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秋の章
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少しの気まずさが流れる食卓で、ふたりは同時に焼き肉を口に運んだ。一瞬間を置いて、気まずさが吹き飛ぶような声が居間に響き渡る。
「あれっ、なんだこれ? 硬い!」
「……今俺は、野生動物の筋肉を食べてる」
「本当にそんな感じだよね!? 食事中に失礼するよ」
真珠が焼き肉を必死で咀嚼している間に、篤宏はスマホを取り出して何かを調べ始めた。
求めていた答えが見つかったらしく、篤宏が額を押さえて呻き声を上げる。痛恨のミスだと悔いる彼のそんな様子がおかしかった。
「脂肪が少ないため、高温で焼くと硬くなりやすいので低温調理で柔らかく仕上げる……って。しまった、僕としたことが。何たる無様な」
「篤宏が料理を失敗してるのを見たのは初めてだ」
思わず声を上げて笑うと、篤宏は恨めしげに真珠を見てくる。それが更におかしくて、笑いながら真珠はもう一切れを口に放り込んだ。
「……硬いけど、噛むほど味が出てくるというか……これだけ噛んでもなくならない肉ってある意味凄いな」
「確かに、ジビエはじっくり噛んで食べろっていうからね。狩猟肉らしいとは言えるけど。
でも、前に僕が食べたのはこんなじゃなかったんだよ! ああ、そうだ。ローストなら低温調理だ」
大事なことに気付いたというように慌ただしく篤宏は席を立ち、キッチンへ向かった。
「どうだ?」
ローストの出来映えが気になって、真珠も篤宏についていく。まだ熱さが残っているらしく、篤宏は左手を使って菜箸で肉を押さえて包丁を握っていた。
篤宏は真剣極まりない顔で肉を切り分けていく。肉の断面は、美しいピンク色になっていた。
「うん、こっちは硬くなさそう。はい、シロくん、味見」
「味見がしたくて見てたわけじゃない。真剣に料理してるときのあんたは格好いいな」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
薄めに切られた肉は見るからに柔らかそうで、ぺらりと目の前に出されたらそのつもりがなくても思わず口を開けてしまう。真珠の口に肉を放り込むと、篤宏は手に付いた肉汁を舐め取った。
「うん、味はオッケーだ」
篤宏の口元を見つめてしまったのが気恥ずかしく、真珠は口の中の肉を慌てて噛んだ。火は通っているのだろうが、肉の食感は生々しい。
「どうかな」
「うまい……と思う」
「ああ、よかった!」
篤宏の指にどぎまぎとしてしまったせいで、肉の味は本当のところはよくわからなかった。
風呂場から出ると、一歩歩くごとに緊張が増していく。
寝室の襖を開けると、篤宏が既に布団を敷いていて、枕元に正座していた。
まるで時代劇のワンシーンのようだ。まさに新婚初夜といったその姿がおかしくて、くっと笑いが漏れる。
「何で笑うかな」
「笑うに決まってるだろう、そんなに畏まったら」
「なんだか今日は、僕ってことごとく滑ってるね?」
「これから格好良く決めてみせろ」
「君の方が男前だな。――こっちにおいで」
篤宏に呼ばれるままに彼の前に真珠は座った。篤宏の手が肩に伸びてきて、触れるだけのキスが続いた。
額に、頬にと触れてくる篤宏の唇がもどかしい。けれど瞼にキスをされては目を開けていられなくなって、真珠は睫毛を震わせながら目を閉じる。
「君、睫毛長いね」
初めて会ったときに聞いた覚えのある言葉に、うっかり笑いそうになる。
「篤宏はいつもそればかり言うな」
「君が目を閉じてるところって、本当に綺麗だと思うんだよ。間近で見てるとため息が出る」
真珠は目を開けると、篤宏の右目にかかった髪を指で払った。今は露わになっている金色の目がそこにある。
「俺は、篤宏の目が神秘的で好きだな」
「好き? 君にそう言ってもらえると嬉しい。もう一回言って欲しいな。僕の目が好き?」
「ああ、好きだ」
「僕のことが好き?」
「好きだ」
篤宏に釣られてするりと口から出た言葉に、真珠は自分で驚いた。以前は口に出そうとしただけで苦しかったことを覚えている。
「好きだ」
もう一度言ってみる。言葉は真珠の思い通りに声に出すことができた。一度言葉にしたら、かかっていた枷は外れたらしい。
「篤宏、好きだ」
言葉に出すほどに、心の奥がじわりと熱くなる。自分から篤宏に抱き付いてキスをすると、今度は違う言葉が耳元で囁かれた。
「愛してる」
篤宏の言葉が胸を満たして、溢れていく。自分の中に溢れるものを真珠はそのまま言葉にした。
「俺も、愛してる」
「ありがとう。今、凄く幸せだよ」
万感の思いを込めたように、篤宏の腕が真珠の体をきつく抱きしめた。
