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秋の章
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一雨ごとに寒さが増していくのを、真珠は肌で感じていた。山間の村の秋は殊更に歩みが早いように感じて、冬と言われてもそのままうなずけそうだ。雨で靄がかかった山は、既に紅葉の見頃は過ぎてしまったらしい。
傘を打つ雨音は強く、歩いているうちにくるぶしの上までジーンズが水を吸ってしまった。
篤宏の家にやっと辿り着くと、篤宏は冷え切った様子の真珠に眉をひそめ、着替えるようにと促した。
真珠が乾いた部屋着に着替えている間に、篤宏はレンジでタオルを温めていた。熱さを感じる蒸しタオルで、篤宏は真珠の冷たい足を包み込む。
「風邪引いたら大変だよ。連絡してくれたら、バス停まで迎えに行ったのに」
「そうしたら篤宏だって歩きだろう。どっちにしろ濡れる」
「格好悪いけど実用的な長靴を持って行くくらいはできたよ。後は……達雄さんに送ってもらうように頼んだりとか」
篤宏の提案に真珠は考え込んだ。篤宏の言うことは全く正論で、反論の余地がない。
それなのに、真珠は篤宏に事前に連絡することを考えられなかった。今までも、一度も連絡を入れてから来たことはない。篤宏がいない可能性に思い至ることはできたし、実際に不在中に訪れてしまったこともある。
けれど、何も言わなくてもここにくれば、篤宏が自分を迎えてくれるとどこかで信じていた。――いや、信じたかったのだ。
「篤宏」
いきなり抱き付いて呼んだ名は、自分でも驚くほど甘ったるい響きをしていた。
「どうしたんだい?」
珍しくダイレクトな甘え方をする真珠に、篤宏は少し驚いているようだった。
「会いたかった」
「うん、僕も会いたかった」
「ここに来たら、いつでも篤宏がいるって、俺は確かめたかったんじゃないかと思う」
「そうか……」
「篤宏のいるこの家に、俺は来たいんだ」
「もちろん、僕はいつでも君を待ってる。でも、いないこともあるし、来られるってわかったら連絡してくれると助かるな」
「これからは、そうする。――篤宏」
まだ温まりきらない指で篤宏の頬の温かさを感じながら、真珠は唇を寄せた。誘うように口を開くと、篤宏が食らいつくようにキスをしてくる。肌の表面とは違う体内の熱を感じると、その生々しさにくらりとした。
ぬめる舌を絡ませ合うと、その感触が別の記憶を呼び起こした。意識する前に体は期待に疼き始めて、篤宏も真珠の変化に気付いてしまったようだった。
「はぁ……シロくん」
甘ったるい声に名を呼ばれて、全身がびりびりとした。篤宏の指が首筋に触れただけで、体中がおかしくなってしまいそうだ。
「篤宏……」
ことりと篤宏の肩に頭をもたれさせて、真珠は彼の耳元で囁いた。
「あんたと、セックスがしたい」
「……えっ? それって」
「俺の中に、篤宏が欲しい。篤宏をナカで感じたい――気持ちよくしてくれるんだろ?」
篤宏がごくりと喉を鳴らしたのが聞こえた。きっとまた、人を獲って食う狼のようになっているのだろう。
「いいのかい?」
声も心持ち低くなっている。他の人間には人畜無害そうな顔をしているくせに、自分にだけは雄の本性を剥き出しにしてくるのだと思うと、酷く気分が良かった。
「ああ。俺を抱いてくれ。今夜」
「うん、こん……や?」
真珠の言葉に少し遅れて、急に声のトーンを高くした篤宏は真珠の体を解放した。はっと見合わせた顔は互いの勘違いに気づき、気まずそうに逸らされる。
「…………あっ、そう、そうだよね。うん。今かと思った。やだなあ、僕。がっついてるみたいだ。ううっ」
「あっ……悪かった、変な言い方をして。俺も、その、準備がいるから」
「準備、準備ってやっぱり、その……ぐふっ。うわー、嫌だ、すっごく恥ずかしい……シロくん、ごめん! 僕今凄く格好悪い!」
