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春の章
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「……俺には、返せるものがない」
ぽつりと呟くと、時計を壁に戻した篤宏が隣に座り、くつろいだ様子で肘をつきながら真珠の顔を覗き込んできた。
「君はお客様だから。お客様はもてなすもので、それに見返りを求めたりしないよ。そうだなあ、敢えて言うなら、この村に来てくれたことが最高のお返しじゃないかな。この村をテレビで取り上げようとプロデューサーさんが企画してくれて、実際に君がこうしてここにいる。多分、この村にとってはそれがとてもありがたいことだから」
「それじゃ順番が逆じゃないか」
「あっちゃんの言う通りだよ。あたしはテレビに出るなんて恥ずかしいと思うけども、自分の村が映ったら照れくさいけど嬉しいなあ」
「そうそう、この村の知名度が少しでも上がったら僕も嬉しい」
納得しきれない部分がひっかかりつつも、真珠はそのモヤモヤとしたものをうまく言葉にすることができず、村人ふたりの言葉に頷くしかなかった。
「いつもは7時過ぎたら寝ちゃうのよ、年寄りだからね。でもテレビやるときは頑張って見るから。楽しみにしてるから頑張ってな」
真珠のことを今まで知らなかったはずの人が、初対面なのにこうして応援してくれている。
それは真珠にとっては初めての経験だった。本来はカメラの向こう側にしかいなかった受け手の人々と交流することは、今まで無かったことだ。
鍋を火に掛けながら声を投げてくるミネの後ろ姿に、真珠は無言で頭を下げた。
大皿にこれでもかと盛られて出された天ぷらに、スタッフが歓声を上げた。篤宏が先導して揃って手を合わせ、皆でいただきますと唱和して箸を手にする。
椎茸は一目でわかるが、他は真珠には名前のわからない山菜ばかりだ。説明を求めた方がいいのだろうかと真珠が悩んでいる間に、篤宏の箸が天ぷらを次々と真珠の丼に入れていった。
「はい、これはうど。これはたらの芽。ふきのとう……は塩の方がいいかな。こっちのお皿に乗せておくよ」
「ちょ、ちょっと待て」
篤宏が息をするレベルで人の世話を焼く性格であることはなんとなくわかってきたが、細々と面倒を見られることに真珠は慣れていない。あっという間に蕎麦が見えないほど乗せられた天ぷらの名前を把握する間もなかった。
「これ食べたことあるかい? こごみって言うんだけど」
「食べたことはない。いや、自分でこれくらい取れるから、あんたにここまで世話を焼いてもらわなくていい」
「あっ、ごめんごめん。君がちょっと困った顔をしてたから」
篤宏が当然のように言った言葉に真珠は思わず眉を寄せた。自分はそんなに思っていることが顔に出やすい質なのかとわずかに驚いていると、スタッフのひとりが「よくわかりましたね」などと篤宏に向かって感心していた。そこから察するに、真珠の考えていることはわかりにくいというのが普通の反応らしい。
「あれっ、わからないものなのかな? 真珠くん、困ってたよね?」
「……天ぷらの中身の名前がわからなくて、聞くべきか少し悩んでた」
しぶしぶ真珠が肯定すると、得意げな顔をした篤宏がたまねぎとにんじんのかき揚げを更に乗せてくる。とうとう真珠は手で丼を覆った。
「だから! 自分でできる!」
「あー、ごめん。つい。なんだろう、君って思わず世話を焼きたくなっちゃうところがあるね」
篤宏は悪びれた様子もなく、今度は自分の皿に天ぷらを取り始めた。まるで子供のような扱いをされてしかめっ面になった真珠に、ミネやスタッフが声を抑えてくすくすと笑う。
軽く拗ねたまま、塩を付けたこごみの天ぷらを口に放り込む。衣は薄くさっくりとしていて、中の山菜はほくほくとした食感だった。癖のない味でとても食べやすい。今までに食べた天ぷらの中で、間違いなく最高に美味しかった。
「うまい」
素直に口を突いて出た感想に、ミネだけではなく何故か篤宏も喜んだ。
量が多すぎるのではないかと思った天ぷらは、思ったよりも油っぽさがなく、食感が軽かったこともあってどんどん皆の腹の中へと消えていった。大皿が空になったとき、似通ったタイミングで全員が満足のため息を吐いた。
客は満腹さで、ミネは自分の供したものが喜んで食べられたことに心から満足している様子だ。
せめて洗い物は、と真珠は片付けを手伝い、ミネの家を出る頃には大分表情もほぐれていた。人間は満腹になると気持ちも緩むらしい。
玄関まで見送ってくれたミネに深く頭を下げて、今度こそ篤宏の家に向かうことになった。
ぽつりと呟くと、時計を壁に戻した篤宏が隣に座り、くつろいだ様子で肘をつきながら真珠の顔を覗き込んできた。
「君はお客様だから。お客様はもてなすもので、それに見返りを求めたりしないよ。そうだなあ、敢えて言うなら、この村に来てくれたことが最高のお返しじゃないかな。この村をテレビで取り上げようとプロデューサーさんが企画してくれて、実際に君がこうしてここにいる。多分、この村にとってはそれがとてもありがたいことだから」
「それじゃ順番が逆じゃないか」
「あっちゃんの言う通りだよ。あたしはテレビに出るなんて恥ずかしいと思うけども、自分の村が映ったら照れくさいけど嬉しいなあ」
「そうそう、この村の知名度が少しでも上がったら僕も嬉しい」
納得しきれない部分がひっかかりつつも、真珠はそのモヤモヤとしたものをうまく言葉にすることができず、村人ふたりの言葉に頷くしかなかった。
「いつもは7時過ぎたら寝ちゃうのよ、年寄りだからね。でもテレビやるときは頑張って見るから。楽しみにしてるから頑張ってな」
真珠のことを今まで知らなかったはずの人が、初対面なのにこうして応援してくれている。
それは真珠にとっては初めての経験だった。本来はカメラの向こう側にしかいなかった受け手の人々と交流することは、今まで無かったことだ。
鍋を火に掛けながら声を投げてくるミネの後ろ姿に、真珠は無言で頭を下げた。
大皿にこれでもかと盛られて出された天ぷらに、スタッフが歓声を上げた。篤宏が先導して揃って手を合わせ、皆でいただきますと唱和して箸を手にする。
椎茸は一目でわかるが、他は真珠には名前のわからない山菜ばかりだ。説明を求めた方がいいのだろうかと真珠が悩んでいる間に、篤宏の箸が天ぷらを次々と真珠の丼に入れていった。
「はい、これはうど。これはたらの芽。ふきのとう……は塩の方がいいかな。こっちのお皿に乗せておくよ」
「ちょ、ちょっと待て」
篤宏が息をするレベルで人の世話を焼く性格であることはなんとなくわかってきたが、細々と面倒を見られることに真珠は慣れていない。あっという間に蕎麦が見えないほど乗せられた天ぷらの名前を把握する間もなかった。
「これ食べたことあるかい? こごみって言うんだけど」
「食べたことはない。いや、自分でこれくらい取れるから、あんたにここまで世話を焼いてもらわなくていい」
「あっ、ごめんごめん。君がちょっと困った顔をしてたから」
篤宏が当然のように言った言葉に真珠は思わず眉を寄せた。自分はそんなに思っていることが顔に出やすい質なのかとわずかに驚いていると、スタッフのひとりが「よくわかりましたね」などと篤宏に向かって感心していた。そこから察するに、真珠の考えていることはわかりにくいというのが普通の反応らしい。
「あれっ、わからないものなのかな? 真珠くん、困ってたよね?」
「……天ぷらの中身の名前がわからなくて、聞くべきか少し悩んでた」
しぶしぶ真珠が肯定すると、得意げな顔をした篤宏がたまねぎとにんじんのかき揚げを更に乗せてくる。とうとう真珠は手で丼を覆った。
「だから! 自分でできる!」
「あー、ごめん。つい。なんだろう、君って思わず世話を焼きたくなっちゃうところがあるね」
篤宏は悪びれた様子もなく、今度は自分の皿に天ぷらを取り始めた。まるで子供のような扱いをされてしかめっ面になった真珠に、ミネやスタッフが声を抑えてくすくすと笑う。
軽く拗ねたまま、塩を付けたこごみの天ぷらを口に放り込む。衣は薄くさっくりとしていて、中の山菜はほくほくとした食感だった。癖のない味でとても食べやすい。今までに食べた天ぷらの中で、間違いなく最高に美味しかった。
「うまい」
素直に口を突いて出た感想に、ミネだけではなく何故か篤宏も喜んだ。
量が多すぎるのではないかと思った天ぷらは、思ったよりも油っぽさがなく、食感が軽かったこともあってどんどん皆の腹の中へと消えていった。大皿が空になったとき、似通ったタイミングで全員が満足のため息を吐いた。
客は満腹さで、ミネは自分の供したものが喜んで食べられたことに心から満足している様子だ。
せめて洗い物は、と真珠は片付けを手伝い、ミネの家を出る頃には大分表情もほぐれていた。人間は満腹になると気持ちも緩むらしい。
玄関まで見送ってくれたミネに深く頭を下げて、今度こそ篤宏の家に向かうことになった。
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