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春の章
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就寝前の日課にしているストレッチを入念にしていると、控えめに襖がノックされた。篤宏が抑え気味の声で問いかけてくる。
「まだ起きてる?」
「起きてる。どうしたんだ?」
「開けてもいいかな」
律儀な男だなと思いながら真珠が襖を開けると、風呂上がりらしくパジャマ姿の篤宏が困ったような笑いを浮かべて立っていた。
「一言、君に謝りたいと思って。カメラのないところで」
「謝る? 謝られるようなことは覚えがない」
「君をここに泊めていることは、100パーセントの善意じゃないんだ。――カメラを見たとき、僕はこれはチャンスじゃないのかと思っちゃったんだよ。小説家の五年生存率、みたいな言葉があってね。受賞こそしたけども、この業界だとそれは特別珍しいことでもなんでもないし、さっき言ったみたいに僕は自分で自分の扉を閉ざしてしまったことを後悔してた。
だけど、『小説家をしている榊原篤宏』という存在がテレビに映ったら、砂に埋もれていくように忘れ去られていく運命の僕に、ほんの少しでも興味を持ってもらえるんじゃないかって。格好悪い下心だろう?」
唇の端を上げる篤宏は今日何度目かの自嘲的な表情をしていた。
「今日一日付き合って、君が思ってたよりずっといい子だったから、自分のそういうところが醜く思えた」
「……なんだ、そんなことか」
ぼそりと真珠が呟くと、篤宏が目を見開く。真珠の向かいに座った篤宏は、真珠に向かって身を乗り出してきた。
「そんなこと、って……だいぶ僕としては思い切った告白だったんだけど」
それは確かに篤宏の本心であるだろう。けれども、下心があろうとなかろうと、真珠にとってはそこは重要ではない。篤宏がもたらしてくれたものは、真珠にとってとてつもなく大きいのだから。
「人当たりがいいとは言えない俺を初対面で一泊させてくれる家なんか、じいさんばあさんばかりの田舎では無いんじゃないかって絶望しかけたんだ。あんたに声を掛けるまでは」
「えっ、いや、そんなこと無いと思うけど? テレビにも出てるし君の知名度はそれなりにあるんだから」
「若者にはそうかもしれないが、それ以外の層には必ずしも知られているとは限らない。だいたい、俺がある程度苦労するような展開こそ、プロデューサーが望んだものだったろうし」
「ああ……確かに、金髪はそうだよねえ。見た目だけでNGを出されるケースの方がこの辺では多いのかもしれないな」
「だから、あんたが気にすることじゃない。あんたは俺を助けてくれた。その分利用する権利もある」
なんでもないことだとすっぱりと言い切った真珠に、篤宏は一瞬呆然として、それから今日一番の笑顔を向けた。胸にわだかまっていた物は流れたのだろう。
「うん、やっぱり君って格好いい」
「村中が認める男前のあんたに褒められるのはこそばゆいな」
「……もうひとつ、ごめん。うっかりいつも通りに布団を敷いちゃって……毛布、一枚もらっていいかな。実は寝具が一組しかなくてね」
「はっ!?」
「人が泊まりに来る予定なんかなかったものだから、余分な布団がなくてさ。普段気にしないからすっかり忘れてた」
篤宏は少し言い訳がましく、肩をすくめてみせた。馬鹿、と言いかけて真珠は慌てて言葉を飲み込む。星を見たときよりも冷え込んできたのが肌で感じられるほどだ。毛布一枚で寝るというのは少し無茶に聞こえる。
「布団はあんたが使え。俺は泊めてもらうだけで十分だ。最悪今夜は寝袋で野宿かもしれないと覚悟してた」
「そうはいかないよ、君はお客様だよ。まして仕事中だろう、こんなところで風邪をひいたりしちゃいけない」
篤宏の言うことはもっともだと思えた。けれど、今日一日どれだけ篤宏に助けられたことか。それを思うと、図々しく一組しかないという布団を拝借するのは良心が咎めた。
「……じゃあ」
