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第二章 交差する想い
8 絡み合う想い パーシヴァル&アイリーン
しおりを挟む「どうしようっ、どうすればいいのパーシー!! 私、私は……っっ!?」
「落ち着くんだアイリーン、君は何も心配しなくてもいい。全ては僕が悪いのだからね。リーンの弱っている所をつけ入り、僕はリーンの純潔を散らせ尚且つ僕との子供を身籠らせたのも全ては僕の責任だ。だからリーンは何も悪くもないし何も心配しなくていいのだからね」
「パーシー……パーシーが全て悪い……の?」
「そうだよ、全て悪いのは僕だけ。リーンは何も悪く等ないよ」
「そう、私は悪く――――ないのね」
そうしてアイリーンはカーク侯爵家のタウンハウスへ向かう馬車の中で何時もの様にパーシヴァルの膝へ座り、彼の逞しい胸の中へと甘える様に顔を埋めて眠りに就き始める。
「ねぇリーン、一つだけ聞いても……良いかい?」
「ん、なあにパーシー」
「君は、リーンはお胎の子を無事に産んでくれるのかな?」
「お胎の……子。私とシリルの?」
「え? あ、いや、そう……だね。今はそうしておこうか。うん今は何も考えずにゆっくり眠るといいよ」
「ええ、本当に凄く眠いの。ふふ、パーシーの、シリルの腕の中は何時もとても心地がいい……わ」
「有難う、僕はその言葉だけで十分幸せだよ。今だけ、ほんの瞬間だけでいいんだ」
「……んぅ……」
パーシヴァルの腕の中で安心した様に、アイリーンはあっという間に眠りの中へと誘われていく。
まるでそこが自分の場所であるかの様に、すやすやとあどけない表情を、アイリーンは無防備にもパーシヴァルへと晒していた。
それは未婚の令嬢にあるまじき行為である。
だが昔よりアイリーン自身一度心を許した相手には無防備になってしまうと言う厄介な癖があった。
常日頃仮面を装着し、自身の心を幾重にも鋼鉄の鎧に包み、社交界と言う戦場で堂々と戦い続ける貴族達にとっては絶対にあり得ないもの。
貴族令嬢らしかぬ奔放な性格のアイリーンは、ある意味その性格故に社交界でも有名だった。
また疑う事を知らず物事を深く考えない。
貴族令嬢としてはやや致命的とも言える。
だが自身が願った事は必ず叶えられると、それが当たり前の様に育ったのがアイリーンと言う乙女である。
そしてそう強く信じていた彼女にとって、生まれて初めて望んでも叶わない事がこの世の中にはあるのだと知ったのが、偶然にもシリルと王女の婚約だった。
キャラガー伯爵家内において、貴族社会では珍しく両親よりたっぷりと愛情を注がれて育ち、また愛に飢えていたシリルとパーシヴァルと言うよく似た境遇とその見目麗しい二人の王子様より愛され護られた故になるべくしてなったのかもしれない。
ほんの小さな架空の国の王女さま。
二年前シリルと王女の婚約を知らされたアイリーンは、その一報を知ると同時に一気に絶望の淵へと叩き落とされたのだ。
そうして想い人であったシリルはそんな彼女の許へ訪れる事無く、現状より逃げる様にして王都を後にしたのだ。
昔から何時もシリルとパーシヴァルの二人は、アイリーンが少しでも困った事になれば直ぐに駆けつけ、物語の王子様の様に優しく助け出してくれた。
それがあの時に限ってシリルはアイリーンの許へ駆けつけるどころか、状況がわからず混乱の中にいるであろう彼女を、理由はどうであれ放置したのだ。
アイリーンを守ると誓ったシリルが見捨てた事実を、彼女は容易に受け入れられなかった。
勿論その後シリルより戦地から手紙や伝達魔法で丁寧に説明が成され、そして愛する女性はアイリーンだと告げられ、そこで初めて安心する事が出来た。
そう、安心出来たのはほんの少しで最初だけ。
幾ら魔法や手紙で説明されたとしてもだっ、実際彼女の許へ直ぐに駆けつけてくれたのは、そんな二人を何時も心配し見守ってくれていたもう一人の美しいパーシヴァルだったのだ。
紳士らしく優しい言葉と温かな抱擁が、生まれて初めて出来てしまった心の隙間を見る間に癒していく。
パーシヴァル自身も色々と忙しいのにも拘らず、何とか時間を作り出しつつアイリーンの許へ日参していた。
だがこの時のパーシヴァルは別にシリルより彼女を奪う等毛ほども考えてはいなかった。
