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第六章 渦色の運命
81:告白3
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事件のことを知ったら紅君が傷つくかもしれないとか、知らないほうが幸せなのではないかとか、そういう理由は全て、紅君に真実を伝えることを恐れた私が、あとになって作りだした言い訳だ。
紅君はそういうことで絶望したり、後悔したり、これからの人生をだいなしにしてしまう人ではない。
どういう時でも前を向き、真っ直ぐに進む人だ。
それを誰よりも知っていたはずなのに、私は紅君と再会してからの一年、いやその遥かに前、おそらくあの事故の直後から、全てを話したら彼に嫌われるかもしれないという妄執に怯えていた。
ただそれだけだった。
言葉もなくお互いを抱きしめあったまま、地面に座りこむ私と紅君の上に、フワリと柔らかなストールがかけられる。
私がベンチに置き去りにしていたそのストールを、寒くないようにとかけてくれたらしい蒼ちゃんは、わざわざ私たちと目線の高さをあわせるためにしゃがみこんで、眼鏡越しににっこりと笑う。
「そろそろ立ち上がらないと風邪引いちゃうよ……なんなら千紗ちゃんだけでも僕が抱き起こそうか?」
「蒼ちゃん!」
腕の中で小さく叫んだ私を、紅君がなおさら胸に抱きこんだ。
「いくら兄さんでも渡さないよ……ちいだけは」
「ハハハッ。わざわざ言われなくたって知ってるよ。そんなことは……」
蒼ちゃんはすぐに立ち上がり、私たちへ背を向けて歩きだす。
「でも紅也が自分の後悔だけで頭がいっぱいになって、今の千紗ちゃんを気遣ってやれなくなったら、いつだって僕が横からさらっていくよ」
笑いながら去って行く背中に、私は慌てて呼びかける。
「蒼ちゃん!」
「ハハハッ。冗談、冗談……」
うしろ手に手を振りながら遠くなっていく蒼ちゃんの、それは本当に冗談なのか、それとも本気なのか、私には判断がつかないが、紅君はすぐさまその場で立ち上がった。
「わかってる。ちいが傷つかなくてもいいように……これ以上泣かなくてもいいように……俺にとってだって、それがあの頃からの変わらない願いなんだ!」
私の腕を引いて立たせながら、紅君が蒼ちゃんに向かって放った言葉に胸が鳴った。
(あの頃からのって……? 紅君? ……まさか?)
驚いたように彼の顔を見上げる私に気がつき、紅君は小さく笑う。
「思い出したわけじゃないよ。ごめん、ちい……でも一緒にいた頃に自分がどんなにちいを好きだったのかは、わかる。理屈じゃなくわかる……一番真っ先に、それも一度じゃなく二度も……忘れてしまった記憶なのに……ごめんね」
私は慌てて、否定の意味で首を振った。
それは紅君に謝られることではない。
むしろ――。
(嬉しい……! 他の誰でもない、大好きな紅君が、自分をそんなふうに言ってくれることが嬉しいよ!)
ぽろりと私の頬を伝って落ちた涙を、紅君が指ですくった。
「泣かないで。もう忘れないから……何があっても、もうちいのことは忘れない! 失った記憶だって、きっといつかとり戻すから……」
無理はしなくてもいいと、言いかけた唇は、紅君の冷たい唇でそっと塞がれた。
「俺。この冬の間に、もう一度あの街へ行こうと思う。きっと今だったら、夏に行った時よりいろんなことを感じるんじゃないかな……ひょっとしたら記憶だって戻るかもしれないよ?」
満面の笑みで私に語りかける紅君につられるように、私の頬も緩んだ。
自分でも思ってもみなかった言葉が、自然と口から出てくる。
「紅君。私も……」
一緒に行きたいというのは図々しすぎるだろうか。
日帰りでは帰って来られないあの街に、二人で旅をしたいというのは――。
一瞬言い淀んだ私に、紅君はますます晴れやかな笑顔を向けた。
ぶ厚い冬の雲も吹き飛ばしてしまいそうなほどの、眩しい笑顔だった。
「一緒に来てくれる、ちい? ちいと一緒だったら、きっと、もっと可能性があると思う!」
勇気を出して口にする前に、先に言われてしまい、ほっとすると同時に緊張する。
(本当に? 思い出がいっぱいのあの街を一緒に廻ったら、紅君は記憶をとり戻すかな……?)
少しの期待と。
(でも……無理をしたらまた倒れてしまったりしない……?)
