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春の章
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予想していたよりも遙かにスムーズに宿泊先が見つかったことで、真珠の気持ちにも若干余裕が戻ってきた。篤宏について店内を歩きながら、この村のことをなんとか話題に乗せる。
「ここでは、特産品とかも置いてるのか?」
「特産品、かぁ。山菜なんかは確かに多いけど、特にこれと言えるような有名なものって思い当たらないな」
首を傾けて考え込みながら、篤宏は少し渋い顔をした。
田舎は特産品が必ずあるというのは、どうやら真珠の偏見だったらしい。
「山ひとつ越えた隣の村だと、伝統工芸品とかがあったりするんだけどね。
その後継者育成も盛んにやってるから、余計若い人はそっちに行っちゃう。あと、冬になるとバスが休業するよ」
「バスが、休業する?」
オウム返しに尋ねた真珠に篤宏が頷く。これも知識としては知っているが、実際にそんな土地に自分が来ることになるとは思ってもみなかった。同じことを何度も繰り返し思ってしまうが、本当にこの村にはただただ驚くしかない。
「ここから最寄りの駅まではバスでだいたい1時間。自家用車があるならいいけど、移動をバスに頼ってる人は冬場は町に出られないんだよ。だから分校がある中学まではともかく、高校になると子供達は親元を離れて都市部で独り暮らしをしたりするんだ。それで余計に若年層が流出するってわけ。
そこでなんとか若者を村に呼び寄せようと、村が空き家を家賃無料で貸し出すプロジェクトを立ち上げてね」
「それでこの村に?」
篤宏の長い説明の最後で、やっと真珠は得心した。篤宏は訛りもないし、田舎っぽさというものとは存在自体がかけ離れている。一言で言えばここで真珠と同じように浮いている存在に見えた。
「そう。ここで暮らして3年目になるんだ。ここに来る前は東京に住んでた」
「そうなのか」
真珠は東京にいる篤宏を想像してみた。そちらの方が違和感がない。改めてじっくりと目の前の篤宏を見ると、長めの前髪に隠れるような右目だけが琥珀色をしている。
夜闇のような黒い左目と、月のような金色の右目はかなり目立つ。真珠もオッドアイの人間に出会ったのは初めてで、思わず息を止めて彼の目に見入ってしまった。
「その、右目は……」
「ああ、これ? 生まれつき悪くて。こっちは見えないから、できるだけ左側にいてくれると助かるな」
ためらいがちに尋ねた真珠に、なんでもないことのように篤宏は軽い調子で答える。違和感がますます真珠の胸中で膨らんでいった。
榊原篤宏という青年は、存在感がありすぎる。ここに来て初めて会った老女の反応を思い出しても、そんな彼がこの村で馴染んで暮らしているのが不可解だった。
買い物カゴが半分ほど埋まったとき、自動ドアが開いて頭にスカーフを被った老女が店内に入ってきた。ぐるりと店内を見渡し、こちらに気付いて右手を大きく振る。
「あー、よかった! あっちゃん、ここにおったの! 蛍光灯が切れちゃって、取り替えてくれないかねえ」
「蛍光灯? いいよ。もう買い物は終わるから、このままカヨさんと一緒に行くよ。あ、そうだ。この人達は東京からテレビの撮影で来てる氷坂真珠くんと、スタッフの皆さん。
氷坂くんは今晩うちに泊まることになったんだ」
カヨというらしい老女と篤宏のやりとりに面食らっている真珠を、篤宏は気安く紹介した。
テレビと聞いてカヨは慌ててスカーフを直し、やだぁと言いながら照れて見せた。
「あららー。こんなばあさん映してないでそこの男前映しといて! じゃあ明日でいいわ、あっちゃん今日は忙しくなるだろ?」
「いや、いつも通り、あんたはいつも通りにしててくれ。テレビだからって遠慮しなくていい」
慌てて真珠は否定した。篤宏の行動を制限することはない。仕事をするにあたって過去の放映も何回分かチェックしたが、宿泊先が決まった後はひとりでまた散策しているのが常だった。
真珠とスタッフの間を篤宏の視線が何度か行き来した。最後に真珠をもう一度見て、彼はにこりと笑って買い物カゴを掲げてみせる。
「買い物の後にも村の中を何ヶ所か回るから、良かったら君も一緒にどう? 少しは案内できると思うよ」
