43 / 53
終章 永遠の愛を君に捧げん
8 再会
しおりを挟む「ベル……」
掠れた声のまま、シリルは繰り返し愛おしい姫の名を口ずさむ。
だが問い掛ける相手よりの返事はない。
「ベル、どうして貴女は何も応えてはくれない」
「それとも愚か者である俺にはもう愛想が尽きたとでも言うのか」
「ただ一言でもいいっ、貴女の清らかで優しい声を聞かせてくれないだろうか」
シリルの心からの必死な想いとは裏腹に、目の前にある寝台にいるだろう乙女よりの返事は一言も返ってはこない。
寝台の傍近くで跪くシリルからは、静かにそこに横たわるベルのシルエットのみが映し出されている。
こんなにも近くにっ、やっとの思いでここまで近づく事が出来たと言うのにも拘らず、目当てのベルは何も応える様子はないのだ。
「何故、何故に貴女は何も応えてはくれない。それとももう俺の事等どうでもいいと思っているの?」
「…………」
「ベル、貴女にとっての俺はもういらない存在なのか?」
「…………」
「お願いだっ、たった一言でもいい!! 一言でいいからベル――――貴女の声を、愚かでヘタレな俺を後生だと、少しでも憐みを感じてくれるのならば今一度、あの頃の様にシリルと呼んではくれないだろうかっっ」
どの様にシリルが折れる心へ叱咤し、声高に願おうとも、寝台の奥にいる乙女は何も応えなかった。
そうして暫くの間、何とも言えない重い沈黙が流れた後、シリルは意を決した様に立ち上がると共に寝台を覆う白いレースのカーテンを一気に開け放った。
開け放たれた寝台の上には一人の女性が横たわっていた。
女性……と言うよりはまだあどけなさの残る少女と言ってもいいだろう。
印象的なのはきつく瞼が閉じられてはいてもせいぎんの色に輝く長く美しい睫毛。
つんと、それでいてシリルのものよりも随分と小さいが、形の良い鼻筋。
ぷっくりとした形の良い桜桃にも見える愛らしい唇からは、微かに漏れる甘い吐息。
それにもまして驚くべきなのは何とも細い身体つきと魔力暴走症による極度の貧血によるものだろうか。
上掛けより見える彼女の肌の色のなんと白い事だろう。
いやただ白いのではない。
透き通る白磁よりも尚一層血の気を感じさせない程の肌なのだ。
ほんの少しでも触れてしまえば、シリルの持つ熱で火傷を負わせやしないかと心配になるくらいの弱々しい肌色。
そして腰まであろう青銀に輝く豊かな髪は、二つに分けられゆったりとした三つ編みに編まれている。
その姿はまさに美の女神。
いや神々に愛されし至上の存在。
これ程までに完全なる美を、シリルは一度もお目に掛かった事はないと断言出来る。
妖精サイズであった頃のベルは何時も眩い光に包まれていたものだから、はっきりと、今初めて彼女を真正面より捉えたのだ。
あの断罪を受けるだろう日の時は残念ながらベルの背中しか見る事は敵わなかった。
いやいやあの時のシリルにとって王女であるベルの尊顔を拝したいと思う余裕すらなかったのだ。
それよりも過去においてシリルはベルと直接会った事がない訳ではない。
それはベルが生まれて百日目の祝いの席で拝しただろう時だけ。
まだ6歳だったシリルが公爵夫妻に伴われ祝いを述べる際、国王の腕の中で健やかに眠る赤ん坊のベルを垣間見たのが初めてだった筈。
その後は王宮奥深く近衛の騎士達によって護られていた故に直接顔を合わせる事もなかった。
それに何と言ってもその頃にはアイリーンを想っていたのだ。
シリルはヘタレだが、一途な性格である。
ベルに対して色々な噂は聞いてはいたけれども、敢えてその美しい王女に逢いたいとは思わなかったのだ。
だが今シリルの前にはベルがいる。
愛しい乙女が今、目の前にいると言うのにその乙女の瞳は固く閉ざされ、王家特融の情熱的な紅いルビーの瞳で以ってシリルを見る事は――――ない。
「ベル、ベルお願いだから瞳を開けて……」
聞こえるのは彼女の声ではなく、規則正しい吐息のみ。
「何故、どうしてっ、俺は間に合わなかったのかっっ」
ベルの様子にどうしようもなく心が寒く凍えていく。
もうこのまま二度とあの愛らしい声を聞く事もなく、瞳は固く閉ざされたままなのだろうかっっ。
どの様に愛を囁いてももう返される事はない……のかもしれない。
ベルっ、貴女なしでこれから俺はどうすれば――――いや、貴女は今もここにいる!!
心許無いが貴女の手に触れれば少し低いけれども、貴女の温もりを感じる事は出来る!!
普通の恋人同士ではないのかもしれない。
だがそれでも貴女の姿を見て、貴女へ甘く愛を囁きそして俺の命が潰えるの瞬間まで、貴女の傍で貴女を愛し護る事を誓う。
「俺の愛する眠り姫……」
そう呟くとシリルはやや大きな身体を折り曲げ、ベルの額へ触れるだけのキスをした。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】エレクトラの婚約者
buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー
エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。
父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。
そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。
エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。
もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが……
11万字とちょっと長め。
謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。
タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。
まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる