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春の章
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それから夕方までの時間の大半は、篤宏の丁寧な台所仕事に消えた。
カヨからもらった新ごぼうは簡単なあく抜きをされて、油抜きをして短冊に切られた油揚げと一緒に炊き込みご飯になった。道端で採ってきた蕗は、鶏肉と一緒に煮物になったし、葉は佃煮にされてタッパーに入れられた。買ってきた蕪の茎も浅漬けにされたり、とにかく無駄がほとんど無い。
篤宏の手際を真珠は興味深く眺めた。鰹節でだしをとるのを目の前で見るのも初めてだ。
顆粒の和風だしくらいなら真珠の母も使っていたような気もするが、同じくモデルをしていた母は管理されたメニューをケータリングすることが多かったし、彼女の手料理は残念ながらそれほど美味しくはなかった。
温かい料理の数々が、バラバラの器に丁寧に盛り付けられてテーブルの上に並べられる。
見る限りではバランスも取れているし、食欲をそそるいい香りが漂っていた。
いただきますと手を合わせて、ふたり揃って料理に箸を付ける。味付けの濃い地方だとマネージャーの久米が事前に心配していたのを思い出したが、篤宏の料理はだしでの味付けが中心で、ほどよい薄味だ。
今までは、人の家に招かれて食事をするのはなんとなく苦手だった。けれど、篤宏の料理はどれもがほっとする味で、自然と箸が進む。
「シロくんの口に合うかな」
「ああ、凄くうまい」
「高級なものを使えば、そりゃ美味しいものができると思うけどね。ある物で最大限美味しく作れるように色々勉強したし、努力はしてるんだよ。温かくて美味しい食事は人の心をほっとさせる。貧しい食事ばかり取り続けていると、心の栄養も失われていくと僕は思う」
「そうだな。ミネさんの天ぷらもうまかったし、今日はそれがよくわかった。道で採った蕗を食べるのも初めてだけど、思っていたよりずっとうまいし、東京じゃ食べられないと思ったら、少しもったいなくなる」
勢いよく食べ進める真珠を見て、それがお世辞ではないと伝わったのだろう。篤宏はパッと笑みを浮かべた。
「良かった。君はモデルだから、適当な物は食べさせられないなあと思って頑張ったんだ。美味しそうに食べてもらえて、作った甲斐があるよ」
「篤宏は凄いな。そんなことまで考えられるのか」
「栄養バランスは一週間のトータルで考えればいいっていう話もあるけど、僕も自分の管理は気をつけてる方でね。欲望のままに唐揚げ食べて、次の日吹き出物ができたとか格好悪すぎるし」
味噌汁の椀を持ったままで、真珠は思わず目の前の男の陶器の様な肌を観察してしまった。
改めて見ても、画面越しならCGと言われても信じられそうな作り物めいた美貌とも言える。
吹き出物ができることが想像できないほどだ。
初めて篤宏を見たときに、同業者ではないかと思ったことを真珠は思い出した。完成されたバランスを持つ体格と、繊細ながらも女性的ではないマスクは、外見だけならモデルとしても十分通用するだろう。
しかし彼は自らを貧乏小説家と揶揄しているが、受賞歴のある作家だ。彼を知れば知るほど、彼が複雑な人間であることに驚かざるを得なかった。
「……どうして、俺をいきなり泊めてやろうなんて思ったんだ?」
きっと篤宏は困っていそうな相手なら見捨てられないのだろう。そのせいだと思いつつも、真珠はどうしてもその理由を尋ねてみたかった。
「うーん、ちょっと恥ずかしいな」
返ってきた言葉は予想外すぎた。箸を持ったまま悩む篤宏は明らかに照れていて、咄嗟に真珠は少し下がってしまう。
「恥ずかしいような理由なのか」
「あ、ごめん、いきなり引かないで欲しい。村の駅で君を初めて見たとき、一瞬思わず見とれちゃったんだよね。ただ歩いているだけなのに君は何もかもが真っ直ぐで、それがあまりにも綺麗だった。なのに、僕に声を掛けてきたときには迷子の犬みたいにすがる顔をしてて。
そんなこと思ったら、断れるわけないだろう? 気がついたらふたつ返事でオッケーって言ってた」
外見で多くの賞賛を浴びてきたであろう篤宏に綺麗と言われたことが妙に気恥ずかしく、真珠は俯いた。
「あんた……よく男に向かって綺麗とか平気で言えるな」
「そうかな? シロくんはモデルなんだし言われ慣れてないのかい? 実際僕は綺麗だと思ったんだし」
「女性なら言われるかもしれないが……俺は言われた記憶はないし、可愛いとかもってのほかだな」
ふうんと相槌を打った篤宏は、ふと真顔になった。色の薄い目を真珠に真っ直ぐ向けてくる。
