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秋の章
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気がついたら朝になっていた。いつものように篤宏の胸に顔をぴたりと寄せて、抱きかかえられて眠っていた。
昨夜脱ぎ散らかしたはずの服がきちんと着せられていて、腰に鈍い痛みがなければあれは夢だったのかと思うほどだ。
「おはよう」
真珠より先に目を覚ましていたのだろう。真珠が目を覚ましたのに気付いて、篤宏が声を掛けてきた。
「おは、よう」
声を出したらあまりにも枯れていたので、自分で驚く。そんな真珠を見て、篤宏は微笑んでキスをしてから身を起こした。
「無理させちゃったかな。水を持ってくるよ。そのまま寝てて」
「うん、ありがとう」
篤宏に言われるままに、そのままぽすりと枕に頭を落とした。篤宏の手が伸びてきて、真珠の髪を撫でる。
「今朝のシロくん、なんか幼いね? 昨日あんなに大人なことしたのにね」
「……馬鹿」
眉を寄せて篤宏の言い様に文句を言うと、篤宏はくすりと笑って今度こそ部屋から出て行った。
真珠が気を失ってしまった後、やはり篤宏が体を拭いて服を着せてくれたそうだ。体の怠さも手伝って、篤宏が甘やかしてくれるのをいいことに、真珠は午前中のほとんどを篤宏の膝枕で過ごした。
時折思い出したようにキスをねだると、甘えん坊になったねと苦笑しながら、篤宏はとびきり甘いキスをしてくれる。
真珠が篤宏に抱き付いたままでなかなか離れないので、朝食も昼食も簡単なものになった。
朝が来てから何度目かわからないキスを交わした後で、離れようとしない真珠の頭を撫でて、篤宏はぽつりと呟いた。
「シロくん、何を怖がってるんだい?」
「俺が……? 何を?」
篤宏の言葉の意味がわからず、真珠は問い返した。篤宏の目は妙に静かに真珠を見つめている。
「今日の君は、なんだか子供みたいだ」
「朝もそんなことを言ってたな」
「そうだね……僕には、今の君は小さい子供みたいに見える。お母さんと離れるのが嫌で、服の裾を離さないような子供にね」
無意識に篤宏の服を握っていたのは間違いなかった。慌てて手を離すと、篤宏の大きな手が肩を叩く。
「僕は君をひとりにしたりしないよ。ずっと一緒にいる。大丈夫だから」
「……寂しいんだ」
するりと口を衝いて出たのは、真珠の心の奥に長い間押し込められていた感情だった。篤宏は側にいて、抱きしめてくれる。その温かさを知ってから、初めて自分が凍えていたことに気付いた。
けれど、離れている時間は長い。自分の中の寂しさを認めれば、ひとりでいる時間に耐えられなくなりそうだった。不安から目を逸らし続けていたが、それも限界だ。
ずっと一緒にいようと言われたら、それを期待してしまう。温かさを知ったら、寒さに耐えられなくなるというのに。
「確かに、毎日一緒にいられるわけじゃない。僕だって寂しく思うよ。でも、そばにいられないときでも、いつでも君のことを思ってる」
子供に言い聞かせるように柔らかく話しかけてくる篤宏が、急に遠くに思えた。
「でも、冬が来たら、会えなくなる」
それはじわりじわりと真珠の首を絞め続けていた恐怖感の正体だ。はっきりとした形で与えられた愛情は、真珠がそのまま受け止めるには眩しすぎた。
自分が本当に受け止めていいものか戸惑いながら、同時に失うことを恐れてしまう。
与えてくれる人がそばにいなくなったら、この飢えはどうやって宥めればいいというのか。
「もっと抱いてくれ。離れてる間もひとりじゃないってずっと思えるくらい、篤宏の熱を感じたいんだ」
目を揺らしながら自分を見上げて縋り付いてくる真珠に、篤宏は悲しげにため息をこぼした。
「僕は君が大事だよ。世界で一番大事だ。だから、今は抱けない。昨日だって無理させすぎたと思ったんだ。君を壊すようなことはできない」
「俺の心が壊れるのはいいのか!? ……いやだ、俺は嫌だ」
不意に真珠の視界がぼやけた。それが涙だと気付かず、うわごとのように真珠は言葉を繰り返す。
「嫌だ、帰りたくない。俺は、ここにずっと!」
「シロくん?」
滲んだ篤宏の顔が揺れている。頭を振って、自分を捕まえようとしている孤独から逃れようと真珠はもがいた。
「嫌だ、嫌だ。篤宏と一緒にいたい。……東京に、戻りたく……ない」
「シロくん……でも、明日には帰らないと。君には君の仕事があるだろう?」
「嫌だ! ひとりになりたくない!」
初めて見せる真珠の激情に、篤宏は息を飲んで真珠を見つめていた。泣き出す寸前の顔を歪めた真珠に手を伸ばしてきて、壊れ物にでも触るかのようにそっと頭を撫でて胸に抱き寄せる。
「寂しいかもしれないけど、少しの我慢だよ。ずっと会えないわけじゃないんだし、君のことをいつでも思ってる」
篤宏の声はひたすら優しかった。そばにいなくても自分の気持ちを真珠に向け続けていられるということに、篤宏は疑問を持っていないようだ。
「わからない……篤宏には、わからないだろう! 優しい人達がいつでもそばにいて、皆から愛されてるあんたには! 俺はひとりだった。母親だってずっと俺のそばにいたわけじゃない。
家でもひとり、仕事場へ連れて行かれてもひとり。それでも、寂しいと思ったことなんかなかった。篤宏が一緒にいてくれるようになって、初めて俺は寂しいと思うようになった……。俺の心の真ん中に篤宏がいるのに、息ができなくなるくらいあんたでいっぱいになってるのに、篤宏がそばにいないのは怖いんだ!」
昨夜脱ぎ散らかしたはずの服がきちんと着せられていて、腰に鈍い痛みがなければあれは夢だったのかと思うほどだ。
「おはよう」
真珠より先に目を覚ましていたのだろう。真珠が目を覚ましたのに気付いて、篤宏が声を掛けてきた。
「おは、よう」
声を出したらあまりにも枯れていたので、自分で驚く。そんな真珠を見て、篤宏は微笑んでキスをしてから身を起こした。
「無理させちゃったかな。水を持ってくるよ。そのまま寝てて」
「うん、ありがとう」
篤宏に言われるままに、そのままぽすりと枕に頭を落とした。篤宏の手が伸びてきて、真珠の髪を撫でる。
「今朝のシロくん、なんか幼いね? 昨日あんなに大人なことしたのにね」
「……馬鹿」
眉を寄せて篤宏の言い様に文句を言うと、篤宏はくすりと笑って今度こそ部屋から出て行った。
真珠が気を失ってしまった後、やはり篤宏が体を拭いて服を着せてくれたそうだ。体の怠さも手伝って、篤宏が甘やかしてくれるのをいいことに、真珠は午前中のほとんどを篤宏の膝枕で過ごした。
時折思い出したようにキスをねだると、甘えん坊になったねと苦笑しながら、篤宏はとびきり甘いキスをしてくれる。
真珠が篤宏に抱き付いたままでなかなか離れないので、朝食も昼食も簡単なものになった。
朝が来てから何度目かわからないキスを交わした後で、離れようとしない真珠の頭を撫でて、篤宏はぽつりと呟いた。
「シロくん、何を怖がってるんだい?」
「俺が……? 何を?」
篤宏の言葉の意味がわからず、真珠は問い返した。篤宏の目は妙に静かに真珠を見つめている。
「今日の君は、なんだか子供みたいだ」
「朝もそんなことを言ってたな」
「そうだね……僕には、今の君は小さい子供みたいに見える。お母さんと離れるのが嫌で、服の裾を離さないような子供にね」
無意識に篤宏の服を握っていたのは間違いなかった。慌てて手を離すと、篤宏の大きな手が肩を叩く。
「僕は君をひとりにしたりしないよ。ずっと一緒にいる。大丈夫だから」
「……寂しいんだ」
するりと口を衝いて出たのは、真珠の心の奥に長い間押し込められていた感情だった。篤宏は側にいて、抱きしめてくれる。その温かさを知ってから、初めて自分が凍えていたことに気付いた。
けれど、離れている時間は長い。自分の中の寂しさを認めれば、ひとりでいる時間に耐えられなくなりそうだった。不安から目を逸らし続けていたが、それも限界だ。
ずっと一緒にいようと言われたら、それを期待してしまう。温かさを知ったら、寒さに耐えられなくなるというのに。
「確かに、毎日一緒にいられるわけじゃない。僕だって寂しく思うよ。でも、そばにいられないときでも、いつでも君のことを思ってる」
子供に言い聞かせるように柔らかく話しかけてくる篤宏が、急に遠くに思えた。
「でも、冬が来たら、会えなくなる」
それはじわりじわりと真珠の首を絞め続けていた恐怖感の正体だ。はっきりとした形で与えられた愛情は、真珠がそのまま受け止めるには眩しすぎた。
自分が本当に受け止めていいものか戸惑いながら、同時に失うことを恐れてしまう。
与えてくれる人がそばにいなくなったら、この飢えはどうやって宥めればいいというのか。
「もっと抱いてくれ。離れてる間もひとりじゃないってずっと思えるくらい、篤宏の熱を感じたいんだ」
目を揺らしながら自分を見上げて縋り付いてくる真珠に、篤宏は悲しげにため息をこぼした。
「僕は君が大事だよ。世界で一番大事だ。だから、今は抱けない。昨日だって無理させすぎたと思ったんだ。君を壊すようなことはできない」
「俺の心が壊れるのはいいのか!? ……いやだ、俺は嫌だ」
不意に真珠の視界がぼやけた。それが涙だと気付かず、うわごとのように真珠は言葉を繰り返す。
「嫌だ、帰りたくない。俺は、ここにずっと!」
「シロくん?」
滲んだ篤宏の顔が揺れている。頭を振って、自分を捕まえようとしている孤独から逃れようと真珠はもがいた。
「嫌だ、嫌だ。篤宏と一緒にいたい。……東京に、戻りたく……ない」
「シロくん……でも、明日には帰らないと。君には君の仕事があるだろう?」
「嫌だ! ひとりになりたくない!」
初めて見せる真珠の激情に、篤宏は息を飲んで真珠を見つめていた。泣き出す寸前の顔を歪めた真珠に手を伸ばしてきて、壊れ物にでも触るかのようにそっと頭を撫でて胸に抱き寄せる。
「寂しいかもしれないけど、少しの我慢だよ。ずっと会えないわけじゃないんだし、君のことをいつでも思ってる」
篤宏の声はひたすら優しかった。そばにいなくても自分の気持ちを真珠に向け続けていられるということに、篤宏は疑問を持っていないようだ。
「わからない……篤宏には、わからないだろう! 優しい人達がいつでもそばにいて、皆から愛されてるあんたには! 俺はひとりだった。母親だってずっと俺のそばにいたわけじゃない。
家でもひとり、仕事場へ連れて行かれてもひとり。それでも、寂しいと思ったことなんかなかった。篤宏が一緒にいてくれるようになって、初めて俺は寂しいと思うようになった……。俺の心の真ん中に篤宏がいるのに、息ができなくなるくらいあんたでいっぱいになってるのに、篤宏がそばにいないのは怖いんだ!」
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