20 / 27
第四章 交流会
3.二つの想い
しおりを挟む
「おい! おい! 可憐!」
三つ角を曲がった先で諒に捕まった可憐さんは、私が駆けつけた時には道路の端にしゃがみこんで、こちらに背中を向けていた。
「諒ちゃんは来ないで!」
すぐ近くに立つ諒のことは拒絶しておいて、「琴美ちゃん……!」と私を呼ぶから、私と諒は無言で顔を見合わせて、入れ替わろうと移動する。
すれ違う際、小さな小さな声で「頼んだぞ」と諒に囁かれた。
やっぱりチクリと胸は痛んだけれど、私はしっかりと頷いて、可憐さんの隣に彼女と同じようにしゃがみこんだ。
「どうしたの……? 大丈夫?」
言い終わらないうちに、ワッと泣き出した可憐さんに抱きつかれる。
ふわりと香るいい匂い。
華奢な背中を宥めるようにトントンと叩いて、嗚咽まじりの声に耳を傾ける。
「もう……ダメかもしんない……本当に、ダメかも……!」
自信なさげな掠れた声が、半年前の自分の気持ちと重なってしまって、私まで涙が浮かんできそうだった。
何か言って慰めてあげたくて。
でも詳しい事情もわからないのに、「大丈夫だよ」なんて無責任なことはとても言えなくて。
私はただ、彼女の背中を撫で続けた。
激しい嗚咽が次第に小さくなって、可憐さんが落ちついて事情を説明してくれるようになるまで、ずっとずっと撫で続けた。
「最初に気がついたのは香水の香り。彼の車に乗った時、私とは違う香水が香ったから、あれっ? って思ったの……でもなんて聞いたらいいのかわからないし……どんな答えが帰ってくるのかも恐いし……聞けないまま……疑ったままだから、態度もなんだかぎこちなくなっちゃって……それで、なんだかおかしくなっちゃったのかもね……」
結局さっきの公園まで戻って、もう一度ベンチに並んで座って、私は可憐さんから話を聞いた。
もうそこにあるはずないのに、チラチラと道路のほうばかり見ている可憐さんが、どんなに彼氏の車を気にしているのかよくわかる。
話し声が聞こえないくらい遠い所で、私たちが動きだすのを待っている諒が、いくらそっぽを向いてたって、本当はこちらに集中していることも。
もどかしいような、やりきれないような気持ちを感じながら、私は私に言える最大限の言葉を口にする。
「とにかく……まだ何も本当のことはわからないんだから、まずは確かめてみるしかないんじゃない? ……彼氏さんとちゃんと話をしてみて、それから……」
本当はこんなセリフ、渉の言葉に耳も貸さなかった私が、言えるようなものではない。
そんなことは百も承知で、それでもあえて自分に鞭打って懸命に語っているのに、私の話が半分もいかないうちに、可憐さんはきっぱりと頭を左右に振った。
「嫌よ」
「はい?」
思わず聞き返さずにはいられない。
いぶかしげに首を捻った私の顔を、可憐さんは栗色の巻き髪を揺らしてガバッとふり返った。
「もういいわ! こんな思いするくらいなら、私のほうから終りにする! 疑ったり、不安になったり……こんなのまるで私らしくないもの……私がふり回すならともかく、相手にふり回されるなんて冗談じゃないわ!」
まだ瞳は涙に濡れているのに、私を見つめる視線は凛としていて力強かった。
可憐さんは、まるで余計なものを全部払い落とすかのように、肩に乗った髪を背中のほうへ流して、すっくと立ち上がる。
「こんな恋はもういらない!」
夕陽を背に受けて、潔く顎を上げて、敢然と言い放った姿はまさに女王様のようだった。
「か、可憐さん……?」
よくよく聞いてみれば、彼女が今宣言した言葉は、半年前の私の思いとほとんど変わらない。
なのにこの違いは何なのだろう。
誰の目から見たって、精一杯無理しているようにしか見えなかっただろうあの時の自分と、本当にこの恋を終わらせてしまっても、すぐに新しい相手が現れそうで、全然未練なんて残さずに済みそうな可憐さん。
どこに違いがあるかと言ったら、本当に残念ではあるが、女としての魅力の大きさの違いそのものだ。
(やっぱり美人は得だ……)
『HEAVEN』に参加するようになって、美千瑠ちゃんや可憐さんと知りあって、確信を得た思いを今日もまた再確認する。
「そうと決まれば、もう悩む必要もないわ。今日から私はフリーよ!」
数多い彼女の信奉者たちが聞けば、泣いて喜びそうなことを声高らかに宣言して、可憐さんは猛然と前を向いて歩き始めた。
「ちょ、ちょっと! ねえ、可憐さん?」
やっぱりことの真偽ぐらいは確かめたほうがいいんじゃないかとか。
別れるなら別れるで、ちゃんと彼氏さんにも了解をとらなくちゃとか。
やっぱりがらにもないことを必死で叫ぶ私の声を無視して、可憐さんは早足で歩き続ける。
そうしながら、どこからか取り出した携帯で、すでに誰かと連絡を取ろうとし始めた。
「可憐さん!」
慌てて追い縋ろうとした私を制止するように、ふいに目の前に鞄がさし出される。
「悪い。ちょっと可憐と話があるから、先に行く……じゃあな」
言うが早いか鞄を私の手に押し付けて、可憐さんを追って行ってしまう、自転車に乗った後ろ姿。
(……諒!)
話ってなんだろうとか。
私は邪魔なんだろうかとか。
そんなこと、可憐さんを好きな諒にしてみたら当たり前なのに、その時の私には、ことの状況も、自分の感情さえもとっさに上手く理解することができなかった。
ひとことも発することさえできずに、呆然と二人を見送るだけだった。
「良かったわね。絶対無理だと思ってたのに、最大のチャンスが到来して……!」
寝不足の為に回らない頭を酷使して、必死の思いで捻り出したセリフを口の中でぶつぶつと呟いてみて、私はひとり首を傾げる。
(うん? これじゃちょっと嫌味ね……)
それならばと、新たなセリフを考える。
「おめでとう。やっと彼女ができそうじゃない! それも大好きな可憐さん!」
(これもなんか嫌な感じ……すぐに目を剥いて怒る顔が目に浮かぶ……)
そう思って、実際にその様子を思い浮かべてしまって、思わずクスリと笑みが零れた。
そんな自分にとてつもない虚しさを感じ、私はガタンと机に突っ伏した。
(なにやってんのよ私!)
早朝の学校。
二年一組の教室では、いつもどおりみんなが予習に励んでいるというのに、一番前の席でひきつった笑顔の練習をしたり、思い出し笑いをしている私は、きっとかなり浮いているはずだ。
――いつも以上に。
隣の席の諒はまだ登校してこない。
それが嬉しいんだか悲しんだかさえ、もう全然わからない。
昨日の放課後は、恋心の自覚やら二度目の失恋やら、自分のことだけでも実にいろんなことがあった。
それに加えて可憐さんと彼氏さんの問題。
さっさと可憐さんを追いかけて行ってしまった諒。
あれからどうなったのか気になって気になって、昨日はとうとう一睡もできなかった。
今までの私だったら、諒が登校してきた早々捕まえて、どうだったのかと根掘り葉掘り聞くところだ。
上手くいったにしろ、ダメだったにしろ、徹底的にからかって、最終的には口喧嘩に突入するはず。
でも表面上は憎まれ口でも、それは確かに仲間として、一緒に喜んだり悲しんだりの私たちなりのコミュニケーションだったのだ。
でも今はもうとてもそんなことできそうにない。
これまでと変わらないようなセリフを頭を使って必死に準備して、私の動揺を諒に悟られないようにするしかない。
すっかり聞き慣れた足音が廊下を歩いてくることにさえ、もう体がこの場から逃げだそうとしている。
「……おはよ」
ガラッと扉を開けた諒が教室に入って来た途端、私は反射的に、大きく椅子の音をたてて立ち上がっていた。
「佳世ちゃん!」
とってつけたように名前を呼んだら、ニッコリと笑ってくれた親友が座っているほうへ向かって、逃げるように歩きだす。
「おい」
背後から諒が声をかけてくるけれどふり向かない。
心臓が爆発しそうなほどドキドキと鳴っているけれど、ううん、それだからこそ、絶対にふり向かない。
強い意志を秘めて歩き去る私に、諒はもうそれ以上声はかけなかった。
まるでお互いの間に見えない壁でもできたかのように、そのまま一日、私たちは一言も口をきかなかった。
「でも、授業が全部終わったからって、それで終りじゃないのよー!」
心の叫びを実際に口に出して叫びながら、私は頭を抱える。
放課後の中庭。
嫌だと悲鳴を上げる自分の心を騙し騙し、『HEAVEN』に向かおうと特別棟の前まではやって来たが、ここが限界だった。
とうとう動かなくなった足を諦めて、芝生の上に座りこみ、膝を抱える。
(もう嫌だこんなの! ……可憐さんじゃないけど、全部投げ出してしまいたい!)
