Bastard & Master

幾月柑凪

文字の大きさ
11 / 22

Bastard & Master 【11】

しおりを挟む
【11】





 レオンは変わった……

 ボシュエの市場の中を歩きながら、クリステルは考えていた。



 これまでどちらかと言えば、クリステルの言うがままといった受身な感じだったレオンが、突然、彼女を気遣う素振りを見せるようになったのだ。

 昨夜のダンスレッスンでは、確実に動きが違っていた。
 先程のレストランでも、彼女をエスコートしようとしているのがわかった。
 まだぎこちない仕草が彼女にはくすぐったい感じだったが、その気持ちが嬉しい。



「俺、あいつみたいに出来るのかな……」
 昨夜、床についてから、レオンが小さく呟いたのをクリステルは聞いていた。

 あいつ……と言うのは、恐らくラインハルトの事だろう。

 昨日の午後、ラインハルトと接触した事が、レオンを変えたのか――
 どちらにせよ、気品あるラインハルトの貴族ぶりは、レオンのいい刺激になったのだろう……と、クリステルは思っていた。



 そんな思いを巡らせながら歩いていたクリステルだったが、武器屋の前で、ふと立ち止まった。
 狼の群を相手にした時に、レオンの剣が刃こぼれしていた事を思い出したのだ。

 覗いて見ましょうか……
 クリステルは武器屋の戸口をくぐった。



 店先の物には目もくれず、どんどん奥へ入りながら商品を眺めていると、店の奥から店主が手招きした。

「お客さん、上等な武器をお探しだね?」
「いえ……見せて頂いているだけですけれど……」
 クリステルは物怖じする事無く微笑んだ。
 すると店主は笑って、見るだけでもいいさ……と言った。

 目の肥えた客は、店先の商品になど決して関心を示さない事を、店主は知っているのだ。
 エセ剣士の多くなった昨今、店主がこだわって仕入れた良品を持つに相応しい客は、とんと現れない。
 ふらりと入ってきたクリステルはしかし、見る目を持った客であると、店主は直感していた。

「お客さんが持つのかい?」
 店主は、カウンターの脇にある戸棚を開けながら訊いた。

 クリステルは、いいえ……と首を横に振る。
「連れにどうかと思いまして……」
 店主は振り返ってニヤリと笑った。
「男かい?」
「ええ……」
 クリステルは苦笑して頷く。

「じゃぁ……このあたりはどうだい?」
 戸棚の中の剣を指し示す店主の手元を見て、クリステルは首を横に振った。
 きらびやかな装飾がされていて値の張りそうな物ばかりであったが、クリステルが求める剣とは違っていたのだ。

 店主の顔から笑みが消えた。
 吐息をついて、戸棚の扉を閉める。

 くるりと踵を返して奥のドアに手を掛け、クリステルを振り返った。
「待ってな……」
 そう言った店主の目の奥には、彼女を称賛するような輝きがあった。



 一陣の風が、戸口から店の中に入り込んできた。
 それはクリステルの耳元でそっと髪を撫でる。

 レオンが……?
 何者かと接触……。

 クリステルが眉根を寄せた。

 しかし危険はない……と、風の精霊が囁く。
 クリステルがほっと吐息をつくと、風の精霊は、ちょっと可笑しそうに、プティは不機嫌だ……と、付け加えた。

 その意味を問おうとした時、奥の扉が開いて、店の主人が出て来た。手に二振りの剣を持っていた。



「これが……値打ちのわかる者にとっては、うちの店の最高級品だ」

 カウンターに並べられたそれらは、今しがた戸棚の中にあった物よりはシンプルで飾り気の少ない物であったが、剣としては秀逸な作品であると思われた。
 同じ型で、控え目ながら質の良い小さい石が、色違いで飾りに付けられている、双子のような剣であった。

「いいですね……」
 呟いたクリステルに、主人は、だろう……? と言った。

「もう引退したが、腕のいい鍛冶屋が同時に作った二振りだ。出来はどちらも申し分ない。宝石の色が違うだけだ」



 片方は緑、もう片方は青。

 この宝石も、その刀鍛冶がこだわって選別したものなのであろう。
 クリステルはそれをじっと眺めた。

 上品で思慮深い輝きを放つ緑の石。
 清廉で高貴な輝きを放つ青い石。



 どちらが彼の気に入るのだろう……。
 クリステルはレオンを思い浮かべながら、ひととき考えを巡らせ――

 やがて一振りを手に取った。

「では……こちらをいただきましょう……」

 店の主人は、満足げに微笑んで頷いた。





 待ち合わせの場所に現れたクリステルは、長い形の包みを抱えていた。

「何を買い込んだんだ?」
 レオンが目を丸くして訊くと、クリステルは微笑んで、レオンの腰の剣を顎で示した。

「あなたの剣、刃こぼれしていたでしょう? 良い品を見付けたので、衝動的に買ってしまいました」

 冷静なクリステルが衝動買いというのにも驚いたが、それが自分の剣だと知って、レオンは唖然とした。
 包みを受け取って、その包装を開こうとするレオンの手を、突然クリステルが止めた。