篤宏はとうとう羞恥に負けたのか、顔を覆って床を転がりだした。白皙の頬に朱を注いで身をよじる様は、見ている真珠まで恥ずかしさが伝染してきそうだ。
傘を打つ雨音は強く、歩いているうちにくるぶしの上までジーンズが水を吸ってしまった。
篤宏の家にやっと辿り着くと、篤宏は冷え切った様子の真珠に眉をひそめ、着替えるようにと促した。
真珠が乾いた部屋着に着替えている間に、篤宏はレンジでタオルを温めていた。熱さを感じる蒸しタオルで、篤宏は真珠の冷たい足を包み込む。
「風邪引いたら大変だよ。連絡してくれたら、バス停まで迎えに行ったのに」
「そうしたら篤宏だって歩きだろう。どっちにしろ濡れる」
「格好悪いけど実用的な長靴を持って行くくらいはできたよ。後は……達雄さんに送ってもらうように頼んだりとか」
篤宏の提案に真珠は考え込んだ。篤宏の言うことは全く正論で、反論の余地がない。
それなのに、真珠は篤宏に事前に連絡することを考えられなかった。今までも、一度も連絡を入れてから来たことはない。篤宏がいない可能性に思い至ることはできたし、実際に不在中に訪れてしまったこともある。
けれど、何も言わなくてもここにくれば、篤宏が自分を迎えてくれるとどこかで信じていた。――いや、信じたかったのだ。
「篤宏」
いきなり抱き付いて呼んだ名は、自分でも驚くほど甘ったるい響きをしていた。
「どうしたんだい?」
珍しくダイレクトな甘え方をする真珠に、篤宏は少し驚いているようだった。
「会いたかった」
「うん、僕も会いたかった」
「ここに来たら、いつでも篤宏がいるって、俺は確かめたかったんじゃないかと思う」
「そうか……」
「篤宏のいるこの家に、俺は来たいんだ」
「もちろん、僕はいつでも君を待ってる。でも、いないこともあるし、来られるってわかったら連絡してくれると助かるな」
「これからは、そうする。――篤宏」
まだ温まりきらない指で篤宏の頬の温かさを感じながら、真珠は唇を寄せた。誘うように口を開くと、篤宏が食らいつくようにキスをしてくる。肌の表面とは違う体内の熱を感じると、その生々しさにくらりとした。
ぬめる舌を絡ませ合うと、その感触が別の記憶を呼び起こした。意識する前に体は期待に疼き始めて、篤宏も真珠の変化に気付いてしまったようだった。
「はぁ……シロくん」
甘ったるい声に名を呼ばれて、全身がびりびりとした。篤宏の指が首筋に触れただけで、体中がおかしくなってしまいそうだ。
「篤宏……」
ことりと篤宏の肩に頭をもたれさせて、真珠は彼の耳元で囁いた。
「あんたと、セックスがしたい」
「……えっ? それって」
「俺の中に、篤宏が欲しい。篤宏をナカで感じたい――気持ちよくしてくれるんだろ?」
篤宏がごくりと喉を鳴らしたのが聞こえた。きっとまた、人を獲って食う狼のようになっているのだろう。
「いいのかい?」
声も心持ち低くなっている。他の人間には人畜無害そうな顔をしているくせに、自分にだけは雄の本性を剥き出しにしてくるのだと思うと、酷く気分が良かった。
「ああ。俺を抱いてくれ。今夜」
「うん、こん……や?」
真珠の言葉に少し遅れて、急に声のトーンを高くした篤宏は真珠の体を解放した。はっと見合わせた顔は互いの勘違いに気づき、気まずそうに逸らされる。
「…………あっ、そう、そうだよね。うん。今かと思った。やだなあ、僕。がっついてるみたいだ。ううっ」
「あっ……悪かった、変な言い方をして。俺も、その、準備がいるから」
「準備、準備ってやっぱり、その……ぐふっ。うわー、嫌だ、すっごく恥ずかしい……シロくん、ごめん! 僕今凄く格好悪い!」
篤宏はとうとう羞恥に負けたのか、顔を覆って床を転がりだした。白皙の頬に朱を注いで身をよじる様は、見ている真珠まで恥ずかしさが伝染してきそうだ。
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