少しの不安。
相反する二つの思いを胸に抱き、その数日後、私は五年ぶりに、生まれ育ったあの街を訪れた。
紅君と二人で――。
紅君はそういうことで絶望したり、後悔したり、これからの人生をだいなしにしてしまう人ではない。
どういう時でも前を向き、真っ直ぐに進む人だ。
それを誰よりも知っていたはずなのに、私は紅君と再会してからの一年、いやその遥かに前、おそらくあの事故の直後から、全てを話したら彼に嫌われるかもしれないという妄執に怯えていた。
ただそれだけだった。
言葉もなくお互いを抱きしめあったまま、地面に座りこむ私と紅君の上に、フワリと柔らかなストールがかけられる。
私がベンチに置き去りにしていたそのストールを、寒くないようにとかけてくれたらしい蒼ちゃんは、わざわざ私たちと目線の高さをあわせるためにしゃがみこんで、眼鏡越しににっこりと笑う。
「そろそろ立ち上がらないと風邪引いちゃうよ……なんなら千紗ちゃんだけでも僕が抱き起こそうか?」
「蒼ちゃん!」
腕の中で小さく叫んだ私を、紅君がなおさら胸に抱きこんだ。
「いくら兄さんでも渡さないよ……ちいだけは」
「ハハハッ。わざわざ言われなくたって知ってるよ。そんなことは……」
蒼ちゃんはすぐに立ち上がり、私たちへ背を向けて歩きだす。
「でも紅也が自分の後悔だけで頭がいっぱいになって、今の千紗ちゃんを気遣ってやれなくなったら、いつだって僕が横からさらっていくよ」
笑いながら去って行く背中に、私は慌てて呼びかける。
「蒼ちゃん!」
「ハハハッ。冗談、冗談……」
うしろ手に手を振りながら遠くなっていく蒼ちゃんの、それは本当に冗談なのか、それとも本気なのか、私には判断がつかないが、紅君はすぐさまその場で立ち上がった。
「わかってる。ちいが傷つかなくてもいいように……これ以上泣かなくてもいいように……俺にとってだって、それがあの頃からの変わらない願いなんだ!」
私の腕を引いて立たせながら、紅君が蒼ちゃんに向かって放った言葉に胸が鳴った。
(あの頃からのって……? 紅君? ……まさか?)
驚いたように彼の顔を見上げる私に気がつき、紅君は小さく笑う。
「思い出したわけじゃないよ。ごめん、ちい……でも一緒にいた頃に自分がどんなにちいを好きだったのかは、わかる。理屈じゃなくわかる……一番真っ先に、それも一度じゃなく二度も……忘れてしまった記憶なのに……ごめんね」
私は慌てて、否定の意味で首を振った。
それは紅君に謝られることではない。
むしろ――。
(嬉しい……! 他の誰でもない、大好きな紅君が、自分をそんなふうに言ってくれることが嬉しいよ!)
ぽろりと私の頬を伝って落ちた涙を、紅君が指ですくった。
「泣かないで。もう忘れないから……何があっても、もうちいのことは忘れない! 失った記憶だって、きっといつかとり戻すから……」
無理はしなくてもいいと、言いかけた唇は、紅君の冷たい唇でそっと塞がれた。
「俺。この冬の間に、もう一度あの街へ行こうと思う。きっと今だったら、夏に行った時よりいろんなことを感じるんじゃないかな……ひょっとしたら記憶だって戻るかもしれないよ?」
満面の笑みで私に語りかける紅君につられるように、私の頬も緩んだ。
自分でも思ってもみなかった言葉が、自然と口から出てくる。
「紅君。私も……」
一緒に行きたいというのは図々しすぎるだろうか。
日帰りでは帰って来られないあの街に、二人で旅をしたいというのは――。
一瞬言い淀んだ私に、紅君はますます晴れやかな笑顔を向けた。
ぶ厚い冬の雲も吹き飛ばしてしまいそうなほどの、眩しい笑顔だった。
「一緒に来てくれる、ちい? ちいと一緒だったら、きっと、もっと可能性があると思う!」
勇気を出して口にする前に、先に言われてしまい、ほっとすると同時に緊張する。
(本当に? 思い出がいっぱいのあの街を一緒に廻ったら、紅君は記憶をとり戻すかな……?)
少しの期待と。
(でも……無理をしたらまた倒れてしまったりしない……?)
少しの不安。
相反する二つの思いを胸に抱き、その数日後、私は五年ぶりに、生まれ育ったあの街を訪れた。
紅君と二人で――。
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