?」

(よけいなお世話よっ!)

 繭香をまた興奮させてしまわないため。
 そしてあの眼力でまともに睨まれることが恐かったため。
 心の中だけで叫んだのは、きっと私だけではなかったはず――。

 諒が小さく舌打ちしたのを、私は聞き逃さなかった。
 すぐ隣にいた私だけは聞き逃さなかった。




 結局、『星空観察会』の初日の日曜日は、私と諒と繭香と智史君しか集まることは出来なかった。

(なんだかおかしな組み合わせ……)

 そう思わずにいられなかったのは、私が口を開かなければこのメンバーでは会話が成立しないと気がついたからだ。

 諒と智史君が繭香に微妙に距離を取っているのは無理もないこととはいえ、なぜ諒と智史君まであまり話をしないのだろう。

 思ったことを口に出さずにいられない私は、にこやかに参加者たちに応待している智史君に、手が空いた時に尋ねてみた。

「どうして僕と諒があまり話をしないのかって? ……うーん……それはあっちに聞いてもらったほうがいいんじゃないかな……?」

 今夜は最初から眼鏡をかけていない智史君は、にこやかに笑って答えてくれる。
 夜目にも艶やかな笑顔。
 本当に天使みたいな美少年だ。

「まあ……大方の予想はつくけどね……」

 ほんの少しだけ意地悪な要素を残した苦笑も、簡易照明しかない薄暗い場所ではかえって魅力が増す。

 どうして自分の口から言ってくれないのかと、少々首を傾げながらも、本来の仕事に終われ、そのあと私は、諒に近づくことがなかなか出来なかった。




 『星空観察会』に参加してくれた生徒たちに、私と諒が考案したビニールシートの上で座ったり寝転がったりして星を見るというスタイルは好評だった。

「こういうのってなんか良いよね」
「星空全体が見渡せるしね」

 聞こえて来る声が誇らしくって、胸を張る。
 でも――。

「あーあ。こんな綺麗な星空……男同士じゃなくって好きな子と見たかったな……」
「それはこっちのセリフだよ!」
 
 男の子同士の会話には、思わずそれはもっともだろうと頷く。
 その途端――。

「……琴美」

 まるでいつでも私のことを監視しているかのような早さで繭香が名前を呼ぶから、心臓がドキリと飛び跳ねた。

「な、なに?」

 恐る恐るふり返ると、闇の中の大型肉食獣のように、繭香が大きな瞳をギラギラと輝かせている。

「わかってる……だろうな?」
「わかってる! もちろんわかってるよ!」

 私は慌てて、自分にあてがわれた監視場所――ビニールシートの南端に戻った。

 東西南北にそれぞれわかれて、私たちが何を見張っているかというと、『星空観察』に関係ない生徒が、ここにいないかどうかだ。

 要するに、生徒会主催の行事にかこつけて、夜の学校で必要以上にイチャついているような生徒がいないように見張っている。

 私自身は、
(何もそこまでする必要は……)
 と思わないでもなかったが、
『俺たちは生徒がはめを外す機会を作るために、行事を催しているわけじゃない』とか。
『最初の一回目で先生方からの信頼を失ってしまったら、後の行事が何も出来なくなってしまう』とか。
 大きな体のわりに、細かな気配りのできる剛毅の言葉には、確かに説得力があった。

(だってこれは、あくまでも純粋に星を見るための行事なんだもんね……)

 それぞれ星座版を手に持って、「あれが琴座?」とか「わし座?」とか、みんなが確認しあっている姿は微笑ましい。

「すっごく綺麗だね……こんなにたくさんの星、今まで見たことなかったや……」

 感動してくれている声が聞こえてくるのも嬉しい。

(うん……だからやっぱりこれは、純粋に星空を楽しんでもらうための企画で、まちがいはないんだよ……!)

 使命感に燃えながら、私は監視役に徹していた。




「それじゃあ最後に……願い事を書いてきた短冊を、中央の笹に吊るしていってくださーい」

 『星空観察会』終了の時間となる九時前に、私たちは近くの生徒たちにそう声かけを始め、みんながいっぺんに移動し始めた。

(ちょっとまずいかな?)

 一瞬過ぎった悪い予感は的中で、百人近い人間で、あっという間に笹の周りは埋め尽くされてしまう。

「ちょ、ちょっと押さないで! 順番に! 順番にー!」

 こんな時ばかりは、カリスマ性のカの字もない自分が嫌になる。
 私がいくら声をはり上げたって、みんな全然聞いてくれないのだ。
 それなのに――。

「順番にお願いします。危ないから押さないで」
 智史君がニッコリ微笑んでいる西側と、
「静かに! ちゃんと順番を守って進んでくれ!」
 繭香が目を光らせている東側の生徒たちは、比較的スムーズに行動している。

 諒が受け持っている北側だって、
「お前らいいかげんにしろよ! ちゃんと並べ!」
「なんだ……勝浦。そんなところにいたのかよ……小さくって今まで気がつかなかった」
「なんだと!」
「ハハハハッ。冗談だよ。冗談……」
 顔見知りの連中に多少遊ばれている傾向にあるとは言え、ちゃんと諒の指示どおりにみんなが動いてくれている。

 なのに私の受け持っている場所だけ、上手くいかないのだ。

「押さないでー。危ないから順番にー!」

 声を上げ続けている私を見かねて、隣の区画から智史君が来てくれた。

「みなさん。危ないから並んでください」

 女の子が比率が高い場所だったとはいえ、智史君のたった一言で、みんながちゃんと動き出してくれるものだから、なんだか複雑な心境になる。

「きゃっ! 近くで見ちゃった」
「可愛いよねー」

 小声ではあるが明らかに黄色い声が私の耳にも入ってくる。

 智史君は声の主たちにニッコリを笑顔をふり撒いていた。
 その時――。

「……絶対俺には真似できない!」

 いつの間に隣に来ていたんだか、諒の呟きが耳に飛びこんできた。

「絶対無理だ……! なんであんなことができるんだ……? あいつだけは本当に理解不能……」

 呆れたような途方に暮れたような声が、妙に気になった。

(そう言えば智史君も、なんで智史君と諒があまり口を利かないんだか、諒のほうに聞いてみてって言ってた……)

 意を決して今尋ねてみることにする。

「ねえ……諒?」

 呼ばれるままに諒が、ちょっと苛立ちの混じった大きな瞳を、私に向けた。
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