【完結】一泊、泊めてください

加藤伊織

文字の大きさ
15 / 51
春の章

15

しおりを挟む
 それから夕方までの時間の大半は、篤宏の丁寧な台所仕事に消えた。
 カヨからもらった新ごぼうは簡単なあく抜きをされて、油抜きをして短冊に切られた油揚げと一緒に炊き込みご飯になった。道端で採ってきた蕗は、鶏肉と一緒に煮物になったし、葉は佃煮にされてタッパーに入れられた。買ってきた蕪の茎も浅漬けにされたり、とにかく無駄がほとんど無い。

 篤宏の手際を真珠は興味深く眺めた。鰹節でだしをとるのを目の前で見るのも初めてだ。
 顆粒の和風だしくらいなら真珠の母も使っていたような気もするが、同じくモデルをしていた母は管理されたメニューをケータリングすることが多かったし、彼女の手料理は残念ながらそれほど美味しくはなかった。

 温かい料理の数々が、バラバラの器に丁寧に盛り付けられてテーブルの上に並べられる。
 見る限りではバランスも取れているし、食欲をそそるいい香りが漂っていた。
 いただきますと手を合わせて、ふたり揃って料理に箸を付ける。味付けの濃い地方だとマネージャーの久米が事前に心配していたのを思い出したが、篤宏の料理はだしでの味付けが中心で、ほどよい薄味だ。

 今までは、人の家に招かれて食事をするのはなんとなく苦手だった。けれど、篤宏の料理はどれもがほっとする味で、自然と箸が進む。

「シロくんの口に合うかな」
「ああ、凄くうまい」
「高級なものを使えば、そりゃ美味しいものができると思うけどね。ある物で最大限美味しく作れるように色々勉強したし、努力はしてるんだよ。温かくて美味しい食事は人の心をほっとさせる。貧しい食事ばかり取り続けていると、心の栄養も失われていくと僕は思う」
「そうだな。ミネさんの天ぷらもうまかったし、今日はそれがよくわかった。道で採った蕗を食べるのも初めてだけど、思っていたよりずっとうまいし、東京じゃ食べられないと思ったら、少しもったいなくなる」

 勢いよく食べ進める真珠を見て、それがお世辞ではないと伝わったのだろう。篤宏はパッと笑みを浮かべた。

「良かった。君はモデルだから、適当な物は食べさせられないなあと思って頑張ったんだ。美味しそうに食べてもらえて、作った甲斐があるよ」
「篤宏は凄いな。そんなことまで考えられるのか」
「栄養バランスは一週間のトータルで考えればいいっていう話もあるけど、僕も自分の管理は気をつけてる方でね。欲望のままに唐揚げ食べて、次の日吹き出物ができたとか格好悪すぎるし」

 味噌汁の椀を持ったままで、真珠は思わず目の前の男の陶器の様な肌を観察してしまった。
 改めて見ても、画面越しならCGと言われても信じられそうな作り物めいた美貌とも言える。
 吹き出物ができることが想像できないほどだ。
 初めて篤宏を見たときに、同業者ではないかと思ったことを真珠は思い出した。完成されたバランスを持つ体格と、繊細ながらも女性的ではないマスクは、外見だけならモデルとしても十分通用するだろう。

 しかし彼は自らを貧乏小説家と揶揄しているが、受賞歴のある作家だ。彼を知れば知るほど、彼が複雑な人間であることに驚かざるを得なかった。

「……どうして、俺をいきなり泊めてやろうなんて思ったんだ?」

 きっと篤宏は困っていそうな相手なら見捨てられないのだろう。そのせいだと思いつつも、真珠はどうしてもその理由を尋ねてみたかった。

「うーん、ちょっと恥ずかしいな」

 返ってきた言葉は予想外すぎた。箸を持ったまま悩む篤宏は明らかに照れていて、咄嗟に真珠は少し下がってしまう。

「恥ずかしいような理由なのか」
「あ、ごめん、いきなり引かないで欲しい。村の駅で君を初めて見たとき、一瞬思わず見とれちゃったんだよね。ただ歩いているだけなのに君は何もかもが真っ直ぐで、それがあまりにも綺麗だった。なのに、僕に声を掛けてきたときには迷子の犬みたいにすがる顔をしてて。
 そんなこと思ったら、断れるわけないだろう? 気がついたらふたつ返事でオッケーって言ってた」

 外見で多くの賞賛を浴びてきたであろう篤宏に綺麗と言われたことが妙に気恥ずかしく、真珠は俯いた。

「あんた……よく男に向かって綺麗とか平気で言えるな」
「そうかな? シロくんはモデルなんだし言われ慣れてないのかい? 実際僕は綺麗だと思ったんだし」
「女性なら言われるかもしれないが……俺は言われた記憶はないし、可愛いとかもってのほかだな」

ふうんと相槌を打った篤宏は、ふと真顔になった。色の薄い目を真珠に真っ直ぐ向けてくる。

「シロくんは、プロってどういうことだと思う?」

 篤宏の問いかけに、真珠は箸を置いて考え込んだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

幼き改革者、皇孫降臨 〜三歳にして朝廷を震わせる〜

由香
キャラ文芸
瑞栄王朝の皇孫・凌曜は、わずか三歳。 泣かず、騒がず、ただ静かに周囲を見つめる幼子だった。 しかしその「無邪気な疑問」は、後宮の不正を暴き、腐敗した朝廷を揺るがしていく。 皇帝である祖父の絶対的な溺愛と後ろ盾のもと、血を流すことなく失脚者を生み、国の歪みを正していく凌曜。 やがて反改革派の最後の抵抗を越え、彼は“決める者”ではなく、“問い続ける存在”として朝廷に立つ。 これは、剣も権謀も持たぬ幼き改革者が、「なぜ?」という一言で国を変えていく物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...