ほんの昨日までは毎日があんなに楽しくて。『HEAVEN』の次の催しである交流会の準備にもあんなにはりきっていて。
なのに自分の諒に対する想いを自覚してしまった途端、その全てが後回しになってしまった。
(どうせダメだってわかってるんなら……こんな想い気がつかなきゃ良かった!)
どんなに悔やんだってどうしようもない。
そもそも誰かを好きになること自体、自分でそうしようと思ってなるものではないのだ。
自分で思いどおりにできるものなら、私はもっと違う人を好きになっていたはず。
そしてもっと楽しい恋をしていたはず。
(諒が悪いのよ! 性格悪くって意地悪ばっかり言うくせに、必ず助けてくれるから! いて欲しいなって思う時に、傍にいてくれるから! だから……だから!)
抱えた両膝に額をくっ付けて、これでもかと言わんばかりに八つ当たりしていたら、背後から声をかけられた。
「琴美、どうしたの? 小テストの結果でも悪かったの?」
これが諒だったら「そんなはずないでしょ!」と怒り狂ってふり返る所だし、渉だったら「大丈夫だよ」と無理して笑ってみせることろだ。
でもこの声の主はきっと、私が落ちこんでいるところに現れて、決まって気持ちをひき上げてくれる人物だ。
きっと彼だとわかっているから、今さら強がる必要もごまかす必要もない。
とは言え、私が今落ち込む理由が、成績ぐらいだろうと思われていることはちょっと心外だった。
「テストは満点だったわよ……あとは最近トップをひた走っている誰かさんが、うっかりミスしてくれれば、それでOKよ……貴人」
「ハハハハッ。ゴメン。それは気が利かなかった……!」
予想どおり聞こえてきた大笑いに、顔を上げてふり返って見れば、やっぱり貴人が私の後ろに立っていた。
「次回は気をつけるから、今回は機嫌を直して、俺と一緒に『HEAVEN』に来てくれるかな?」
さし出された手に、どうしようかなんて迷う間もなく、私は貴人の手を握り返していた。
もういったい何度、この手に引かれて私は立ち上がったんだろう。
絶妙のタイミングで現われてくれる如才なさにも、思わずこちらまで笑顔になってしまう満面の笑顔にも本当に感謝している。
――大好きだ。
何気なく考えて、私はハッとなった。
(えっ? ちょっと待って……私って貴人のことも好き……なの……?)
思考と同時に一気に体も固まってしまって、貴人の手を取って立ち上がりかけた体勢のまま動けなくなる。
「琴美?」
訝しげに首を捻った貴人がこれ以上近づいて来ないように、なんとか体を起こして立ち上がるには立ち上がったけれど、サッと引いてしまった手が、いつもよりふり払うようだったなんて、貴人は気がついただろうか。
ちょっと面白がっている時に彼がする癖で、眉を片方上げて私の顔を見たあと、前に立って歩き始めた貴人が、何を考えているのかなんて私にはわからない。
でもたった今、ふと気がついてしまった自分の気持ちに、私は驚天動地の思いだった。
(私って! 私って……! 諒のことが好きなくせに、貴人のことも好きなの……!?)
