【完結】一泊、泊めてください

加藤伊織

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春の章

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 最後の寄り道先であるところの「ミネさんの家」は、村役場や公民館などがある一番栄えている辺りを過ぎて、いくらか山に近くなった場所にあった。
 牛舎を出てから15分は歩いたのだが、その間にすれ違った車はたった2台だ。道沿いの畑で作業している人には何度か篤宏が声を掛けられていて、篤宏がこの村に馴染みきっているのがよくわかった。

「ミネさーん、こんにちはー」

 いきなりがらりと玄関を開けて篤宏が中へ向かって声を掛ける。玄関ベルを押したりしないのも驚いたが、鍵が掛かっていないことにはそれ以上に驚いた。
 すぐに中から声が返り、背中の曲がった老女が姿を現した。白い割烹着を着て、皺に覆われた顔には数え切れないほどのシミがある。
 しかし、昔話の挿絵のように優しげな雰囲気を持った人だ。ミネは、篤宏の姿を見て更に皺を深くした。

「わざわざありがとうな。さ、上がって上がって」
「あ、あの、カメラ入っても平気ですか?」

 真珠に向かっても手招きするミネに、真珠は背後のカメラを示して慌てた声を上げた。何も気にすることはないと、鷹揚にミネは頷いてみせる。

「カヨちゃんから東京のテレビの人が来てるって聞いてるよ。あっちゃんの友達だろ? あんまり綺麗な家じゃないけど気にせんでな。ああ、スリッパがこれじゃ足りんわな。あっちゃん、そこの上の戸棚にスリッパ入ってるから、出してくれんかね」
「友達……ってわけじゃないですが」
「そう? 仲良さそうに見えたから、あっちゃんは東京でテレビに出てた人なのかと思ったわ。まあいいさ、はい、スリッパどうぞ」
「……お邪魔します」

 招き入れられるままに、スタッフも頭を下げて篤宏の並べたスリッパを履いていく。通されたのは六畳間で、厚みのある立派な一枚板の座卓がどんと部屋の真ん中に据えられていた。

「座って座って。お昼まだ食べてないでしょ。今、蕎麦茹でて天ぷら揚げてやるからね。簡単なもんで悪いけど、ばあちゃんのところで食べていきな」

 壁に掛けられた止まった時計に篤宏が手を伸ばした。古いものが多いこの家の中で、それだけが妙に新しい。篤宏が電池を取り替えると、針がぐるぐると回り始めた。
 新しく見えたのも道理で、電波時計だと真珠はそれで気付いた。

「この時計、もしかして篤宏さんが選んだんですか」

 ミネに問いかけると、そうだよという穏やかな声が返ってきた。

「前の時計はよく時間がずれたからねえ。あっちゃんに教えてもらって色々便利になったさ。
 あっちゃんがこの村さ来たのはうちの亭主が死ぬちょっと前だったけども、あっちゃんのおかげで落ち込んだりせんで良かったのよ。なにせ初めましてが葬式の時だもん。身内より頑張って手伝ってくれてなあ。それからずっとあっちゃんには世話になってるのさ。あたしも膝が悪くなったもんで、重たい買い物はいつも行ってもらってて」
「ミネさん、そんなこと気にしなくていいよ」
「だからね、ばあちゃんはばあちゃんにできることをすんのよ。この椎茸も今うまい天ぷらにしてあげるからな。お客さんは座っててな」
「あの、何か手伝えませんか」

 自分でも驚くほど自然に、真珠は立ち上がっていた。そんな真珠に目を細くしながら、ミネは座っていなさいと促す。

「こればっかりはね、自分でも偏屈かと思うんだけど、台所に他の人が立つのが性に合わないんだわ。嫁さんにも台所だけは任せたことはねえんだ」
「ミネさんの料理、凄く美味しいんだよ。僕もこの村に来てから教わったものがいくつもある。お言葉に甘えて、お昼を頂こうよ」

 篤宏から蕗と椎茸を受け取って顔を綻ばせるミネを見ながら、きっとこれは彼女からの「お裾分け」なのだろうと真珠は気付いた。
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