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秋の章
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魂を震わせるような真珠の叫びに、篤宏は言葉を返すことができなかった。篤宏からは胸元の真珠は見えないが、真珠が泣いているのはわかっただろう。言葉を探しあぐねているのか、ただ、宥めるように背を撫で続けている。
「ここを俺の家だと思っていいって言ったじゃないか! いつでも来ていいって、待ってるって!」
「……僕は今でもそう思ってる。誓って言うよ。でも、君が仕事を投げ出していいっていうつもりで言ったんじゃない」
「ああ……」
何もわからない子供をあやすように篤宏の大きな手で背を叩かれ、真珠はすすり泣いた。
「……わかってる」
暴発させたことのない感情は、一度は吹き荒れたがすぐにしぼんでしまった。頭でわかっていることと、収まりきれない感情がせめぎ合っていて、真珠はしばらく篤宏の胸で泣き続けた。
「東京に、帰る」
ひとしきり泣いてからぽつりと真珠が呟くと、篤宏は体を強ばらせた。天気のせいで外は暗く、冬を間近にした雨は出歩くのを躊躇するような寒さを運んできていた。
「今から帰るのかい?」
心配そうな篤宏の声は、暗に真珠を引き留めていた。それに少しだけほっとする自分を感じつつも、このまま篤宏の胸で甘え続けられないことを真珠はわかっていた。
「シロくん――気をつけて。また……」
さよなら、と言わない篤宏に、もっと本気で引き留めてくれと叫びたかった。それを押し殺して、真珠は無言で傘を広げる。
足元を濡らしながら重い気持ちで歩いていると、ろくに車が通らないはずの道路を、こちらにライトを向けて走ってくる軽トラックが見えた。
「やっ、シロちゃんじゃねえか!」
クラクションを鳴らして止まった車から達雄が顔を出す。車の側面には達雄ファームと書かれていた。
「これから帰るのか? 駅まで乗せていってやろうか」
「達雄さん、忙しいんじゃ……」
「バスはあと2時間は来ねえよ。なあに、街まで往復で2時間だ。買い出しのついでに送ってってやるさ」
遠回しに遠慮を伝えたつもりだったが、気にすることはないと手を振った達雄は助手席のドアを開けた。雨の中をひとりで歩くのは寒く、達雄の申し出はありがたい。
なぜ達雄が今この場を通りかかったのかを深く考えることなく、真珠は助手席に乗り込んだ。
真珠を乗せた車はUターンして、山をくだり街に向かって走り出す。
篤宏の家は、すぐ遠くなっていった。
黙りこくった真珠に時折視線を投げながら、達雄はハンドルを握ったままで喋っていた。
テレビで放映されてから村が少しずつ変わっていったことや、街のスーパーで低温殺菌牛乳がバカ売れしたと知り合いの店長が笑いながら電話をしてきたこと。そして、真珠が忙しい中で蛍を見にきたことを聞いた村長が、自分は間違っていなかったと鼻を膨らませて得意そうにしていたこと――。
「シロちゃんが初めてここに来たときはなあ、皆驚いてたんだ。テレビにも出てるモデルだっていうし、目つきも悪いだろ? 見た目だけならいかにも都会のちょっとつっぱった若者って感じでなあ。
でもな、後からテレビであっちゃんの家の床を真剣に磨いてるところを見たら、とてもそうは思えなくなった。ばあちゃん――ミネさんがシロちゃんのことをいい子だって言うから、皆そうかそうかって思ったしなあ。張り詰めた顔してたのが段々いい顔になってって、ただの口約束じゃなくて、本当にまた遊びに来てくれて、俺達は嬉しいんだよ」
無言でいる真珠をちらりとみて、達雄はしゃべり続けた。彼の少し訛りが入った早口にも、いつの間にか慣れたことに真珠は気づく。
「たとえシロちゃんが有名な人じゃなくても、ここを気に入ってくれたってことが、住んでる俺達からしたら鼻が高いことなのさ。それでもな、たまにちょびっとでもテレビに映ってるシロちゃんを見たらな、凄く応援したくなる。お前さんは村の人間じゃねえけどよ、俺達からしたら村のアイドルっつーか……んん、モデルに向かってアイドルはねえなあ。まあなんだ、皆してシロちゃんが雑誌に載ったりテレビに出たりするのを、自慢の孫を見るようにして見てるんだ」
「自慢の――孫?」
思わぬ言葉に真珠は目を瞬かせた。確かに時々出会う人達は皆真珠に対して気安いが、そんな風に思われているとは知らなかった。けれど、夏に会ったときにカヨも村中が真珠を応援していると言っていた、あれは誇張無く本当のことだったのだ。
「ここを俺の家だと思っていいって言ったじゃないか! いつでも来ていいって、待ってるって!」
「……僕は今でもそう思ってる。誓って言うよ。でも、君が仕事を投げ出していいっていうつもりで言ったんじゃない」
「ああ……」
何もわからない子供をあやすように篤宏の大きな手で背を叩かれ、真珠はすすり泣いた。
「……わかってる」
暴発させたことのない感情は、一度は吹き荒れたがすぐにしぼんでしまった。頭でわかっていることと、収まりきれない感情がせめぎ合っていて、真珠はしばらく篤宏の胸で泣き続けた。
「東京に、帰る」
ひとしきり泣いてからぽつりと真珠が呟くと、篤宏は体を強ばらせた。天気のせいで外は暗く、冬を間近にした雨は出歩くのを躊躇するような寒さを運んできていた。
「今から帰るのかい?」
心配そうな篤宏の声は、暗に真珠を引き留めていた。それに少しだけほっとする自分を感じつつも、このまま篤宏の胸で甘え続けられないことを真珠はわかっていた。
「シロくん――気をつけて。また……」
さよなら、と言わない篤宏に、もっと本気で引き留めてくれと叫びたかった。それを押し殺して、真珠は無言で傘を広げる。
足元を濡らしながら重い気持ちで歩いていると、ろくに車が通らないはずの道路を、こちらにライトを向けて走ってくる軽トラックが見えた。
「やっ、シロちゃんじゃねえか!」
クラクションを鳴らして止まった車から達雄が顔を出す。車の側面には達雄ファームと書かれていた。
「これから帰るのか? 駅まで乗せていってやろうか」
「達雄さん、忙しいんじゃ……」
「バスはあと2時間は来ねえよ。なあに、街まで往復で2時間だ。買い出しのついでに送ってってやるさ」
遠回しに遠慮を伝えたつもりだったが、気にすることはないと手を振った達雄は助手席のドアを開けた。雨の中をひとりで歩くのは寒く、達雄の申し出はありがたい。
なぜ達雄が今この場を通りかかったのかを深く考えることなく、真珠は助手席に乗り込んだ。
真珠を乗せた車はUターンして、山をくだり街に向かって走り出す。
篤宏の家は、すぐ遠くなっていった。
黙りこくった真珠に時折視線を投げながら、達雄はハンドルを握ったままで喋っていた。
テレビで放映されてから村が少しずつ変わっていったことや、街のスーパーで低温殺菌牛乳がバカ売れしたと知り合いの店長が笑いながら電話をしてきたこと。そして、真珠が忙しい中で蛍を見にきたことを聞いた村長が、自分は間違っていなかったと鼻を膨らませて得意そうにしていたこと――。
「シロちゃんが初めてここに来たときはなあ、皆驚いてたんだ。テレビにも出てるモデルだっていうし、目つきも悪いだろ? 見た目だけならいかにも都会のちょっとつっぱった若者って感じでなあ。
でもな、後からテレビであっちゃんの家の床を真剣に磨いてるところを見たら、とてもそうは思えなくなった。ばあちゃん――ミネさんがシロちゃんのことをいい子だって言うから、皆そうかそうかって思ったしなあ。張り詰めた顔してたのが段々いい顔になってって、ただの口約束じゃなくて、本当にまた遊びに来てくれて、俺達は嬉しいんだよ」
無言でいる真珠をちらりとみて、達雄はしゃべり続けた。彼の少し訛りが入った早口にも、いつの間にか慣れたことに真珠は気づく。
「たとえシロちゃんが有名な人じゃなくても、ここを気に入ってくれたってことが、住んでる俺達からしたら鼻が高いことなのさ。それでもな、たまにちょびっとでもテレビに映ってるシロちゃんを見たらな、凄く応援したくなる。お前さんは村の人間じゃねえけどよ、俺達からしたら村のアイドルっつーか……んん、モデルに向かってアイドルはねえなあ。まあなんだ、皆してシロちゃんが雑誌に載ったりテレビに出たりするのを、自慢の孫を見るようにして見てるんだ」
「自慢の――孫?」
思わぬ言葉に真珠は目を瞬かせた。確かに時々出会う人達は皆真珠に対して気安いが、そんな風に思われているとは知らなかった。けれど、夏に会ったときにカヨも村中が真珠を応援していると言っていた、あれは誇張無く本当のことだったのだ。
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