まるで自分がとてつもなく悪い女になったような気分で、私はふらふらと特別棟の階段を上がり、呆然と『HEAVEN』の扉を開けた。
三つ角を曲がった先で諒に捕まった可憐さんは、私が駆けつけた時には道路の端にしゃがみこんで、こちらに背中を向けていた。
「諒ちゃんは来ないで!」
すぐ近くに立つ諒のことは拒絶しておいて、「琴美ちゃん……!」と私を呼ぶから、私と諒は無言で顔を見合わせて、入れ替わろうと移動する。
すれ違う際、小さな小さな声で「頼んだぞ」と諒に囁かれた。
やっぱりチクリと胸は痛んだけれど、私はしっかりと頷いて、可憐さんの隣に彼女と同じようにしゃがみこんだ。
「どうしたの……? 大丈夫?」
言い終わらないうちに、ワッと泣き出した可憐さんに抱きつかれる。
ふわりと香るいい匂い。
華奢な背中を宥めるようにトントンと叩いて、嗚咽まじりの声に耳を傾ける。
「もう……ダメかもしんない……本当に、ダメかも……!」
自信なさげな掠れた声が、半年前の自分の気持ちと重なってしまって、私まで涙が浮かんできそうだった。
何か言って慰めてあげたくて。
でも詳しい事情もわからないのに、「大丈夫だよ」なんて無責任なことはとても言えなくて。
私はただ、彼女の背中を撫で続けた。
激しい嗚咽が次第に小さくなって、可憐さんが落ちついて事情を説明してくれるようになるまで、ずっとずっと撫で続けた。
「最初に気がついたのは香水の香り。彼の車に乗った時、私とは違う香水が香ったから、あれっ? って思ったの……でもなんて聞いたらいいのかわからないし……どんな答えが帰ってくるのかも恐いし……聞けないまま……疑ったままだから、態度もなんだかぎこちなくなっちゃって……それで、なんだかおかしくなっちゃったのかもね……」
結局さっきの公園まで戻って、もう一度ベンチに並んで座って、私は可憐さんから話を聞いた。
もうそこにあるはずないのに、チラチラと道路のほうばかり見ている可憐さんが、どんなに彼氏の車を気にしているのかよくわかる。
話し声が聞こえないくらい遠い所で、私たちが動きだすのを待っている諒が、いくらそっぽを向いてたって、本当はこちらに集中していることも。
もどかしいような、やりきれないような気持ちを感じながら、私は私に言える最大限の言葉を口にする。
「とにかく……まだ何も本当のことはわからないんだから、まずは確かめてみるしかないんじゃない? ……彼氏さんとちゃんと話をしてみて、それから……」
本当はこんなセリフ、渉の言葉に耳も貸さなかった私が、言えるようなものではない。
そんなことは百も承知で、それでもあえて自分に鞭打って懸命に語っているのに、私の話が半分もいかないうちに、可憐さんはきっぱりと頭を左右に振った。
「嫌よ」
「はい?」
思わず聞き返さずにはいられない。
いぶかしげに首を捻った私の顔を、可憐さんは栗色の巻き髪を揺らしてガバッとふり返った。
「もういいわ! こんな思いするくらいなら、私のほうから終りにする! 疑ったり、不安になったり……こんなのまるで私らしくないもの……私がふり回すならともかく、相手にふり回されるなんて冗談じゃないわ!」
まだ瞳は涙に濡れているのに、私を見つめる視線は凛としていて力強かった。
可憐さんは、まるで余計なものを全部払い落とすかのように、肩に乗った髪を背中のほうへ流して、すっくと立ち上がる。
「こんな恋はもういらない!」
夕陽を背に受けて、潔く顎を上げて、敢然と言い放った姿はまさに女王様のようだった。
「か、可憐さん……?」
よくよく聞いてみれば、彼女が今宣言した言葉は、半年前の私の思いとほとんど変わらない。
なのにこの違いは何なのだろう。
誰の目から見たって、精一杯無理しているようにしか見えなかっただろうあの時の自分と、本当にこの恋を終わらせてしまっても、すぐに新しい相手が現れそうで、全然未練なんて残さずに済みそうな可憐さん。
どこに違いがあるかと言ったら、本当に残念ではあるが、女としての魅力の大きさの違いそのものだ。
(やっぱり美人は得だ……)
『HEAVEN』に参加するようになって、美千瑠ちゃんや可憐さんと知りあって、確信を得た思いを今日もまた再確認する。
「そうと決まれば、もう悩む必要もないわ。今日から私はフリーよ!」
数多い彼女の信奉者たちが聞けば、泣いて喜びそうなことを声高らかに宣言して、可憐さんは猛然と前を向いて歩き始めた。
「ちょ、ちょっと! ねえ、可憐さん?」
やっぱりことの真偽ぐらいは確かめたほうがいいんじゃないかとか。
別れるなら別れるで、ちゃんと彼氏さんにも了解をとらなくちゃとか。
やっぱりがらにもないことを必死で叫ぶ私の声を無視して、可憐さんは早足で歩き続ける。
そうしながら、どこからか取り出した携帯で、すでに誰かと連絡を取ろうとし始めた。
「可憐さん!」
慌てて追い縋ろうとした私を制止するように、ふいに目の前に鞄がさし出される。
「悪い。ちょっと可憐と話があるから、先に行く……じゃあな」
言うが早いか鞄を私の手に押し付けて、可憐さんを追って行ってしまう、自転車に乗った後ろ姿。
(……諒!)
