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第三章 たどり着く先は……
9 遺言
しおりを挟む「姫様もうお止めなさいませっ、これ以上は無理に御座いますっっ。陛下や王妃様も仰っておられましたでしょう。極力無理はするな――――と!!」
悲痛な面持ちでフランチェスカは自身の身体でしっかりと支えているのは、この三年もの間に随分と肌は透き通る様に白く、また身体も線の様に細く痩せてしまった主へと声を掛ける。
そんな心配そうに覗き込むフランチェスカへ、ベルは消え入りそうな、でも柔らかな微笑みを湛えたまま――――。
「大丈夫よ、フラン。少し……疲れただけ。何と言っても魔力は潤沢過ぎる程にあるし、この豊かで美しいマンヴィルを護る為ですもの。遠い東の空の下で戦かわれているシリルや他の皆の努力と命を無駄にしない為にも、強固な重防御結界を……張り続け……」
「姫……さ、ま!?」
ベルは続くべき言葉を紡げないまま意識を失い、そのままベルの身体は重くフランチェスカへと凭れ掛る。
フランチェスカは腹にしっかりと力を込めると眠り姫へとなりつつあるベルを抱きしめ、そっと彼女の私室へと転移し、その細い身体を寝台へと横たえさせると同時に伝達魔法でベルの医療団と国王夫妻へ連絡した。
連絡を受けた侍医団は直ぐにベルに今必要な治療……とは言ってもそれはもう対症療法でしかない。
何本もの点滴の管をつけられ、弱々しいその表情に駆けつけた国王夫妻は、ただ娘の傍で体温さえ感じ難く冷え切った細い手をそっと握りしめるしか出来ない。
魔力暴走症の状態は益々芳しくなく、最近特に噴き出す鮮血と魔力量は多いのだ。
それに伴い強度の貧血にも悩まされ、幾ら輸血や造血剤を投与しても、発作の度に出されるだろう量にそれは中々と追い付かない。
その影響なのか、ここ最近では目が霞み、全身に力が入らず、最早自身の身体を支えるのも歩く事さえ辛くなり始めているとはいえ、毎日の日課でもある魔法の塔の天辺へと、必死に向かうベルの行動を誰も止める事は出来なかった。
今日もベルの専属侍女兼乳母でもあるネスビット伯爵夫人フランチェスカに支えながら転移魔法でその場所まで移動し、そうして今日も国の安寧を祈りつつ、彼女は防御結界に緩みはないかを細かく確認する。
またそれに加え、東の端で戦っているだろう同胞の為に、遠隔攻撃を日に何度かバリッシュへ向けて展開させてもいたのだ。
それらはどれも強大な魔力を要するものだが、それでもベルの体内で内包される魔法量からすればほんの微々たるもの。
しかし常に溜っていくだろう魔力を放出する為には必要な仕事と言うか、今ベルの病気の進行を少しでも食い止める故の処置でもある。
それに魔力の放出は出来てたとしても、ベルの体力がどんどんと削られていくのを最早誰も食い止められはしない。
またその事はベル自身誰よりも肌で感じ取っていたのだ。
もう……これまでね。
私の命はもう、いいえ本来ならば消えていても可笑しくはない。
これまであらゆる医師達の治療を受けてこられたのは、偏にお父様とお母様のお蔭……だわ。
もう十分。
とても幸せな一生だったわね……ベル。
譬え現実にはお会いできなくとも、夢の中で沢山シリルとお話しが出来たもの。
だからこの想い出だけでいい。
そしてこの様な娘でごめんなさい。
お父様にお母様、お兄様どうか何時までもお幸せに、ベルは今日この城を出て行きます。
これ以上はもうお傍にいる事は出来ません。
やはり私はこの命が消える瞬間まで王女なのです。
多くの国民の幸せを護る為に、私はこの城にいる事は許されないのです。
今日よりベルと言う娘は死んだものと思って下さいませ。
本当に我儘な娘でごめんなさい。
「ベルっ、そな……何を勝手な事を!! 私は許さぬっ、そなたは私と王妃と最愛なる娘ぞっっ」
「そうですよ、貴女はこの私の胎を痛めて産んだ最愛の娘なのです。何があろうとも私は貴女を、ベルセフォーネ……貴女を忘れる事等出来ませんよ!!」
「頼むっ、頼むからもう一度瞳を開け、この父を笑顔でまた呼んではくれまいかっっ」
「――――陛下、いや伯父上。もうベルは目覚める事はないでしょう」
そう言ってベルの寝室へ入って来たのはファルーク・ジュリアス・マクバーニーである。
王弟マクバーニー大公継嗣であり、現在郊外にある魔力暴走症の研究所所長兼研究者。
ベルの従兄であり、良き理解者である。
金色の柔らかな髪に紅玉の瞳を貴公子。
何よりもファルークがまだ幼い頃、彼の母もまた魔力暴走症で鬼籍に入っていたのである。
「ファルークそなた……」
ファルークは両陛下と昏々と眠るベルへ、胸に手を当て深々と一礼し――――。
「僕もまた彼女の伝心魔法でここへ呼ばれたのです」
伝心魔法――――言葉通り心へ直接語り掛ける超高度な魔法。
昏睡状態となったベルが唯一行使出来る魔法でもあったのだが……。
「ですがもう伝心魔法を行使する事も難しいでしょう。先程の両陛下への想いがベルの最期の言葉なのかもしれません」
「何――――っっ!?」
「そしてこれより敬愛する我がマンヴィル王国第一王女ベルセフォーネ・シャンタル・メリリース・マンスフィールドの遺言を行使させて頂きます。これは両陛下、そして王太子殿下であろうと違える訳にはいきません。これも我がマンヴィルの為とご理解頂きたい。護衛騎士達よ中へ!! そして只今より王女殿下を郊外の施設へお連れする!!」
ファルークの命を受けた何人もの騎士達が、ベルの寝室へ、そして眠り姫と化した彼女へ恭しく一礼すると共に、彼女ををまるで宝物のかの様にそっと優しく抱き上げた。
勿論それに異を唱えたのは父である国王だ。
愛する娘を目の前で奪われていくのをむざむざと放置出来る訳がない。
しかしそれを涙ながらに諌めたのは、ベルの母である王妃と王太子、最後にファルークの父であり元帥を務める王弟マクバーニー大公達だった。
若かりし頃は氷炎の魔王と恐れられた王である。
恐らく今でもその腕は落ちてはいまい。
だからこそベルはファルークへ父王を何としても奇行に走らせまいと、先に彼らを説得して欲しいと伝えたのである。
その結果王は忸怩たる思いを抱えたまま王宮の正門を潜り、馬車が見えなくなるまでずっと人目も憚らず涙を流しながら娘の身をただただ案じるしかないのであった。
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