「何だ?」
「ええっと……」
 珍しく、クリステルが困ったような顔をしてみせる。
「緑と青……あなたはどちらがお好きですか?」

 はぁ?
 急に突飛な質問をされて、レオンはぽかんと口を開けた。

 それでも、レオンの答えを待つように、クリステルはじっとレオンを見つめている。
 レオンもまた、吸い寄せられるように、クリステルのロイヤルブルーの澄んだ瞳を見つめ返す。

「青……」
 思わず、口をついて出た。

 クリステルが、はっと我に返ったのが、レオンにもわかった。
 急に気恥ずかしくなり、レオンは包装紙をガサガサいわせた。
「開けていいか?」
「どうぞ……」
 クリステルが短く答える。

 包みの中から出てきた剣は、レオンの身体が思わず震えるような、素晴らしい一振りであった。

 柄の部分の、飾りの小さな宝石が、太陽の光を受けてきらりと輝く。
 高貴な青い輝きが、レオンの溜息を誘う。
 クリステルの問いに、クリステルの希望する答えを返せた事が、レオンは嬉しかった。

「本当に……すごく良い剣だ……。ありがとう……」
 静かな口調に、抑えきれない感動が見え隠れしている。
 クリステルはそんなレオンに、ただ黙って微笑みかけた。



 どこか照れたように微笑み合うふたりの背後で、わざとらしい咳払いが聞こえた。

「あ……」
 レオンがまずい事を思い出したように、顔をしかめた。

 クリステルは苦笑した。
「風の精霊から聞いています。子猫をどこで拾われたのですか……?」
 こっそり耳打ちしたつもりだったが、背後の少女は聞き耳を立てていたらしく、引っ掻くわよ……と、呟いた。

「拾ったわけじゃない。市場で話し掛けられて……答えたら……ついて来やがった」
「困りましたね」

 レオンとクリステルが小声で会話するのが気に入らないらしく、少女は、ぐい、と近寄って来た。



「貴族の女って嫌味ねぇ。物を買い与えて男の気持ちを得るなんて、お嬢様のする事とは思えないわ~。ああ、はしたない」
 聞こえよがしに呟く。

 レオンがむっとして振り返った。
「俺は、買い与えられたつもりはない。払えるようになったら、金は返す。その事は、クリステルも了承済みだ」
「あら、そう……?」
 悪びれる様子もなく、ケロリと言う。

「あたしはネリー。スピリッツ・マスターよ」
 言いながら近付いて初めて、レオンの陰になって見えなかったクリステルの杖が目に入った。

 う……
 紫の石……。
 しかも身の丈の杖……。

「クリステルと申します」

 敢えて、名前しか名乗らない。
 見ればわかるだろう……という態度が、ネリーの勘に触る。
 自分は胸を張って言ってしまった事がくやしい。

 もうすでに、思い込みが激しく、負けず嫌いの性格に火が点いていた。
 そして、更にそれは強く燃え上がろうとしていた。

「さすが、お金持ちは凄い杖を持っているのね。でも、その杖をもってしても、レオンの護衛にプティみたいな小さいのしか付けられないなんて、ちょっと可哀想な実力……」
 くすくす笑って言う。

 プティは怒って、砂埃をネリーに向けて巻き上げた。
 レオンとクリステルは呆れて目を丸くした。プティが怒るのを止める気にもならない。



「言っただろう? プティは友達。護衛は別にいたんだ」
 吐息混じりにレオンが言う。

「え?」
 笑うのをやめて、きょとん、と、ネリーがレオンを見た。
「だから……」
 もう一度説明しようとしたレオンの側を、クリステルが無表情で歩き出した。

「お気付きにならなかったのでしょう」
 ぽつり、と、ひとこと残して、クリステルは街を出るべく歩いて行く。

 レオンはまた溜息をついて、やれやれと頭を振った。
 踵を返し、クリステルの後を追う。



 漸く、ふたりの言った意味がわかって、ネリーは唇を噛み締めた。
 杖を握る手が、ぶるぶると震えた。

 負けない……
 レオンからは離れないんだからっ……。

 ネリーの闘志は、今や消火不可能なほどに、メラメラと燃え上がっていた。





                                       つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...