話ってなんだろうとか。
私は邪魔なんだろうかとか。
そんなこと、可憐さんを好きな諒にしてみたら当たり前なのに、その時の私には、ことの状況も、自分の感情さえもとっさに上手く理解することができなかった。
ひとことも発することさえできずに、呆然と二人を見送るだけだった。
「良かったわね。絶対無理だと思ってたのに、最大のチャンスが到来して……!」
寝不足の為に回らない頭を酷使して、必死の思いで捻り出したセリフを口の中でぶつぶつと呟いてみて、私はひとり首を傾げる。
(うん? これじゃちょっと嫌味ね……)
それならばと、新たなセリフを考える。
「おめでとう。やっと彼女ができそうじゃない! それも大好きな可憐さん!」
(これもなんか嫌な感じ……すぐに目を剥いて怒る顔が目に浮かぶ……)
そう思って、実際にその様子を思い浮かべてしまって、思わずクスリと笑みが零れた。
そんな自分にとてつもない虚しさを感じ、私はガタンと机に突っ伏した。
(なにやってんのよ私!)
早朝の学校。
二年一組の教室では、いつもどおりみんなが予習に励んでいるというのに、一番前の席でひきつった笑顔の練習をしたり、思い出し笑いをしている私は、きっとかなり浮いているはずだ。
――いつも以上に。
隣の席の諒はまだ登校してこない。
それが嬉しいんだか悲しんだかさえ、もう全然わからない。
昨日の放課後は、恋心の自覚やら二度目の失恋やら、自分のことだけでも実にいろんなことがあった。
それに加えて可憐さんと彼氏さんの問題。
さっさと可憐さんを追いかけて行ってしまった諒。
あれからどうなったのか気になって気になって、昨日はとうとう一睡もできなかった。
今までの私だったら、諒が登校してきた早々捕まえて、どうだったのかと根掘り葉掘り聞くところだ。
上手くいったにしろ、ダメだったにしろ、徹底的にからかって、最終的には口喧嘩に突入するはず。
でも表面上は憎まれ口でも、それは確かに仲間として、一緒に喜んだり悲しんだりの私たちなりのコミュニケーションだったのだ。
でも今はもうとてもそんなことできそうにない。
これまでと変わらないようなセリフを頭を使って必死に準備して、私の動揺を諒に悟られないようにするしかない。
すっかり聞き慣れた足音が廊下を歩いてくることにさえ、もう体がこの場から逃げだそうとしている。
「……おはよ」
ガラッと扉を開けた諒が教室に入って来た途端、私は反射的に、大きく椅子の音をたてて立ち上がっていた。
「佳世ちゃん!」
とってつけたように名前を呼んだら、ニッコリと笑ってくれた親友が座っているほうへ向かって、逃げるように歩きだす。
「おい」
背後から諒が声をかけてくるけれどふり向かない。
心臓が爆発しそうなほどドキドキと鳴っているけれど、ううん、それだからこそ、絶対にふり向かない。
強い意志を秘めて歩き去る私に、諒はもうそれ以上声はかけなかった。
まるでお互いの間に見えない壁でもできたかのように、そのまま一日、私たちは一言も口をきかなかった。
「でも、授業が全部終わったからって、それで終りじゃないのよー!」
心の叫びを実際に口に出して叫びながら、私は頭を抱える。
放課後の中庭。
嫌だと悲鳴を上げる自分の心を騙し騙し、『HEAVEN』に向かおうと特別棟の前まではやって来たが、ここが限界だった。
とうとう動かなくなった足を諦めて、芝生の上に座りこみ、膝を抱える。
(もう嫌だこんなの! ……可憐さんじゃないけど、全部投げ出してしまいたい!)
