Bastard & Master

幾月柑凪

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Bastard & Master 【12】

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【12】





「え~こんな所で野宿なの?」
 ネリーが抗議の声を上げる。
「嫌なら他所へ行け」
 レオンが吐息混じりに言う。



 馬で出発したレオンとクリステルを、ネリーは走って追って来た。

 何が何でもついて来るつもりらしく、二人が振り切ろうと馬を早駆けさせると、絶叫にも似た声で大泣きされた。
 仕方なく、レオンが馬に乗っけてやり、不本意ながら三人旅となったのだ。



 ネリーはクリステルに対して、妙な対抗意識をもっているようで、その態度は辛らつだ。
 初めは穏やかにあしらっていたクリステルであったが、彼女が穏やかであればあるほど、ネリーの癇に障るらしい事がわかり、いつしか言葉を交わさなくなった。
 間に立たされたレオンはやり辛くてしょうがない。

「だって、あとちょっと行けば次の町があるはずよ~。宿代ケチるわけ?」
「俺はハウスの方が落ち着くんだ。お前は勝手に行けばいい。二時間も歩けば着くだろう」
 レオンはにべもない。

 ネリーはぷっと顔を膨らませた。
「いやよ。だいたい、二時間も歩いてたら日が暮れてしまうじゃない。女の子を一人で歩かせる気? あたしはレオンと一緒にいるのっ」
「勝手にしろ……」
 言い放って、レオンは馬から荷物を下ろしているクリステルに歩み寄った。



 すっ……と、クリステルと馬の間に割って入り、作業の主導権をレオンが握る。
 クリステルが、ちょっと驚いたように見つめて来るのを感じて、レオンは照れ臭かった。

「すまない……。何だか、おかしな事になってしまった……」
 レオンが小声で困ったように呟くと、クリステルは、ふっと微笑んだ。
「あなたのせいではありませんよ」
 やはり小声で返されて、レオンは安堵の吐息をつく。

 クリステルの微笑が、自分をどれだけほっとさせてくれるか、レオンは初めて気付いた。



 そんな二人の様子を面白くなさそうに見ていたネリーが、大声でレオンを呼んだ。
「ねーねーレオンってば~!」

 レオンは盛大な溜息をついた。クリステルとまともに話もさせてもらえない。

「ここは構いませんよ……。行ってあげて下さい。でないと、また大変ですよ」
 クリステルがレオンを気遣うように言う。



 行かないよ……と、言いたかった。

 しかし、行かなければまたネリーはクリステルに辛くあたるだろう。



 レオンは荷物を運ぶまではやり終えて、ネリーを振り返った。

「何だ?」
 無愛想に振り返ったのに、それでもネリーは嬉しそうに笑っている。

 やれやれ……と首を振って、レオンはネリーの側へ寄る。

「あたしだって、ハウスくらい作れるのよぉ」
 ネリーは胸を張ってそう言い、杖を掲げた。

「我が名はネリー。万物に宿る精霊達よ……我が呼びかけに応え、我の助けとなれ」
 朗々と名乗りを上げるネリーに、レオンは声を立てて笑った。
「大げさなんだな……我が名はネリー……だなんて」

 ネリーは目を丸くした。
「あら……これはスピリッツ・マスターの正式な名乗りよ。こうやって名乗る事で、精霊たちに注意を向けてもらうの」

 え? と、レオンは笑うのを止めた。

「え? って……あの人だってやるでしょう?」
 ネリーに訊かれて、レオンは首を横に振った。

「いや……クリステルが自分の名前を名乗っているのは、一度も聞いた事がない……」
「そんなの嘘よ」
「嘘じゃない」

 狐につままれたように、二人はクリステルを振り返った。

 が――
 すでにその姿は、辺りの景色に溶け込んでしまっていた。





 食事の仕度が出来た事を告げるために、ハウスから出て来たクリステルは、そこで思わず小さな悲鳴を上げた。

 レオンの生首が、宙に浮いていたのである。

 生首のレオンはクリステルを見て、苦笑した。
「ちっせ~……このハウス……」
 その呟きでクリステルは漸く、レオンの首から上が、ネリーのハウスに入り切らず、はみ出しているのだとわかった。
「驚かさないで下さい……」
 クリステルが言うと、にょきっと生えて来た手が、生首の頭を掻いた。



「あれ~? レオンのサイズにはちょっと小さいかなぁ……」
 突如、何もない空間から姿を現したネリーが、唇を尖らせて言った。

「ちょっと、じゃない……」
 言いながらレオンが動いて、漸く生首が身体にくっついた状態でクリステルの視界に納まる。
「これはお前用の一人部屋だ。クリステルでもはみ出てしまう」
 レオンは肩を竦めた。

 ネリーはそこにクリステルが佇んでいるのに気付いて、顔をしかめた。
「なぁに?」
「食事の仕度が出来ましたが……」
 クリステルが無表情に言う。

 ネリーは辺りを見回した。
「どこに? 火も起こしてないじゃない」

「ああ……すまない。またすっかり任せてしまった」
 挑戦的な態度のネリーを無視して、レオンはクリステルに言った。
「いいえ……そんな事は構いません」
 くるりと背を向けてハウスへ向かうクリステルの顔は、穏やかであるが、微笑みはなかった。

 レオンの胸が、ちくり、と痛んだ。





 クリステルのハウスの中には、かまどまであり、食事も中で作って食べるのだと聞いたネリーは、プライドが傷付いたらしく、クリステルのハウスに入るのを拒否した。

 レオンは、放っておけ……と言ったが、クリステルは、三人分作ったのですから……と、食事を外へ運んだ。



 ここ数日の間に、ふたりで築いてきたふたりのペースが、ことごとく乱される。

 クリステルがだんだん笑わなくなった……
 レオンはストレスが重く圧し掛かってくるのを感じていた。



「不公平よね」
 スープを口に運びながら、ネリーが呟く。

「旅をしながら困った人の役に立つのが、スピリッツ・マスターの務めでしょう? なのに貴族だってだけで、その務めを放棄して、王宮で華やかに暮らしているなんてね。それなのに、立派な杖を持って、凄い師匠の下で勉強させてもらってさ~。術師の能力までお金や地位で買えるなんて、なんか頭に来ちゃう」

「いい加減にしろよ」
 レオンがたしなめると、ネリーは、ぷぅっと膨れた。

「だって、本当に困っている人のために使わないんだもん。満たされた人たちには、術師の能力なんて必要ないじゃない。貴族様に趣味の感覚でやられちゃぁ、真面目にコツコツやるしかないあたし達がバカみたいじゃない。我慢ならないのよ」

 クリステルは答えない。
 無表情に、黙々と食事を続けている。

 ネリーは嫌味な溜息をついた。
「貴族様は、こんな卑しい者の言う事なんて、お耳に入らないご様子ね」

「ネリー……もうやめてくれ。聞きたくない」
 静かな口調でレオンが言った。しかし、その目が怒りの色を映している。
 ぶすくれて黙ったネリーに、レオンがたたみかけた。

「悪いが、俺も貴族だ」

 はっと、レオンを見上げたネリーは、唇を噛み締めて立ち上がった。
 そのまま踵を返し、自分のハウスへ走り去って行った。





「俺も貴族だ……か……」
 クリステルのハウスの中で、レオンが苦笑混じりに呟いた。

 まだろくに自覚もないのに、言わずにいられなかった。
 そう宣言する事で、ネリーのクリステルへの攻撃を、自分も一緒に受ける事が出来るような気がしたからであった。

「彼女を……傷付けてしまいましたね……」
 クリステルが沈んだ声で言う。

 傷付いているのは、お前だろう……?
 レオンはクリステルの青い瞳を見つめて問う。

 口には出さなかったが、クリステルはそれを読み取ったのか、小さく吐息をついた。



「彼女の仰った事は、半分は当たっています……。私たち貴族の術師は、職務の性質を、本来のものから軌道修正しなければなりませんでした……」

 レオンはカップに紅茶を入れ、クリステルに手渡しながら、目で続きを促した。
 クリステルはやっと小さく微笑んで、ありがとうございます……と言った。

「やせて作物の実らない土地。日照りが続いている地方。疫病が蔓延し、バタバタと人が亡くなっていく村……。世界中に、私達を必要としている人々はたくさんいます。スピリッツ・マスターは、諸国を廻る旅をしながら、そういった人々に手を差し伸べるのです。……大地の精霊の力を借りて、土地を肥えた物に変たり、雨雲を呼び寄せたり……。枯れた泉に水の精霊を住まわせ、川のない地方まで水路を引いた事もあります。それが……本来の私達の仕事なのです」

 クリステルはカップに口を付け、ほぉっと、溜息を吐き出した。

「私も以前は一年の半分近くを、そういった旅に費やしました。しかし、年老いた師の代わりに、王宮の筆頭術師となってからは、滅多に都を離れる事がありません。もちろん、葛藤がなかったと言えば嘘になります。でも……王のお命が、国中の民の命運を握っているのだと思えば……この職務を全うする事が、私に出来る最大の勤めなのだと……今は思っています」
 クリステルはまたひとつ吐息をつき、そっと頬を撫でるプティを見上げた。

「貴族の術師も、遊んでいるわけではありません。時間が許せば、辺境の地へも出掛けています。……しかし国を守るため、要人を警護する任を受ける事がどうしても多くなります。それがネリーには無駄な事に思えるのでしょう」

 クリステルは小さく首を横に振る。

「主が代われば民の生活も変わる……その理を、平均して満たされている我が国の民がどれだけ理解しているか……。ネリーにも、それをわかれと言うのは、無理な話なのでしょう」



 話し終えて、自嘲気味に微笑むクリステルを、レオンはじっと見つめていた。

 自分と同い年のクリステルが、その華奢な肩に、重い荷物を背負って生きているのだと知り、痛々しくさえ感じる。
 しかし、普段は多くを語らず、毅然と、強くある姿――

 これが、王宮の筆頭術師……
 その事実が、レオンに感嘆の吐息をつかせる。

 やはり、ただものではなかったのだと、今更ながらに思った。
 そして、王はそんな重要な任につく術師を、自分の元へ寄越したのだ。



 自分の行く先に、何が待っているのか――
 想像を越える何かが、そこにちらついて、レオンは目眩を感じた。





   つづく
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