「シロくんは、プロってどういうことだと思う?」
篤宏の問いかけに、真珠は箸を置いて考え込んだ。
カヨからもらった新ごぼうは簡単なあく抜きをされて、油抜きをして短冊に切られた油揚げと一緒に炊き込みご飯になった。道端で採ってきた蕗は、鶏肉と一緒に煮物になったし、葉は佃煮にされてタッパーに入れられた。買ってきた蕪の茎も浅漬けにされたり、とにかく無駄がほとんど無い。
篤宏の手際を真珠は興味深く眺めた。鰹節でだしをとるのを目の前で見るのも初めてだ。
顆粒の和風だしくらいなら真珠の母も使っていたような気もするが、同じくモデルをしていた母は管理されたメニューをケータリングすることが多かったし、彼女の手料理は残念ながらそれほど美味しくはなかった。
温かい料理の数々が、バラバラの器に丁寧に盛り付けられてテーブルの上に並べられる。
見る限りではバランスも取れているし、食欲をそそるいい香りが漂っていた。
いただきますと手を合わせて、ふたり揃って料理に箸を付ける。味付けの濃い地方だとマネージャーの久米が事前に心配していたのを思い出したが、篤宏の料理はだしでの味付けが中心で、ほどよい薄味だ。
今までは、人の家に招かれて食事をするのはなんとなく苦手だった。けれど、篤宏の料理はどれもがほっとする味で、自然と箸が進む。
「シロくんの口に合うかな」
「ああ、凄くうまい」
「高級なものを使えば、そりゃ美味しいものができると思うけどね。ある物で最大限美味しく作れるように色々勉強したし、努力はしてるんだよ。温かくて美味しい食事は人の心をほっとさせる。貧しい食事ばかり取り続けていると、心の栄養も失われていくと僕は思う」
「そうだな。ミネさんの天ぷらもうまかったし、今日はそれがよくわかった。道で採った蕗を食べるのも初めてだけど、思っていたよりずっとうまいし、東京じゃ食べられないと思ったら、少しもったいなくなる」
勢いよく食べ進める真珠を見て、それがお世辞ではないと伝わったのだろう。篤宏はパッと笑みを浮かべた。
「良かった。君はモデルだから、適当な物は食べさせられないなあと思って頑張ったんだ。美味しそうに食べてもらえて、作った甲斐があるよ」
「篤宏は凄いな。そんなことまで考えられるのか」
「栄養バランスは一週間のトータルで考えればいいっていう話もあるけど、僕も自分の管理は気をつけてる方でね。欲望のままに唐揚げ食べて、次の日吹き出物ができたとか格好悪すぎるし」
味噌汁の椀を持ったままで、真珠は思わず目の前の男の陶器の様な肌を観察してしまった。
改めて見ても、画面越しならCGと言われても信じられそうな作り物めいた美貌とも言える。
吹き出物ができることが想像できないほどだ。
初めて篤宏を見たときに、同業者ではないかと思ったことを真珠は思い出した。完成されたバランスを持つ体格と、繊細ながらも女性的ではないマスクは、外見だけならモデルとしても十分通用するだろう。
しかし彼は自らを貧乏小説家と揶揄しているが、受賞歴のある作家だ。彼を知れば知るほど、彼が複雑な人間であることに驚かざるを得なかった。
「……どうして、俺をいきなり泊めてやろうなんて思ったんだ?」
きっと篤宏は困っていそうな相手なら見捨てられないのだろう。そのせいだと思いつつも、真珠はどうしてもその理由を尋ねてみたかった。
「うーん、ちょっと恥ずかしいな」
返ってきた言葉は予想外すぎた。箸を持ったまま悩む篤宏は明らかに照れていて、咄嗟に真珠は少し下がってしまう。
「恥ずかしいような理由なのか」
「あ、ごめん、いきなり引かないで欲しい。村の駅で君を初めて見たとき、一瞬思わず見とれちゃったんだよね。ただ歩いているだけなのに君は何もかもが真っ直ぐで、それがあまりにも綺麗だった。なのに、僕に声を掛けてきたときには迷子の犬みたいにすがる顔をしてて。
そんなこと思ったら、断れるわけないだろう? 気がついたらふたつ返事でオッケーって言ってた」
外見で多くの賞賛を浴びてきたであろう篤宏に綺麗と言われたことが妙に気恥ずかしく、真珠は俯いた。
「あんた……よく男に向かって綺麗とか平気で言えるな」
「そうかな? シロくんはモデルなんだし言われ慣れてないのかい? 実際僕は綺麗だと思ったんだし」
「女性なら言われるかもしれないが……俺は言われた記憶はないし、可愛いとかもってのほかだな」
ふうんと相槌を打った篤宏は、ふと真顔になった。色の薄い目を真珠に真っ直ぐ向けてくる。
「シロくんは、プロってどういうことだと思う?」
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