ほんの昨日までは毎日があんなに楽しくて。『HEAVEN』の次の催しである交流会の準備にもあんなにはりきっていて。
なのに自分の諒に対する想いを自覚してしまった途端、その全てが後回しになってしまった。
(どうせダメだってわかってるんなら……こんな想い気がつかなきゃ良かった!)
どんなに悔やんだってどうしようもない。
そもそも誰かを好きになること自体、自分でそうしようと思ってなるものではないのだ。
自分で思いどおりにできるものなら、私はもっと違う人を好きになっていたはず。
そしてもっと楽しい恋をしていたはず。
(諒が悪いのよ! 性格悪くって意地悪ばっかり言うくせに、必ず助けてくれるから! いて欲しいなって思う時に、傍にいてくれるから! だから……だから!)
抱えた両膝に額をくっ付けて、これでもかと言わんばかりに八つ当たりしていたら、背後から声をかけられた。
「琴美、どうしたの? 小テストの結果でも悪かったの?」
これが諒だったら「そんなはずないでしょ!」と怒り狂ってふり返る所だし、渉だったら「大丈夫だよ」と無理して笑ってみせることろだ。
でもこの声の主はきっと、私が落ちこんでいるところに現れて、決まって気持ちをひき上げてくれる人物だ。
きっと彼だとわかっているから、今さら強がる必要もごまかす必要もない。
とは言え、私が今落ち込む理由が、成績ぐらいだろうと思われていることはちょっと心外だった。
「テストは満点だったわよ……あとは最近トップをひた走っている誰かさんが、うっかりミスしてくれれば、それでOKよ……貴人」
「ハハハハッ。ゴメン。それは気が利かなかった……!」
予想どおり聞こえてきた大笑いに、顔を上げてふり返って見れば、やっぱり貴人が私の後ろに立っていた。
「次回は気をつけるから、今回は機嫌を直して、俺と一緒に『HEAVEN』に来てくれるかな?」
さし出された手に、どうしようかなんて迷う間もなく、私は貴人の手を握り返していた。
もういったい何度、この手に引かれて私は立ち上がったんだろう。
絶妙のタイミングで現われてくれる如才なさにも、思わずこちらまで笑顔になってしまう満面の笑顔にも本当に感謝している。
――大好きだ。
何気なく考えて、私はハッとなった。
(えっ? ちょっと待って……私って貴人のことも好き……なの……?)
思考と同時に一気に体も固まってしまって、貴人の手を取って立ち上がりかけた体勢のまま動けなくなる。
「琴美?」
訝しげに首を捻った貴人がこれ以上近づいて来ないように、なんとか体を起こして立ち上がるには立ち上がったけれど、サッと引いてしまった手が、いつもよりふり払うようだったなんて、貴人は気がついただろうか。
ちょっと面白がっている時に彼がする癖で、眉を片方上げて私の顔を見たあと、前に立って歩き始めた貴人が、何を考えているのかなんて私にはわからない。
でもたった今、ふと気がついてしまった自分の気持ちに、私は驚天動地の思いだった。
(私って! 私って……! 諒のことが好きなくせに、貴人のことも好きなの……!?)
まるで自分がとてつもなく悪い女になったような気分で、私はふらふらと特別棟の階段を上がり、呆然と『HEAVEN』の扉を開けた。
0
あなたにおすすめの小説
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない
七星点灯
青春
雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。
彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。
しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。
彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる