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第一章 突然の婚約と一方的な婚約破棄
8 愛するが故
しおりを挟む話は二年前へと遡る。
隣国との戦端が開かれたと言う一報を齎され、満を持したシリルが東部への遠征を上司でもある総騎士団長へ申し出た時の事。
当然の事ながら今回の遠征について総騎士団長は元より、軍上層部はシリルの遠征を善しとはしなかった。
王女の父親でもある国王も然り……だ。
シリルが国王の溺愛する娘の婚約者である事もさながら、その一方では彼個人の騎士としても優秀過ぎた故なのだ。
それに戦地には既に他の幾つもの騎士団を派遣していた事もあり、また第一騎士団と言えば数多ある騎士団の中でも精鋭中の精鋭。
そこには決して望めば必ず入団出来る所ではない。
そう、選ばれた者達だけが所属する事を許される一団――――それが第一騎士団なのだ。
彼らは王族を護る近衛騎士団の直ぐ下に位置づけをされてはいるのだが、実能力上では近衛騎士団の遥か上をいく。
だから大抵は王都を離れる事もなく、いや離れる時は重要な案件を任された時のみ。
シリルはその精鋭中の精鋭の騎士であり、選ばれた騎士達を束ねる団長なのだ。
従って今回の戦いにおいても、行く行くはバリッシュとの戦いに赴く筈である事は誰もが皆予想はしていた。
でもだからと言って何も精鋭部隊が最初から出兵する事はないだろうと、それは王だけでなく大臣達も素直に頷く事はなかったのだがしかし、シリルは敢えてここぞとばかりに王達へ進言する。
「陛下、我がマンヴィルの宿敵とも言える隣国バリッシュとの戦いは最低でも五年、いえ長ければ十年と言う時が費やされているのが現状なのです。そしてその為に数えきれない程多くの仲間達の命をも天へと還っていくのもまた事実」
「……してシリルよ、一体何を言いたいのだ」
「はっ、陛下何卒我が第一騎士団へ勅命を賜りたいのですっっ。我がマンヴィルの領土を脅かす宿敵バリッシュの侵攻を阻止せよ――――と!!」
「うっ……むぅ!?」
鮮やかなエメラルドグリーンの瞳が真っ直ぐに王を射抜くが如く、また懇願とも言える強い思いを秘めた視線に王は暫し瞳目する。
確かにシリルの言う通り常は戦況が中盤となり、両国共に被害が多数出た頃を見計らってからの第一騎士団を派遣させていた。
そう一国の王として何時も多くの騎士達をむざむざと死なせる事は決して本望ではない。
ただバリッシュとの戦力は常に互角。
それ故に犠牲は伴うも、互いの戦力がある程度削げた所で、漸く雌雄を決してきたと言ってもいい。
また長い戦いになるであろう所へ、態々大きな戦力である第一騎士団を失わす訳にもいかない。
それとは別に彼の娘――――ベルセフォーネはつい先日目の前にいるシリルと婚約したばかり。
まだ婚約披露さえも済ませてはいない。
そんな二人の間に愛情は……いや少なくともシリルは王女を愛していない事は王自身当にわかっていたが、全ては承知した上での婚約。
そう、愛しい娘が唯一望んだのがシリルとの……婚約。
端から見れば一国の王でありながらなんと愚かな親よと揶揄されても仕方がない。
それでもだっ、この時の王は何としても愛する娘の願いを叶えたかった。
そして出来るならばほんの一時でもいい、二人で穏やかな時間を過ごして欲しかったのだが――――。
「五……いや二年だっ、二年の内に戦を終決せよ!! それ以上は待たぬっっ!! よいかっ、二年後もし戦が終決せぬ時はこの私、氷炎の魔王が直接打って出る!!」
「「「国王御自ら遠征かっっ!?」」」
「へ、陛下――――っっ!?」
地の底より響き渡る様な王の発した言葉に一同が一斉に浮足立つ。
七年前より一線を引いた王がまさかの出陣!!
それは宰相を含む一部の者達しか知らない、王が愛する娘を想う故の心。
また王の意気込みを知った元帥、そして将軍達もこの戦いは何としても早急に終決せねばならぬと覚悟した瞬間でもあった。
王を決して戦に出さぬ事。
シリル以外のここにいるだろう国の文武における上層部の者達は、なんとしてもこの二年内に戦に決着をつけねばと、その為にはどの様な努力も惜しまないと腹を括った瞬間であった。
そうしてシリルは周囲の思惑に全く気付かないまま、東の国境近くへと逃げる様に出征した。
婚約者?そもそもシリルにとって幾ら助けて貰ったとしても、愛する者がいる以上心までは差し出す事は出来ない。
シリルにとってこの戦は言わば賭――――なのだ。
実家である公爵家や国王、そして王女の面子等失う事無く、ただ穏便に婚約を破棄し、愛するアイリーンと添い遂げるには、この戦で大きな手柄を得なければならない!!
そう、この戦いこそ彼にとって色々な意味でのターニングポイントとなったのである。
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