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第二章 交差する想い
6 心に咲いたブルースター パーシヴァルSide
しおりを挟む僕が王都での生活に慣れた頃、シリルとも予想通り実の兄弟の様に仲良くなったんだ。
同じ年齢だから当然勉強から剣の練習まで何でも一緒。
毎日が楽しくてあっという間に過ぎていく日々。
ずっとこのままで逢って欲しいと考えてしまう時も正直あったよ。
でも悲しい事だが未来へ続く道までは一緒ではない。
何故なら僕は当初の予定通りに将来はカーク侯爵となり、王都よりかなり遠方にはなるけれども美しくて広大なカークの領地を経営する事になる。
そうして父の様に愛に振り回される事のない、いやまあ仕事はちゃんとしているけれどね。
でも僕は父の様に一人の女性を盲目的に愛そうとは決して思わない。
あくまで結婚と言う契約を交わすのは貴族の義務でしかない。
領民の為に父以上に素晴らしい領主となるのが僕の生きる目的なのだから……。
一方シリルは伯父上の後を継いで宰相にはならず、お祖父様の様な誰よりも強い騎士になるのだと決めているらしい。
勿論ベディングトン公爵家の嫡男はシリル一人のみ。
幾ら伯父上や伯母上が余所で子を生し、その子らをシリル以上に愛しているとしてもだっっ。
次代のベディングトン公爵を名乗れるのはシリルただ一人だけ。
でも莫大な財の管理と広大な領地運営だけでも大変だと言うのにシリルは騎士に、然も総団長を目指すのだと、一片の曇りのない眼で言い放つだけじゃあなく――――。
「パーシー俺はこの国……いや何時かこの世界で一番強い騎士になるんだっっ。そして俺の命よりも大切な……」
「リーンを護る為でしょ。もう耳にタコやイカ、いやいや魚までもが僕の耳に沢山生息しているのじゃないかと思うくらい君から一日に百回以上は愛しのアイリーン嬢の話を聞いているよ。いや僕はアイリーン嬢でもうお腹が一杯だよ」
「お、おい、パーシー何も……っっ」
「いやいやもしかすると百回以上かもね」
「おい止めろってパーシー!! 俺はそんなにリーンの話なんかしていないってっっ」
「いやいや言っているって。ねぇアシュクロフト夫人も聞いているよね」
僕達へおやつを勧めてくれているややふっくらとした体型の、何時もその少しふっくらと柔らかなパンの様な優しい手で僕達の頭を撫でてくれるアシュクロフト夫人は、コロコロと楽しげに笑って頷くんだ。
「そうで御座いますわね。パーシヴァル坊ちゃまの仰られます通り、シリル坊ちゃま様はお口が開けばアイリーンお嬢様の事ばかりですものね。あ、後もう一つ……夢の中においてもに御座いましょうか。時折シリル坊ちゃまはお休み中にでもアイリーンお嬢様のお名前を口ずさんでおられますものね」
「アシュクロフト夫人!!」
座っておやつの焼き菓子を口の中へ運ぼうとしていたシリルは顔――――だけでなく、全身林檎の様に真っ赤に染め上げつつ、がたんと大きな音を立てて勢いよく椅子より立ち上がり、慌ててアシュクロフト夫人の許へ駆け寄ると、彼女へ向かってぴょんぴょん跳び付きながらシリルは一生懸命に彼女の口元を抑えようと試みる。
そんなシリルをアシュクロフト夫人は、青く大きな瞳を細めて優しげに微笑みそして――――。
「シリル坊ちゃまお行儀がお悪う御座いますよ。さあさあお早くお席へお付きになっておやつをお召し上がり下さいませ」
「〰〰〰〰っ、皆して揶揄わないでほしいよ、全く……」
両の頬をぷっくりと膨らますシリルは、アシュクロフト夫人に背中を優しく押されながら席へと戻る。
その様子を僕はクスクスと微笑みながら見つめている。
優しい、そうとても泣きたくなる様に優しくも幸せな時間。
この頃の思い出は、大人になった今でも僕の大切な宝物。
そしてその夜二人で一緒に寝台で眠りに就こうと言う時に、シリルは小さな声で囁く様に言ったんだ。
「今度リーンへ逢いに行く時にパーシーにも彼女を紹介するよ。俺の一番大切な宝物のリーンをね」
「うん楽しみにしているよ」
あぁシリルもまた唯一の女性を既に見つけていたんだ。
父と同じ様にならなければいいとこの時の僕は心より、8歳にしてもう愛と言う化け物に囚われてるシリルへ同情をすると共に、彼と彼のアイリーン嬢がずっと長く生きてくれる事を心より願った。
そして一ヶ月後の週末にその時はやって来た。
僕とシリルは馬車で30分程の所にある少しこじんまりとした、でもとても落ち着いた造りのタウンハウスへ訪問したんだ。
出迎えてくれたのはキャラガー伯爵家の執事……なのは当然だよね。
でもその背後よりひょこっと何か小さなものが出てきたんだ。
そして思わず、いや瞬時に僕はそこにあるブルートパーズの瞳へぐいぐいと吸い寄せられいく。
ツインテールにされたクルクルと巻かれている柔らかそうな亜麻色の髪。
ぷっくりと膨らむ頬はきっと甘い綿菓子の様に柔らかいのだろうと思った。
だって僕が少しでも触れてしまったら、この柔らかそうな頬は途端に消えてなくなってしまうのかとさえ思えたんだ。
でも何よりも僕のささくれ立った心を鷲掴みにしたのは――――。
ふわりと柔らかな彼女の笑顔は、まるで満開のブルースターそのものだったんだ!!
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