38 / 51
秋の章
4
しおりを挟む
続いて、流し目のバストアップの写真では薄く口を開いていて、誘う表情が写し出されている。
いつもならばきついくらいの目線を注文されることが多いが、今回は「ぼんやりしてるくらいでいい」と言われたので、今の真珠にはむしろやりやすかった。
「うん、いいね。凄く色っぽく撮れた」
カメラマンは何度か仕事をしたことのある相手だ。良く知っているというほどではないが、そんな褒め方をされたのは初めてで真珠は驚いた。
「女性ファンがきっと喜ぶよ、これは。氷坂くんはちょっと前までは凄く高校生っぽい感じが抜けなかったんだけど、最近急に色気が出てきたね。彼女でもできた? ははは」
からかわれていると咄嗟にはわからないほど、真珠は動揺した。最近色気が出たというのなら、心当たりはひとつしか無い。
「彼女は、いない」
動揺したのを隠したくて少しむすりとして答えると、冗談だよと念押しされる。思った通りの画が撮れたようで、声を立てて笑う彼はガッツポーズまでしてみせている。
暖房のせいか、急に喉の渇きを覚えた。これで終了だと言われて、水を一口飲んでからほっとして久米の元へ向かう。
久米は真珠のスケジュールを確認しながら、難しい顔をしていた。
真珠ひとりのスケジュールを動かしても問題のない案件なら、できるだけまとまるようにと最近では気を遣ってくれている。真珠が何度も続けてのオフを望んだので、久米の頭の中では常に棒の形をしたスケジュールが収まりどころを求めてうろうろするようになっているらしい。まるでパズルゲームのようだとぼやかれたことがある。
しかし、最近はそのスケジュールの調節もなかなか難しい。
「和也」
真珠に声を掛けられて久米は顔を上げた。この声の調子で真珠が話しかけてくるときは、だいたい後に何が続くのか、さすがに久米にもわかっている。
「11月末までに、一度でいいから続けて休みが欲しい。そのためだったら他をいくら詰めてもいいし、後はしばらくわがままは言わない」
真珠の声は重く、子供が「一生のお願い」と言うときのような必死さを秘めていた。緊張しきった目頭を揉んで、久米はつぶやく。
「わがままだと自覚してたんだな」
「当たり前だ」
「その後はしばらく、っていうのはどのくらいだ」
「……冬の間は、バスが走らない」
「そういうことか。理解した。だが、春が来る前にお前は自分の気持ちを整理することができるのか?」
「春が、来る前……?」
突然久米から突きつけられた未来の話に、ぎゅっと心臓を握られる。まだ冬も訪れていない今から考えるには、先の話のように思えた。しかしそれは、僅か数ヶ月後の未来なのだ。
「いつまでもこんなことを続けていられると、思っているわけじゃないだろう」
「ああ……」
久米にはぼんやりと否定してみせたが、がつんと頭を殴られたようなショックで、目がくらみそうだ。
「ああ、こんなこと、いつまでも続けていられるわけがない……」
オウム返しに繰り返してみせた言葉は、自分でも誰に向けて言っているのかがよくわからなかった。
いつもならばきついくらいの目線を注文されることが多いが、今回は「ぼんやりしてるくらいでいい」と言われたので、今の真珠にはむしろやりやすかった。
「うん、いいね。凄く色っぽく撮れた」
カメラマンは何度か仕事をしたことのある相手だ。良く知っているというほどではないが、そんな褒め方をされたのは初めてで真珠は驚いた。
「女性ファンがきっと喜ぶよ、これは。氷坂くんはちょっと前までは凄く高校生っぽい感じが抜けなかったんだけど、最近急に色気が出てきたね。彼女でもできた? ははは」
からかわれていると咄嗟にはわからないほど、真珠は動揺した。最近色気が出たというのなら、心当たりはひとつしか無い。
「彼女は、いない」
動揺したのを隠したくて少しむすりとして答えると、冗談だよと念押しされる。思った通りの画が撮れたようで、声を立てて笑う彼はガッツポーズまでしてみせている。
暖房のせいか、急に喉の渇きを覚えた。これで終了だと言われて、水を一口飲んでからほっとして久米の元へ向かう。
久米は真珠のスケジュールを確認しながら、難しい顔をしていた。
真珠ひとりのスケジュールを動かしても問題のない案件なら、できるだけまとまるようにと最近では気を遣ってくれている。真珠が何度も続けてのオフを望んだので、久米の頭の中では常に棒の形をしたスケジュールが収まりどころを求めてうろうろするようになっているらしい。まるでパズルゲームのようだとぼやかれたことがある。
しかし、最近はそのスケジュールの調節もなかなか難しい。
「和也」
真珠に声を掛けられて久米は顔を上げた。この声の調子で真珠が話しかけてくるときは、だいたい後に何が続くのか、さすがに久米にもわかっている。
「11月末までに、一度でいいから続けて休みが欲しい。そのためだったら他をいくら詰めてもいいし、後はしばらくわがままは言わない」
真珠の声は重く、子供が「一生のお願い」と言うときのような必死さを秘めていた。緊張しきった目頭を揉んで、久米はつぶやく。
「わがままだと自覚してたんだな」
「当たり前だ」
「その後はしばらく、っていうのはどのくらいだ」
「……冬の間は、バスが走らない」
「そういうことか。理解した。だが、春が来る前にお前は自分の気持ちを整理することができるのか?」
「春が、来る前……?」
突然久米から突きつけられた未来の話に、ぎゅっと心臓を握られる。まだ冬も訪れていない今から考えるには、先の話のように思えた。しかしそれは、僅か数ヶ月後の未来なのだ。
「いつまでもこんなことを続けていられると、思っているわけじゃないだろう」
「ああ……」
久米にはぼんやりと否定してみせたが、がつんと頭を殴られたようなショックで、目がくらみそうだ。
「ああ、こんなこと、いつまでも続けていられるわけがない……」
オウム返しに繰り返してみせた言葉は、自分でも誰に向けて言っているのかがよくわからなかった。
15
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
幼き改革者、皇孫降臨 〜三歳にして朝廷を震わせる〜
由香
キャラ文芸
瑞栄王朝の皇孫・凌曜は、わずか三歳。
泣かず、騒がず、ただ静かに周囲を見つめる幼子だった。
しかしその「無邪気な疑問」は、後宮の不正を暴き、腐敗した朝廷を揺るがしていく。
皇帝である祖父の絶対的な溺愛と後ろ盾のもと、血を流すことなく失脚者を生み、国の歪みを正していく凌曜。
やがて反改革派の最後の抵抗を越え、彼は“決める者”ではなく、“問い続ける存在”として朝廷に立つ。
これは、剣も権謀も持たぬ幼き改革者が、「なぜ?」という一言で国を変えていく物語。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる