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春の章
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赤い屋根の家々はかなり密度が減り、一気に建物の存在すらまばらになってきている。
しばらく歩くと川が近くにあるらしく、さらさらとせせらぎの音が聞こえ始めた。
歩いてきた道を振り返りながら、真珠はふと気になったことを篤宏に尋ねてみた。
「そういえば、ここら辺の家は赤い屋根ばかりなんだが、どうしてなんだ?」
「へえ、面白いことに気付いたね。ミネさんの家とカヨさんの家の間取りが凄く似てたことは気付いた?」
「ああ、そういえば」
質問に質問が返ってきて、真珠はこの村で訪問した2軒の家のことを思い出していた。確かに階段の位置は同じだった気がするし、居間と台所の配置は逆だったが、外壁の色や玄関の戸も同じだったように思える。
「もしかして、同じような家が多いのか?」
「僕の推測だけど、建った時期がだいたい同じなんだと思う。他にも結構似た家が多いんだ。
請け負う工務店もそんなにあるわけじゃないし、建売住宅ほどじゃないけど似た感じになったんだろうね。屋根の色が一緒なのは、その時期の流行なんだよ。この辺りでは雪も積もるし、雪で割れやすい瓦よりも、雪を落としやすいトタン屋根が多いんだ。確実に言えるのは、最近建てられた家では赤くない屋根も多いよ」
するすると答えを提示してくれる篤宏に、真珠は感心してため息を吐いた。
「あんたは何でも知ってるんだな」
「まさか! 屋根の話は僕も越してきた頃に気になって、建築関係の仕事をしてる友人に聞いてみたんだよ。だから、たまたまさ。仕事柄、興味を持ったことは納得いくまで調べるようにはしてるけどね」
うなじがちりちりとするような感覚が真珠を襲った。どうしても篤宏の仕事に話が及ぶのは避けようがないし、真珠自身も篤宏の話をもっと聞いてみたいと思うようになっている。
少し迷って、真珠は口を開いた。
「小説家だっていうことについて、もっと話を聞いていいか?」
真珠の躊躇いは声に出たのだろう。篤宏は軽く笑みを浮かべると、道路より一段高いところに建てられた一軒の家を指さした。
「あれが僕の家さ。5年以上住み続けることを条件に、家賃無料で光熱費も村の補助が出ている築100年近い古民家。
この村のIターン支援制度を知ったとき、僕は天啓だと思ったんだ。東京でこのまま暮らしていくのには僕の作家としての収入は少なすぎる。本が2冊しか出ていない、ほとんど肩書きだけのような貧乏小説家、それが僕だよ」
篤宏が浮かべたのは、傷を綺麗に隠した、仮面のような笑顔だった。
「本来の村の意図としては、豊かな自然を売りにしていたし、小さい子供がいる世帯とかに来てもらいたかったんだと思うんだよね。僕みたいな単身世帯が来ても、この村に及ぼす影響は薄いから。ただ、書類選考の段階で僕が書いた作家という職業と受賞歴なんかは、村にとっては魅力だったんだと思う。申し訳ないことに、多分期待されてた村の広告塔としての役割は全く担えてないけども」
自嘲的な響きがわずかに滲んだ篤宏の声に、真珠は言葉もなく彼の横顔を見つめていた。彼が今まで真珠に見せていた明朗な表情は消えて、口元だけが笑っているように見えるのが痛々しい。
真珠が言葉を返せないでいることにはっとしたのか、篤宏は場を盛り上げるように声のトーンを上げるとおどけたように家を示して見せる。
「だけど、この仕事を望んでいる限りは、僕が経験する全ては無駄にならないと思ってるよ。
だから僕自身はここの暮らしを楽しんでる。今日はそれが君に伝わったらいいと思う。
さあ、ようこそ、僕の城に」
傾斜のきつい屋根を持った平屋建ての木造住宅は、まさに古民家という呼び方がふさわしかった。しかし、家賃無料という言葉から真珠が想像していたものと、篤宏の家はかなり食い違っていた。
しばらく歩くと川が近くにあるらしく、さらさらとせせらぎの音が聞こえ始めた。
歩いてきた道を振り返りながら、真珠はふと気になったことを篤宏に尋ねてみた。
「そういえば、ここら辺の家は赤い屋根ばかりなんだが、どうしてなんだ?」
「へえ、面白いことに気付いたね。ミネさんの家とカヨさんの家の間取りが凄く似てたことは気付いた?」
「ああ、そういえば」
質問に質問が返ってきて、真珠はこの村で訪問した2軒の家のことを思い出していた。確かに階段の位置は同じだった気がするし、居間と台所の配置は逆だったが、外壁の色や玄関の戸も同じだったように思える。
「もしかして、同じような家が多いのか?」
「僕の推測だけど、建った時期がだいたい同じなんだと思う。他にも結構似た家が多いんだ。
請け負う工務店もそんなにあるわけじゃないし、建売住宅ほどじゃないけど似た感じになったんだろうね。屋根の色が一緒なのは、その時期の流行なんだよ。この辺りでは雪も積もるし、雪で割れやすい瓦よりも、雪を落としやすいトタン屋根が多いんだ。確実に言えるのは、最近建てられた家では赤くない屋根も多いよ」
するすると答えを提示してくれる篤宏に、真珠は感心してため息を吐いた。
「あんたは何でも知ってるんだな」
「まさか! 屋根の話は僕も越してきた頃に気になって、建築関係の仕事をしてる友人に聞いてみたんだよ。だから、たまたまさ。仕事柄、興味を持ったことは納得いくまで調べるようにはしてるけどね」
うなじがちりちりとするような感覚が真珠を襲った。どうしても篤宏の仕事に話が及ぶのは避けようがないし、真珠自身も篤宏の話をもっと聞いてみたいと思うようになっている。
少し迷って、真珠は口を開いた。
「小説家だっていうことについて、もっと話を聞いていいか?」
真珠の躊躇いは声に出たのだろう。篤宏は軽く笑みを浮かべると、道路より一段高いところに建てられた一軒の家を指さした。
「あれが僕の家さ。5年以上住み続けることを条件に、家賃無料で光熱費も村の補助が出ている築100年近い古民家。
この村のIターン支援制度を知ったとき、僕は天啓だと思ったんだ。東京でこのまま暮らしていくのには僕の作家としての収入は少なすぎる。本が2冊しか出ていない、ほとんど肩書きだけのような貧乏小説家、それが僕だよ」
篤宏が浮かべたのは、傷を綺麗に隠した、仮面のような笑顔だった。
「本来の村の意図としては、豊かな自然を売りにしていたし、小さい子供がいる世帯とかに来てもらいたかったんだと思うんだよね。僕みたいな単身世帯が来ても、この村に及ぼす影響は薄いから。ただ、書類選考の段階で僕が書いた作家という職業と受賞歴なんかは、村にとっては魅力だったんだと思う。申し訳ないことに、多分期待されてた村の広告塔としての役割は全く担えてないけども」
自嘲的な響きがわずかに滲んだ篤宏の声に、真珠は言葉もなく彼の横顔を見つめていた。彼が今まで真珠に見せていた明朗な表情は消えて、口元だけが笑っているように見えるのが痛々しい。
真珠が言葉を返せないでいることにはっとしたのか、篤宏は場を盛り上げるように声のトーンを上げるとおどけたように家を示して見せる。
「だけど、この仕事を望んでいる限りは、僕が経験する全ては無駄にならないと思ってるよ。
だから僕自身はここの暮らしを楽しんでる。今日はそれが君に伝わったらいいと思う。
さあ、ようこそ、僕の城に」
傾斜のきつい屋根を持った平屋建ての木造住宅は、まさに古民家という呼び方がふさわしかった。しかし、家賃無料という言葉から真珠が想像していたものと、篤宏の家はかなり食い違っていた。
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