パーシヴァルはシリルと王女の婚約へ至った経緯をちゃんと理解していた故、シリルが何の為に戦地へ向かったのかも十分過ぎる程わかっていたのだ。
そう誰よりも深くアイリーンを愛しているとしてもだっ、傷つき弱っている彼女の心を揺さぶる様な事は、男として、また紳士としての矜持を強く持つパーシヴァルには到底出来なかったのだ。
譬え今この瞬間しか愛する者を自身の方へ向かせるたった一つの機会だったとしてもだっっ。
アイリーンを深く愛する共に短い期間とはいえ、兄弟の様に育ったシリルを裏切れなかったがしかし――――その高潔な想いは、ある事で脆くも崩れ去ってしまう。
シリルが旅立ってから最初の一年の間はアイリーンも何とか耐えていた。
筆不精なシリルが書いただろう二日に一度は必ず届く手紙と、毎夜伝えられる愛の言葉だけで十分だと彼女はそう思い込んでいたのだがそれは徐々に、ほんの少しずつ静かに積み重なっていくのだ。
どうしようもなく寂しくて心細いと言う感情は……。
そしてその感情が頂点へと達した時に、彼女の傍にいるのは何時もパーシヴァルだった。
偶々、そうほんの小さな偶然が幾つも積み木の様に積み重なり頂点へと達した時、その関係は大きく変化を遂げたのだ。
アイリーンの両親が共に知り合いの別荘へ招かれ、暫く留守になってしまった事。
また少し前より夜会やお茶会で繰り返し噂される、嘘か誠かもわからない王女とシリルの婚姻について。
以前より予定していた週に一度、パーシヴァルの住むタウンハウスでの二人きりのお茶会。
そしてこれも偶々元気のないアイリーンを励まそうと、パーシヴァルはその日お茶会を中止にし、馬にアイリーンを乗せ、郊外へとピクニックに出掛けた。
馬に揺られ郊外の清々しい空気を胸いっぱいに満たしたアイリーンは、沈みがちだった心が少しずつ晴れていくようにも思えた。
そうして気分転換をし、楽しいピクニックをしていた二人へ突然の雷雨。
何とか近くの狩猟小屋へ駆け込んだ二人は、既にお互いの身体のラインがくっきりとわかる程びしょ濡れになってしまっていた事に気付く。
パーシヴァルはなけなしの理性と言う欠片を力一杯にして掻き集め、濡れそぼったアイリーンより視線を引っぺがすと、手早く暖炉へ火をつけると共に小屋の中にある毛布やシーツを探し出す。
なんと言っても全身濡れているのだ。
冬でないとはいえ、幾らなんでもこのままでは二人共風邪を引いてしまう。
「さあリーン寒いだろう。こちらへ来て暖炉に当たって服を脱ぐんだよ。そしてこの毛布で身体を包むといい」
「パーシー……」
「大丈夫だ、リーンが着替え終わるまで、僕は外の軒下で着替えるからね。安心するといいよ、美しいお姫様に不埒な想いは抱きません。さあここで君に誓うよ。ま、冗談はさておき、早く着替えないと本当に二人共風邪を引いてしまうからね。じゃあ……」
「待ってっっ」
最初に声を掛けたのはアイリーン。
「なに? どうし……たの?」
扉のノブへ手を掛け、もう片方は濡れない様に腕を広げて毛布を持っていたのはパーシヴァル。
「もう……駄目、なの」
両手が塞がった状態のパーシヴァルの胸へぽすん――――とアイリーンは飛び込んだ。
「ちょっ、ちょっとどうしたのアイリーン!?」
「もう、寒くて凍えてしまいそう」
「だからっ、早く着替えなくてはっっ!!」
寒くて仕方がないのだろう。
アイリーンは全身をガタガタと小さく震わせ、蒼くなった表情をゆっくりとパーシヴァルの方へと見上げていく。
「――――っっ!?」
「お願いっ、私を――――っっ」
寒いのはもう嫌。
身体だけでなく心が寒いのはもっと嫌。
私の王子様は何時でも私のお願いを聞いてくれるのでしょう。
だからお願い。
私を温めて、寂しくない様にしっかりと抱きしめて……。
「リーン……」
濡れた長い睫毛に、昔初めて見た時と変わらずに吸い込まれてゆくブルートパーズの瞳。
愛しくて、この世の何よりも愛しい僕のブルースター。
僕でいいのだね。
僕は絶対に君を泣かしたりはしない。
アイリーン、僕だけの大切なお姫さま。
燃え盛る暖炉の傍でパーシヴァルは、この世で一番愛する女性を何度も何度も心を込めて愛し続けた。
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