【完結】一泊、泊めてください

加藤伊織

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夏の章

12

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 真珠が来ても、篤宏は普段通りの生活を送っている。手を掛けて食事を作るのは、食材の大事さを知っていて、同じ材料で作るなら美味しい方がいいと彼が思っているからで、客がいるから張り切っているというのではない。

 書斎にふらりと行って資料と思しき本を持ってきたりもするし、並んでテレビを見たりもする。真珠がいるから特別に何かをしないとか、逆に何かをするというところは見られなかった。

 その篤宏が、おそらく真珠がいるときだけするのだろうという行動がひとつある。

 普段襟足のところで束ねているらしい髪を下ろすのだ。
 篤宏の髪は伸ばしっぱなしにしているようで、前髪も肩に付くか付かないかくらいの長さがある。

 初対面の時は下ろして右目を隠すようにしていたが、その後何度かこの家を訪れたときにはヘアゴムで束ねていた。
 そして彼は、真珠の顔を見た途端に髪を下ろして右目を隠す。

 それは人に見られたくないという気持ちの表れなのだろうが、それにしては隠し方が中途半端なように思えた。

「右目、隠してるのか?」

 我ながら踏み込みすぎではないかという言葉を発してしまったのは、篤宏が色の違う目を気にしているのなら、もっとうまい隠し方があるだろうと思ったからだ。

「あー……うん、まあね。やっぱり、人から見て気持ち悪かったらどうしようって思うし」

 敷いた布団の上で、篤宏は前髪を引っ張って右目を隠す仕草をした。

「気になるんなら、カラコンとかしたらいいんじゃないのか?」
「それも考えたんだけど、人に会うときだけだし……あと単純に、見えてない目にコンタクト入れるのが怖くて」
「それはまあ、わかる気がする」

 見えている目にならともかく、見えていない目にコンタクトを入れると考えると、確かに怖い。
 篤宏の言うこともっともだと、真珠には思えた。

「……シロくんはさ、気持ち悪いと思わない?」

 篤宏が尋ねてくる声は、珍しく心細げだ。真珠の反応を確かめるように、眉を寄せて顔を覗き込んでくる。

「思わない。むしろ俺だったら売りポイントにする」
「まあ、君はね。でも僕は、外見でこれ以上注目されたくなくて」
「でも、村の人はあまり気にしないんじゃないか」
「人によるだろうね。カヨさんなんかは人の顔を細かく見てないだろうし。……猫みたいにペットだったら、綺麗とかで済んだと思うんだけど。僕は、愛玩動物ではないし」

 タオルケットをもじもじと握りながら、篤宏はしばらく考え込んでいた。そして、意を決したように頷く。

「シロくんになら、見せられる気がする」

 篤宏が悩んでいる全てのことを、真珠が理解できるわけではない。
 けれど、今更彼の外見で態度を悪い方に変えることはないという自信はあった。

 頷いた真珠に、篤宏は自分の前髪をゆっくりとかき上げて、右目を露わにした。
 陽光の下でも金色のように見えた目は、黄色みの強い灯りの下ではちみつのようなとろりとした琥珀色をしていた。
 真珠は息を飲んで、その篤宏の目を見つめていた。

「……綺麗だ」

 篤宏の右目は濁りなどもなく、ひたすら澄んでいて、見えていないというのが不思議なほどだった。まぶたの感覚はあるらしく、瞬きもする。
 頭から爪先まで非の打ち所がない作り物のようだと思っていた篤宏の体の中で、そこは一番作り物めいて美しかった。

 いや、何も見えていない目だからこそ美しいのかもしれない。そう真珠は思う。きっと生まれてこの方、醜いものなど何も映したことのない目だから、こんなにも美しいのだ。

「そんな風に言われたのは初めてだよ」

 くすぐったそうに篤宏が小さく笑うが、真珠は魅入られたように篤宏をその目をうっとりと見つめていた。自分でも気づかないうちに、篤宏の顔に手を伸ばし、もっとよく見たいという気持ちのせいか、彼の頬を両手で挟み込んでいる。

「篤宏は、綺麗だな」
「……シロくん」

 不意に、甘い篤宏の声が耳をくすぐる。彼がその後になんと続けようとしたのか、真珠にもわかった。

「キス、してもいいか?」

 篤宏の言葉を先回りして、真珠は囁いた。途端に力強い篤宏の腕に絡め取られて、唇を塞がれる。
 親愛のキスではなかった。触れ合う部分で互いの熱を感じながら、その熱に頭の芯がとけていく。

 紛れもない男の腕に抱きしめられているのに心地よく思う。そんな自分にどこか戸惑いながら、それでも真珠からも篤宏の背に腕を回して、どれくらいかわからないほどの長い時間、互いを貪り続けた。

「君は」

 更に真珠をきつく抱きしめて、切なげに上ずった声で篤宏が耳元で呟く。

「僕の世界で一番、大事な人だよ」

 篤宏の一言で、自分の世界が変わったことを真珠は知った。うまく言葉がみつからなくて篤宏のパジャマを握りしめると、甘いキスがもう一度降ってくる。
それはひたすらに心地よい。心地よすぎて、不安を覚えるほどに。

 自分達がどこへ行こうとしているのか、靄のような不安が真珠の胸の中に湧き出しつつあった。
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