必死に考えた挙げ句に、お互いの妥協点はきっとこれしかないと真珠は結論を出した。
「あんたも一緒にこの布団で寝ろ」
「えっ!?」
「まだ起きてる?」
「起きてる。どうしたんだ?」
「開けてもいいかな」
律儀な男だなと思いながら真珠が襖を開けると、風呂上がりらしくパジャマ姿の篤宏が困ったような笑いを浮かべて立っていた。
「一言、君に謝りたいと思って。カメラのないところで」
「謝る? 謝られるようなことは覚えがない」
「君をここに泊めていることは、100パーセントの善意じゃないんだ。――カメラを見たとき、僕はこれはチャンスじゃないのかと思っちゃったんだよ。小説家の五年生存率、みたいな言葉があってね。受賞こそしたけども、この業界だとそれは特別珍しいことでもなんでもないし、さっき言ったみたいに僕は自分で自分の扉を閉ざしてしまったことを後悔してた。
だけど、『小説家をしている榊原篤宏』という存在がテレビに映ったら、砂に埋もれていくように忘れ去られていく運命の僕に、ほんの少しでも興味を持ってもらえるんじゃないかって。格好悪い下心だろう?」
唇の端を上げる篤宏は今日何度目かの自嘲的な表情をしていた。
「今日一日付き合って、君が思ってたよりずっといい子だったから、自分のそういうところが醜く思えた」
「……なんだ、そんなことか」
ぼそりと真珠が呟くと、篤宏が目を見開く。真珠の向かいに座った篤宏は、真珠に向かって身を乗り出してきた。
「そんなこと、って……だいぶ僕としては思い切った告白だったんだけど」
それは確かに篤宏の本心であるだろう。けれども、下心があろうとなかろうと、真珠にとってはそこは重要ではない。篤宏がもたらしてくれたものは、真珠にとってとてつもなく大きいのだから。
「人当たりがいいとは言えない俺を初対面で一泊させてくれる家なんか、じいさんばあさんばかりの田舎では無いんじゃないかって絶望しかけたんだ。あんたに声を掛けるまでは」
「えっ、いや、そんなこと無いと思うけど? テレビにも出てるし君の知名度はそれなりにあるんだから」
「若者にはそうかもしれないが、それ以外の層には必ずしも知られているとは限らない。だいたい、俺がある程度苦労するような展開こそ、プロデューサーが望んだものだったろうし」
「ああ……確かに、金髪はそうだよねえ。見た目だけでNGを出されるケースの方がこの辺では多いのかもしれないな」
「だから、あんたが気にすることじゃない。あんたは俺を助けてくれた。その分利用する権利もある」
なんでもないことだとすっぱりと言い切った真珠に、篤宏は一瞬呆然として、それから今日一番の笑顔を向けた。胸にわだかまっていた物は流れたのだろう。
「うん、やっぱり君って格好いい」
「村中が認める男前のあんたに褒められるのはこそばゆいな」
「……もうひとつ、ごめん。うっかりいつも通りに布団を敷いちゃって……毛布、一枚もらっていいかな。実は寝具が一組しかなくてね」
「はっ!?」
「人が泊まりに来る予定なんかなかったものだから、余分な布団がなくてさ。普段気にしないからすっかり忘れてた」
篤宏は少し言い訳がましく、肩をすくめてみせた。馬鹿、と言いかけて真珠は慌てて言葉を飲み込む。星を見たときよりも冷え込んできたのが肌で感じられるほどだ。毛布一枚で寝るというのは少し無茶に聞こえる。
「布団はあんたが使え。俺は泊めてもらうだけで十分だ。最悪今夜は寝袋で野宿かもしれないと覚悟してた」
「そうはいかないよ、君はお客様だよ。まして仕事中だろう、こんなところで風邪をひいたりしちゃいけない」
篤宏の言うことはもっともだと思えた。けれど、今日一日どれだけ篤宏に助けられたことか。それを思うと、図々しく一組しかないという布団を拝借するのは良心が咎めた。
「……じゃあ」
必死に考えた挙げ句に、お互いの妥協点はきっとこれしかないと真珠は結論を出した。
「あんたも一緒にこの布団で寝ろ」
「えっ!?」
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