それは真珠にとって願ってもない提案だ。真珠にも心細さがなかったと言えば嘘になる。
気がつくと、無言で篤宏に向かって首を縦に振っていた。
「ここでは、特産品とかも置いてるのか?」
「特産品、かぁ。山菜なんかは確かに多いけど、特にこれと言えるような有名なものって思い当たらないな」
首を傾けて考え込みながら、篤宏は少し渋い顔をした。
田舎は特産品が必ずあるというのは、どうやら真珠の偏見だったらしい。
「山ひとつ越えた隣の村だと、伝統工芸品とかがあったりするんだけどね。
その後継者育成も盛んにやってるから、余計若い人はそっちに行っちゃう。あと、冬になるとバスが休業するよ」
「バスが、休業する?」
オウム返しに尋ねた真珠に篤宏が頷く。これも知識としては知っているが、実際にそんな土地に自分が来ることになるとは思ってもみなかった。同じことを何度も繰り返し思ってしまうが、本当にこの村にはただただ驚くしかない。
「ここから最寄りの駅まではバスでだいたい1時間。自家用車があるならいいけど、移動をバスに頼ってる人は冬場は町に出られないんだよ。だから分校がある中学まではともかく、高校になると子供達は親元を離れて都市部で独り暮らしをしたりするんだ。それで余計に若年層が流出するってわけ。
そこでなんとか若者を村に呼び寄せようと、村が空き家を家賃無料で貸し出すプロジェクトを立ち上げてね」
「それでこの村に?」
篤宏の長い説明の最後で、やっと真珠は得心した。篤宏は訛りもないし、田舎っぽさというものとは存在自体がかけ離れている。一言で言えばここで真珠と同じように浮いている存在に見えた。
「そう。ここで暮らして3年目になるんだ。ここに来る前は東京に住んでた」
「そうなのか」
真珠は東京にいる篤宏を想像してみた。そちらの方が違和感がない。改めてじっくりと目の前の篤宏を見ると、長めの前髪に隠れるような右目だけが琥珀色をしている。
夜闇のような黒い左目と、月のような金色の右目はかなり目立つ。真珠もオッドアイの人間に出会ったのは初めてで、思わず息を止めて彼の目に見入ってしまった。
「その、右目は……」
「ああ、これ? 生まれつき悪くて。こっちは見えないから、できるだけ左側にいてくれると助かるな」
ためらいがちに尋ねた真珠に、なんでもないことのように篤宏は軽い調子で答える。違和感がますます真珠の胸中で膨らんでいった。
榊原篤宏という青年は、存在感がありすぎる。ここに来て初めて会った老女の反応を思い出しても、そんな彼がこの村で馴染んで暮らしているのが不可解だった。
買い物カゴが半分ほど埋まったとき、自動ドアが開いて頭にスカーフを被った老女が店内に入ってきた。ぐるりと店内を見渡し、こちらに気付いて右手を大きく振る。
「あー、よかった! あっちゃん、ここにおったの! 蛍光灯が切れちゃって、取り替えてくれないかねえ」
「蛍光灯? いいよ。もう買い物は終わるから、このままカヨさんと一緒に行くよ。あ、そうだ。この人達は東京からテレビの撮影で来てる氷坂真珠くんと、スタッフの皆さん。
氷坂くんは今晩うちに泊まることになったんだ」
カヨというらしい老女と篤宏のやりとりに面食らっている真珠を、篤宏は気安く紹介した。
テレビと聞いてカヨは慌ててスカーフを直し、やだぁと言いながら照れて見せた。
「あららー。こんなばあさん映してないでそこの男前映しといて! じゃあ明日でいいわ、あっちゃん今日は忙しくなるだろ?」
「いや、いつも通り、あんたはいつも通りにしててくれ。テレビだからって遠慮しなくていい」
慌てて真珠は否定した。篤宏の行動を制限することはない。仕事をするにあたって過去の放映も何回分かチェックしたが、宿泊先が決まった後はひとりでまた散策しているのが常だった。
真珠とスタッフの間を篤宏の視線が何度か行き来した。最後に真珠をもう一度見て、彼はにこりと笑って買い物カゴを掲げてみせる。
「買い物の後にも村の中を何ヶ所か回るから、良かったら君も一緒にどう? 少しは案内できると思うよ」
それは真珠にとって願ってもない提案だ。真珠にも心細さがなかったと言えば嘘になる。
気がつくと、無言で篤宏に向かって首を縦に振っていた。
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