【完結】一泊、泊めてください

加藤伊織

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春の章

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 東京から車で移動すること四時間。番組スタッフに促されて車から降りた真珠ましろは広がる光景に唖然とした。
 見渡す限り空を遮るものはなく、道路に沿って立っている電信柱はやたら細い。そして、おおよそ視界の中に二階建てより高い建物は見えなかった。
 驚きすぎて、ぽかんと口を開けてしまった。概念上は存在すると知っていた景色だが、いざ自分の目で見ると呆然とするしかない。

氷坂ひさかくん、景色にとても驚いています』

 後でそんなテロップが入るのだろう。マイクを付けていないディレクターが苦笑するのがわかった。

 氷坂真珠ひさか ましろ、20歳。職業はモデル。……のはずだ。少なくともテレビタレントになった覚えはない。最近はあまりに愛想のない態度が珍しいのか、バラエティ番組に出演させられることもある。
 態度に愛想はないが、言葉遣いは別に悪くもないし、無礼というのではなく、ただ、孤高だ。究極のマイペースなだけだと言う人もいる。
 表面上だけにこにこしていて口からは毒を垂れ流すタイプとは対照的で、一部にはそれが好感を持って受け止められているらしい。

 いかにも人付き合いが苦手そうに見える真珠の元に今回来た出演依頼は、見知らぬ町をひとりで散策して、住民と直接交渉して一泊させてもらうという番組からだった。
 聞いた瞬間、胃が痛くなった。マネージャーの久米も胃を押さえていた。だが、真珠のどういうリアクションが期待されているのかは非常にわかりやすく、ある意味オファーは納得できるものともいえた。

 事前に移動が長いと聞いていたので、真珠は朝一番からの移動を思う存分寝て過ごした。
 そして、起きたときには予想していなかったほどの田舎振りに驚かされる羽目になったのだ。
 ある程度起きていたのなら、ここまで驚くことはなかったかもしれない。

「俺に……どうしろと」

 まず視界の中に人がいない。道路沿いにしか建物がない。
 第一村人だ。第一村人を探さなければまず話にならない。しかし、どこへ行けば人がいるというんだろうか。

 道路の両脇には一様に屋根が赤い民家が点々と建っている。田んぼと畑が申し訳程度にあり、そのすぐ後ろには森が迫っていた。
 その先に目をやれば山にぐるりを囲まれていて、ここはキャンプ場か? と言いたくなった。
 少なくとも真珠は、中学生の時に学校で無理矢理連れてこられたキャンプ以外で、こんな場所に来たことはなかった。

「ここで」

 自分の途方に暮れた顔をカメラが撮っているのがわかる。素の顔、というわけではない。普段なら、こんなに驚いて間の抜けたような顔は絶対にしない。今までにした覚えもない。

「ここで、一泊交渉しろと」

 1パーセントくらいの確率でもいいから、場所を間違えましたと言って欲しかった。思わずまじまじとディレクターを見つめてしまった。

「頑張って!」

 真珠がよほど「いい顔」をしていたのだろう。満面の笑みと共にサムズアップされて、爽やかに切り捨てられる。

 4月の空は抜けるように青いのに、目の前が真っ暗になった気がした。
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