冷えた空気の分、触れ合う素肌の熱は心地良かった。
「愛してるよ――ずっと一緒にいよう」
意識が飛ぶ前に聞いたのは、篤宏のその言葉だった。
「あれっ、なんだこれ? 硬い!」
「……今俺は、野生動物の筋肉を食べてる」
「本当にそんな感じだよね!? 食事中に失礼するよ」
真珠が焼き肉を必死で咀嚼している間に、篤宏はスマホを取り出して何かを調べ始めた。
求めていた答えが見つかったらしく、篤宏が額を押さえて呻き声を上げる。痛恨のミスだと悔いる彼のそんな様子がおかしかった。
「脂肪が少ないため、高温で焼くと硬くなりやすいので低温調理で柔らかく仕上げる……って。しまった、僕としたことが。何たる無様な」
「篤宏が料理を失敗してるのを見たのは初めてだ」
思わず声を上げて笑うと、篤宏は恨めしげに真珠を見てくる。それが更におかしくて、笑いながら真珠はもう一切れを口に放り込んだ。
「……硬いけど、噛むほど味が出てくるというか……これだけ噛んでもなくならない肉ってある意味凄いな」
「確かに、ジビエはじっくり噛んで食べろっていうからね。狩猟肉らしいとは言えるけど。
でも、前に僕が食べたのはこんなじゃなかったんだよ! ああ、そうだ。ローストなら低温調理だ」
大事なことに気付いたというように慌ただしく篤宏は席を立ち、キッチンへ向かった。
「どうだ?」
ローストの出来映えが気になって、真珠も篤宏についていく。まだ熱さが残っているらしく、篤宏は左手を使って菜箸で肉を押さえて包丁を握っていた。
篤宏は真剣極まりない顔で肉を切り分けていく。肉の断面は、美しいピンク色になっていた。
「うん、こっちは硬くなさそう。はい、シロくん、味見」
「味見がしたくて見てたわけじゃない。真剣に料理してるときのあんたは格好いいな」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
薄めに切られた肉は見るからに柔らかそうで、ぺらりと目の前に出されたらそのつもりがなくても思わず口を開けてしまう。真珠の口に肉を放り込むと、篤宏は手に付いた肉汁を舐め取った。
「うん、味はオッケーだ」
篤宏の口元を見つめてしまったのが気恥ずかしく、真珠は口の中の肉を慌てて噛んだ。火は通っているのだろうが、肉の食感は生々しい。
「どうかな」
「うまい……と思う」
「ああ、よかった!」
篤宏の指にどぎまぎとしてしまったせいで、肉の味は本当のところはよくわからなかった。
風呂場から出ると、一歩歩くごとに緊張が増していく。
寝室の襖を開けると、篤宏が既に布団を敷いていて、枕元に正座していた。
まるで時代劇のワンシーンのようだ。まさに新婚初夜といったその姿がおかしくて、くっと笑いが漏れる。
「何で笑うかな」
「笑うに決まってるだろう、そんなに畏まったら」
「なんだか今日は、僕ってことごとく滑ってるね?」
「これから格好良く決めてみせろ」
「君の方が男前だな。――こっちにおいで」
篤宏に呼ばれるままに彼の前に真珠は座った。篤宏の手が肩に伸びてきて、触れるだけのキスが続いた。
額に、頬にと触れてくる篤宏の唇がもどかしい。けれど瞼にキスをされては目を開けていられなくなって、真珠は睫毛を震わせながら目を閉じる。
「君、睫毛長いね」
初めて会ったときに聞いた覚えのある言葉に、うっかり笑いそうになる。
「篤宏はいつもそればかり言うな」
「君が目を閉じてるところって、本当に綺麗だと思うんだよ。間近で見てるとため息が出る」
真珠は目を開けると、篤宏の右目にかかった髪を指で払った。今は露わになっている金色の目がそこにある。
「俺は、篤宏の目が神秘的で好きだな」
「好き? 君にそう言ってもらえると嬉しい。もう一回言って欲しいな。僕の目が好き?」
「ああ、好きだ」
「僕のことが好き?」
「好きだ」
篤宏に釣られてするりと口から出た言葉に、真珠は自分で驚いた。以前は口に出そうとしただけで苦しかったことを覚えている。
「好きだ」
もう一度言ってみる。言葉は真珠の思い通りに声に出すことができた。一度言葉にしたら、かかっていた枷は外れたらしい。
「篤宏、好きだ」
言葉に出すほどに、心の奥がじわりと熱くなる。自分から篤宏に抱き付いてキスをすると、今度は違う言葉が耳元で囁かれた。
「愛してる」
篤宏の言葉が胸を満たして、溢れていく。自分の中に溢れるものを真珠はそのまま言葉にした。
「俺も、愛してる」
「ありがとう。今、凄く幸せだよ」
万感の思いを込めたように、篤宏の腕が真珠の体をきつく抱きしめた。
冷えた空気の分、触れ合う素肌の熱は心地良かった。
「愛してるよ――ずっと一緒にいよう」
意識が飛ぶ前に聞いたのは、篤宏のその言葉だった。
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