永遠の愛を君に捧げん

雪乃

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終章   永遠の愛を君に捧げん

8  再会

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「ベル……」

 掠れた声のまま、シリルは繰り返し愛おしい姫の名を口ずさむ。
 だが問い掛ける相手よりの返事はない。

「ベル、どうして貴女は何も応えてはくれない」

「それとも愚か者である俺にはもう愛想が尽きたとでも言うのか」

「ただ一言でもいいっ、貴女の清らかで優しい声を聞かせてくれないだろうか」

 シリルの心からの必死な想いとは裏腹に、目の前にある寝台にいるだろう乙女よりの返事は一言も返ってはこない。
 寝台の傍近くで跪くシリルからは、静かにそこに横たわるベルのシルエットのみが映し出されている。
 こんなにも近くにっ、やっとの思いでここまで近づく事が出来たと言うのにも拘らず、目当てのベルは何も応える様子はないのだ。

「何故、何故に貴女は何も応えてはくれない。それとももう俺の事等どうでもいいと思っているの?」
「…………」
「ベル、貴女にとっての俺はもういらない存在なのか?」
「…………」
「お願いだっ、たった一言でもいい!! 一言でいいからベル――――貴女の声を、愚かでヘタレな俺を後生だと、少しでも憐みを感じてくれるのならば今一度、あの頃の様にシリルと呼んではくれないだろうかっっ」

 どの様にシリルが折れる心へ叱咤し、声高に願おうとも、寝台の奥にいる乙女は何も応えなかった。
 そうして暫くの間、何とも言えない重い沈黙が流れた後、シリルは意を決した様に立ち上がると共に寝台を覆う白いレースのカーテンを一気に開け放った。


 開け放たれた寝台の上には一人の女性が横たわっていた。
 女性……と言うよりはまだあどけなさの残る少女と言ってもいいだろう。
 印象的なのはきつく瞼が閉じられてはいてもせいぎんの色に輝く長く美しい睫毛。
 つんと、それでいてシリルのものよりも随分と小さいが、形の良い鼻筋。
 ぷっくりとした形の良い桜桃にも見える愛らしい唇からは、微かに漏れる甘い吐息。
 それにもまして驚くべきなのは何とも細い身体つきと魔力暴走症マジックレックレスドライヴィングによる極度の貧血によるものだろうか。

 上掛けより見える彼女の肌の色のなんと白い事だろう。
 いやただ白いのではない。
 透き通る白磁よりも尚一層血の気を感じさせない程の肌なのだ。
 ほんの少しでも触れてしまえば、シリルの持つ熱で火傷を負わせやしないかと心配になるくらいの弱々しい肌色。
 そして腰まであろう青銀に輝く豊かな髪は、二つに分けられゆったりとした三つ編みに編まれている。

 その姿はまさに美の女神。
 いや神々に愛されし至上の存在。
 これ程までに完全なる美を、シリルは一度もお目に掛かった事はないと断言出来る。
 妖精サイズであった頃のベルは何時も眩い光に包まれていたものだから、はっきりと、今初めて彼女を真正面より捉えたのだ。
 
 あの断罪を受けるだろう日の時は残念ながらベルの背中しか見る事は敵わなかった。
 いやいやあの時のシリルにとって王女であるベルの尊顔を拝したいと思う余裕すらなかったのだ。
 それよりも過去においてシリルはベルと直接会った事がない訳ではない。
 それはベルが生まれて百日目の祝いの席で拝しただろう時だけ。
 まだ6歳だったシリルが公爵夫妻に伴われ祝いを述べる際、国王の腕の中で健やかに眠る赤ん坊のベルを垣間見たのが初めてだった筈。
 その後は王宮奥深く近衛の騎士達によって護られていた故に直接顔を合わせる事もなかった。
 
 それに何と言ってもその頃にはアイリーンを想っていたのだ。
 シリルはヘタレだが、一途な性格である。
 ベルに対して色々な噂は聞いてはいたけれども、敢えてその美しい王女に逢いたいとは思わなかったのだ。
 だが今シリルの前にはベルがいる。
 愛しい乙女が今、目の前にいると言うのにその乙女の瞳は固く閉ざされ、王家特融の情熱的な紅いルビーの瞳で以ってシリルを見る事は――――ない。

「ベル、ベルお願いだから瞳を開けて……」

 聞こえるのは彼女の声ではなく、規則正しい吐息のみ。

「何故、どうしてっ、俺は間に合わなかったのかっっ」

 ベルの様子にどうしようもなく心が寒く凍えていく。
 
 もうこのまま二度とあの愛らしい声を聞く事もなく、瞳は固く閉ざされたままなのだろうかっっ。
 どの様に愛を囁いてももう返される事はない……のかもしれない。
 ベルっ、貴女なしでこれから俺はどうすれば――――いや、貴女は今もここにいる!!
 心許無いが貴女の手に触れれば少し低いけれども、貴女の温もりを感じる事は出来る!!
 普通の恋人同士ではないのかもしれない。
 だがそれでも貴女の姿を見て、貴女へ甘く愛を囁きそして俺の命がついえるの瞬間まで、貴女の傍で貴女を愛し護る事を誓う。

「俺の愛する眠り姫……」

 そう呟くとシリルはやや大きな身体を折り曲げ、ベルの額へ触れるだけのキスをした。
 
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