一泊、泊めてください

加藤伊織

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春の章

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 外見にばかり注目される――それは真珠も良く知っている感覚だ。むしろ、最近の言動に注目される状況の方が、プロのモデルだという自負をもっている真珠にとっては慣れない居心地の悪さを感じている。
 どちらにしろ、ふたりとも自分がプロとして見て欲しいところと別の部分を注目され、そこに不本意さを感じていたのだ。

「俺にも、そういう気持ちはわかる。あんたが感じたほどじゃないかもしれないが」

 真珠は喘ぐような苦しげな声でつぶやいた。痛みを堪えているような表情をした真珠を見つめて、篤宏はふっと息を吐くと表情を緩める。

「うん、僕にもなんとなくそんな感じはしたよ。君にこんな話をしてしまったのはそのせいだと思う。
 ――ただね、僕が後悔してるのは、僕がつまらないプライドをその時捨てられなかったことだよ。今になって思うのは、イケメン作家と言われて僕の外見ばかり取り上げられようと、榊原篤宏という作家をアピールする機会を逃すべきじゃなかったんだ。僕の本を手に取ってくれるなら、きっかけが僕の外見であってもそれを否定するべきじゃなかった。間口はいくら広げても良かった。何を利用してでも。
 そうして僕の本を読んでくれた人の中に、次の本を読みたいと思ってくれる人がいたかもしれないんだ。僕は自分の可能性を、自分で否定してしまった」

 重苦しい空気が食卓を囲んでいた。それを振り切るように、篤宏はにこりと笑ってみせる。

「僕はこの番組を知っていたからね、君がそれに出演するっていうことにびっくりしたよ。
 ショックを受けたって言った方が正しいかな。
 僕ができなかったことを、君はちゃんと受け止めて『任された仕事を全うしよう』としている。僕はそういう君を尊敬するし、僕と同じ失敗をして欲しくないから、お節介にもこんな話をしたんだけど。うん、まあ、しくじり先生の言葉だと思って、心の片隅にでも置いておいてくれると嬉しいな。君は凄く格好いいし、その生き方を含めて綺麗だと僕は何度でも言うよ」

 篤宏の言葉は真珠の心に波紋を広げ続ける。今日初めて出会った相手が、偶然にも真珠と同じ苦しみを感じていた。そして、苦しみながらも真珠がそれを受け入れていることをわかってくれていたのだ。

 運命というものを信じてはいなかったが、偶然この村に来ることになったこと、そして、篤宏と出会ったこと、彼に理解を示してもらえたことに真珠は震えた。

「本当に、いきなり知らないところに放り込まれるんだね、この番組。今日は大変だっただろう?」

 真珠を労う篤宏の声はどこまでも優しい。鼻の奥がつんとするのを感じながら、真珠はなんとか声を絞り出す。

「そうでもない。ほとんどずっと篤宏と一緒にいたし、色々案内してもらえて面白かった」
「面白かった、か。そう思えるのはいいね。僕も自分の村を楽しんでもらえて嬉しいよ」

 この話は終わりというように、篤宏は再び茶碗を手に取った。背筋を真っ直ぐ伸ばして、自分で作った炊き込みご飯を口に運び、満足げに頷く。
 そんな篤宏を綺麗だ、と真珠は思った。
 自分の信念を貫こうとしている彼の姿勢と、その居住まいは、真珠にとってどちらも眩しいほどに真っ直ぐに見えたからだ。
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