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第一章・美麺を制する者、世界を制す

俺のたったひとつの願い

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俺は是が非でも、どうしても血よりもカップヌードルが食べたかった。

なにせ、家では昼になると必ずと言っていい程、カップヌードルばかり食べていたからである。

俺はカップヌードル中毒だった。知らない間に、俺の不登校青春生活にカップヌードルは欠かせない存在となっていたのだ…。

親のいない昼間の家で、ひとり食べるインスタント麺との、ささやかな幸せの瞬間。あの麺の柔らかさ、謎肉のプチプチした食感、怪しい卵の優しさ…そう、その全てを失った俺は、千年の友との今生の別れを嘆いていた。

そこで、俺は再び愛しのカップヌードルちゃん(特に基本中の基本、ベターなしょうゆ味)と相見える為に、俺は「スーパーソニックブレイド」の世界各地から大量の書物を呼び寄せる事にした。

そして、様々な魔導書グリモワールを読み解いてみたのである。

俺は人間界にいた頃は、国語のテストは万年2点だった。書物を読み解くのはなかなか難解だったが、幸いな事に、このチートな体では魔術を覚えるのもかなり早い。記憶力もよく、些細な事も忘れなかった。少々余計な事も記憶してしまうのが難点だったが………。

そこで様々な書物を読んでいるうちに、俺はある過ちに気がついた。現実世界にいた頃、俺は尋常でないチート能力を持った主人公達が活躍するネット小説やライトノベルを読むたびに、『力任せで展開が強引なだけ』『作者や読者の自己陶酔に過ぎない』『チート主人公達は向上心がない』『あまりにも理想論すぎて現実を甘く見ている』『生まれ持った才能に頼りすぎて努力を馬鹿にしている』などと明け透けに見下していたのである。

だが、実際にその立場になってみてわかったのだが、チートはどうもチートでしかなく、全知全能の神とはまた違うのが判明した。

そもそも全知全能の文字通りの無敵なんて存在しないし、表現する事もできないだろう。天才もある程度の努力をしなければ、天才足り得ないのだ。

確かに生まれつき恵まれた才能を持つ人間は存在する。だが、彼らも知らない事は世界中にたくさんある。また、たくさんの事ができるという事は、逆にいえばできない人の特性がわからないため、できない人の、弱者の気持ちがわからないゆえに、強者はなにもできない事もある、と膨大な書物を読んでいる内に悟った。

チートも状況によってはチートではなくなる。

つまり、チートにはチートなりの弱点がある。

多少の弱点があるのが、チート。

弱点が全くないのが、全知全能、と覚えればいいのか。

つまり、『主人公最強!』などと漠然とした言葉で表すから定義がわからなくなるのである。

俺は、チートという言葉を、『完全無欠』という曖昧模糊な意味で捉えるのではなく『一芸に秀でた人物』と明確に定義するようになった。

そもそもチート故に、『自分が偉い』と驕り高ぶる事も弱点のひとつかもしれない。

大体この世界にチートとして来てわかったのだが、不老不死の吸血姫なチートでもうんちはするし、風呂には入らないといけないし、多少の風邪は引くし、チートでも食事は必要だ。また確かにチート故に敗北はないが、それ故に恨みを買う。また、敗北はないが、敗北がない事がそれすなわち平穏で、理想的な生活ではない。

人間、力だけではなく人望もかなり重要な割合を占める事が魔導書を読んでいく内に次第にわかってきた。

確かに俺は強い。だが、今のこの状況ははっきりいって自由じゃない。平和でもない。勿論、幸せかと言われると、そうではない。

俺に城暮らしなんて合わない。俺は穏やかな生活の方が好みだし、こんな王国の君主なんて、責任が重そうな立場、はっきりいって嫌なのであった。

それなのになんでそうキャラクターメイキングしたのかといえば、単に暇つぶしなだけだ。俺の理想と俺の妄想は違う。確かにそういうゲームも沢山してきたが、それはあくまでもゲーム上の設定であり、こうなりたいとか、ああなりたいなどと思っていた訳ではない。現実にまで理想を持ってこようとは思わなかった。

こう考えると自由の定義って難しい。他人からすれぱ確かにこの状況は羨ましいし自由を謳歌しているようにみえるのだろうが、俺にとっては息苦しい不自由でしかなかった。これなら、チートじゃない不登校時代の方が遥かにマシだ。

まあ、自分の性格が合わなければ、どんなに他人からみて羨ましい環境でも、本人は苦痛な訳で。

俺はそんな風に『平和』と『自由』と『理想』の定義について悩みながらも、魔導書を読み漁り、研究を続けた。

(異世界に行く方法、異世界に行く方法…)





「最近姫君は、なにをそんなに熱心に研究なさっているのでしょう」

本を読み漁るアデリナを、棚の片隅から一瞥したグラシエラが金髪のメイドに言う。

「きっと姫君のことだから、なにかとんでもなく素晴らしい研究をなさっているに違いないわ」

金髪ツインテールのメイドがうっとりする眼差しで言った。

そんな噂話をされているとは知らず、俺はひとり悶々と作業を続けた…。




気がつけば、半年の月日が流れていた。

俺は、城にある全ての魔導書を読破していたのである。

魔導書だけではない。なにか現実に戻れる方法の参考になるかもしれないと思い、兵法書、戦略書、法律書、武器一覧表、地理や、政治…ありとあらゆる書物を、俺は頭の中に叩き込んでいたのである。

しかし、膨大な知識はあっても、それはまだ机上の空論に過ぎなかった。

頭からっぽなニートが、ただの経験不足な頭でっかちなおバカさんになっただけである事を、俺は自覚していた。

まあ、要は俺はとりあえずチートなのに、最大の弱点のひとつであった『バカ』を克服するべく、無意識の内にかなり努力していたのである。

『カップヌードルを食べたい』というたったひとつのささやかな願いの為だけに、切磋琢磨していたのであった…。

しかし、残念な事に、膨大な知識は習得したが、異世界に行く方法はみつからなかったのである。

この世界から、あっちの世界には行けるのに。

俺は歯噛みした。

この城にある、最後の未読だった本を閉じる。

こうなったら…。

残された手段は、ただひとつ。

あの謎だらけのレシピである『カップヌードル』を、この手で再現するしかないという事だった……。
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