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秋の章
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「おい、真珠、ぼーっとするな」
突然鼻を摘まれて、ふが、と変な音が出た。
我に返ると、目の前には久米が立っている。こめかみに青筋が浮きだしそうな、怒りが噴出する寸前の顔だ。慌てて真珠は表情を引き締めた。
「今は休憩時間だな」
抑えた低い声がぼそりと言う。ますます危険を感じて、久米の言わんとしていることはわかっていると、真珠はその先を答えてみせた。
「だが、仕事中だった。休憩時間でも」
「そうだ。最近のお前はネジが緩みすぎだ」
久米の指摘には全く反論できない。痛いところを突かれて、真珠は目を伏せてこの厳しいマネージャーを直視しないようにした。
気を抜くとぼーっとしてしまうだけではない。ふとした折に、篤宏とのあの夜のことを思い出してしまうのだ。
篤宏の声、体の熱、逞しい体に腕を回して抱きしめたときの感触。そして、彼の手がどのように自分の体を辿っていったのか――不意にそれを思い出して、体が熱くなる。
目の前の仕事に集中できているときならいいが、気が緩んだときに、その記憶は真珠を絡め取ろうとする。目の前のものが見えなくなると、もうダメだった。
真珠にしては多いリテイクを出された後、予定の時間をオーバーして撮影は終わった。
今までにはこんなことはなく、多少のリテイクはあっても要求されたことに対して応えることができていたのだが、今回はどうしても手応えを感じられなかった。
精彩を欠いた様子の真珠を、スタッフが心配する有様だ。
「具合でも悪いのかい? 珍しいね」
そこそこ付き合いの長いファッション誌のカメラマンは、真珠を責めなかった。
「自己管理が足りなかった。すみません」
非があるのは間違いなく自分だ。真珠は唇を噛む自分の表情が見えないように深く頭を下げ、踵を返すと足早にその場を後にした。その背中に向かって、誰かが声を掛けてくる。
「帰ったらゆっくり休んでくださいね! 次の撮影はよろしく!」
久米のように叱ってくれる方が楽だ。至らない自分に向けられる気遣いに、自分の心を掻きむしって血を流してしまうような痛みを感じる。
けれど、どうしても篤宏のことを心の中から完全に追い出すことはできなかった。
ひとりきりの部屋で、真珠はベッドに寝転んでぼんやりと天井を見つめた。
言われた通りに、帰宅した後は簡単に食事とシャワーを終えて、早々に寝ようと横になっている。
だが、体の不調ではないのだから、すぐに眠気が訪れるわけはなく、とりとめもないことを考えながら、何度もため息を吐くばかりだ。
ただ、ぼんやりと、東京からは少し遠いあの場所と、篤宏のことを想う。
「篤宏、会いたい……」
篤宏に出会ってから、そして、彼が自分に向ける気持ちを受け入れてから、ひとりになると表現しようのない飢餓感が真珠を襲うようになっていた。
暖房の効いたスタジオの中で、真珠はカメラマンの後ろからノートパソコンのディスプレイを覗き込んでいた。
今日の撮影はファッション誌ではなく、女性誌のグラビアだ。服を引き立てるのではなく、真珠そのものを被写体にしたものだった。見開きの2ページだけではあるが、それだけ注目度が上がっているのを否応なしに感じさせられる。
上半身には何もまとわずに、人形のようだと時折言われる首筋から肩のラインと男性としては細い腰までをはっきりと見せる構図だ。
霧吹きで掛けられた水は汗に見え、滑らかな筋肉がついた真珠の背中は、自分でも一瞬どきりとするほどに艶めいて見えた。
突然鼻を摘まれて、ふが、と変な音が出た。
我に返ると、目の前には久米が立っている。こめかみに青筋が浮きだしそうな、怒りが噴出する寸前の顔だ。慌てて真珠は表情を引き締めた。
「今は休憩時間だな」
抑えた低い声がぼそりと言う。ますます危険を感じて、久米の言わんとしていることはわかっていると、真珠はその先を答えてみせた。
「だが、仕事中だった。休憩時間でも」
「そうだ。最近のお前はネジが緩みすぎだ」
久米の指摘には全く反論できない。痛いところを突かれて、真珠は目を伏せてこの厳しいマネージャーを直視しないようにした。
気を抜くとぼーっとしてしまうだけではない。ふとした折に、篤宏とのあの夜のことを思い出してしまうのだ。
篤宏の声、体の熱、逞しい体に腕を回して抱きしめたときの感触。そして、彼の手がどのように自分の体を辿っていったのか――不意にそれを思い出して、体が熱くなる。
目の前の仕事に集中できているときならいいが、気が緩んだときに、その記憶は真珠を絡め取ろうとする。目の前のものが見えなくなると、もうダメだった。
真珠にしては多いリテイクを出された後、予定の時間をオーバーして撮影は終わった。
今までにはこんなことはなく、多少のリテイクはあっても要求されたことに対して応えることができていたのだが、今回はどうしても手応えを感じられなかった。
精彩を欠いた様子の真珠を、スタッフが心配する有様だ。
「具合でも悪いのかい? 珍しいね」
そこそこ付き合いの長いファッション誌のカメラマンは、真珠を責めなかった。
「自己管理が足りなかった。すみません」
非があるのは間違いなく自分だ。真珠は唇を噛む自分の表情が見えないように深く頭を下げ、踵を返すと足早にその場を後にした。その背中に向かって、誰かが声を掛けてくる。
「帰ったらゆっくり休んでくださいね! 次の撮影はよろしく!」
久米のように叱ってくれる方が楽だ。至らない自分に向けられる気遣いに、自分の心を掻きむしって血を流してしまうような痛みを感じる。
けれど、どうしても篤宏のことを心の中から完全に追い出すことはできなかった。
ひとりきりの部屋で、真珠はベッドに寝転んでぼんやりと天井を見つめた。
言われた通りに、帰宅した後は簡単に食事とシャワーを終えて、早々に寝ようと横になっている。
だが、体の不調ではないのだから、すぐに眠気が訪れるわけはなく、とりとめもないことを考えながら、何度もため息を吐くばかりだ。
ただ、ぼんやりと、東京からは少し遠いあの場所と、篤宏のことを想う。
「篤宏、会いたい……」
篤宏に出会ってから、そして、彼が自分に向ける気持ちを受け入れてから、ひとりになると表現しようのない飢餓感が真珠を襲うようになっていた。
暖房の効いたスタジオの中で、真珠はカメラマンの後ろからノートパソコンのディスプレイを覗き込んでいた。
今日の撮影はファッション誌ではなく、女性誌のグラビアだ。服を引き立てるのではなく、真珠そのものを被写体にしたものだった。見開きの2ページだけではあるが、それだけ注目度が上がっているのを否応なしに感じさせられる。
上半身には何もまとわずに、人形のようだと時折言われる首筋から肩のラインと男性としては細い腰までをはっきりと見せる構図だ。
霧吹きで掛けられた水は汗に見え、滑らかな筋肉がついた真珠の背中は、自分でも一瞬どきりとするほどに艶めいて見えた。
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