王妃様は真実の愛を探す

雪乃

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序章   物語を始める前に……

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 ここは大陸1、2を争うくらいの強国と目される商業国家ルガート王国の城下街。
 その大きな街の中にこじんまりとした一軒の診療所兼自宅がここだ。
 今日もこの診療所は老若男女の患者さんが所狭しとひしめいている。
 
「フィオ、次の患者さんを入れてくれない」
「はい、ジェンセンさんお入り下さいねー」
「あぁフィオちゃん悪いけど手を貸してくれないか?」

 ジェンセンと呼ばれた若いといっても20代後半くらいの褐色の肌に筋骨隆々きんこつりゅうりゅうでガタイのいい男はそう言って彼女に手を差し伸べるが――――!?

 ぺしっっ!!

 彼女はその手を素早くそしてしっかりと払い除ける。
 彼女の頭に被っている白い三角巾の隙間からはキラキラ光る赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの髪が見え隠れしている。
 肌は白く透き通る様な白磁の様だし、顔立ちもきっと整っているのだろう……けれどその煌めくエメラルドグリーンの瞳にはこれまた冴えないくらい太い黒縁の眼鏡が掛けられていてその美しさを思いっきり半減させていた?
 いや、その外見よりもこの診療所へくる者達は皆彼女の内面に惹かれてやってくる。
 このジェンセンもしかり。
 だがそもそも指が少し切れたくらいで「」はないだろう。
 如何どうみても彼女――――フィオの気を引きたいのが見え見えなのだ。

「ジェンセンさん、そんな傷舐めれば治る程度じゃないのでしょうか?」
「酷いなぁ、フィオちゃんはぁ、俺は悲しくなるよ。俺はフィオちゃんに会いたいが為に――――」
「ま・さ・かとは思いますけど、わざと怪我したっていうのではないですよね?」
「いっ、いやいやこっ、これはわざとじゃないっっ。ぐっ、偶然なんだよ仕事してたらさ、なっ、先生??」

 ジェンセンはガタイのいい騎士の癖に、目の前の小柄な少女にはいい様にあしらわれている。
 だけど彼は怒る事なく――――むしろ笑顔でフィオに怒られていると言う少しM気質の困った患者でもあったが、ただし彼女限定らしい……。
 まぁ男女関係なく明るく物事をはっきりと言う彼女だけれど、気取らないさっぱりとした性格に彼女のファンは多いのだ。
 事実この診療所も医師であるマックスの腕も超一流だが、彼女が務めてからはかなり患者の数が増えたといっても過言ではない。
 幾ら黒縁の冴えない眼鏡をしていようともその眼鏡の奥には砂糖菓子の様な甘いまだ幼さの残る美少女の姿は隠しきれていない。
 しかし……そのまま黙っていれば――――なのだ。

 静かに眼鏡を外してにっこりほほ笑むと最高なのだが、一度口を開けば彼女はかなり現実的な性格だと言える。
 何と言っても彼女の口癖は『』――――なのだ。
 幾ら彼女を慕って患者として来院しても、その怪我や病気が嘘であったり、また彼女に会いたい一心で態と付けたモノならばマックスが止める事もなく彼女は問答無用で玄関から叩き出した上で冷たく言い放つ。

「仕事もせず遊びほうける人間はクズですよっ、クズっっ!! そんな暇な人に時間をく訳にはいきませんのでっ!!」

 まぁ実際怪我の程度を看て、全ての患者が終わると渋々中へ招き入れて治療をするのだけれど……。
 そんな彼女だから益々ファンが尽きる事がないのかもしれない。
 マックスもいつの間にかこの助手に患者の順番や細かい仕事は任せている為、正直なところ頭が上がらない。
 だがそれは彼女がどの患者さんを優先させるべきなのかを十分に理解出来ているという意味でもあるのだ。

「はいジェンセンさん、これくらいなら本当にフィオの言う通り舐めて治るくらいなんだけれどね」
「先生、そんな事口が裂けてもフィオちゃんの前で言わないでくれよ、そんな事聞かれた日から俺は出入り禁止になっちまう〰〰〰〰」
「まぁ医師としてはちゃんと治療をしに来てくれる方が良いんだけどね。でも君は騎士だから城内に医務室があるでしょう?」

 そう、ジェンセンはこれでも名の通った立派な騎士なのだ。
 然も正騎士で第二騎士団の副団長を務めている。
 そんな彼ならば態態わざわざこんな街の小さな診療所よりも城内の立派な医務室で逸早いちはやく治療をして貰える筈なのだが、しかし彼は開き直る様に言う。

「先生、先生も男だったらわかるでしょ? どんなに設備が整った綺麗な医務室でも!! そこにフィオちゃんがいなければ身体の傷は治っても心の傷は治らないんだよ!!」
「……心の傷ねぇ。ホント最近そう言う患者さんが多いんだよねー」

 マックスは少々呆れ顔で呟くけれどもジェンセンは反対に熱く語った。

「身体は先生が治してくれるからいいけど心は――――フィオちゃんの笑顔が一番なんだよな~」
「――――って何が一番なのですか!!」
「ひぃっ、フィオちゃんっっ、聞いて……!?」

 突然現れたと言うより元々小さな診療所なのだ。
 受付が済めば隣の診察室へ彼女が入ってくるのは至極当然の事。
 然も今彼女は彼の望む笑顔ではなく、かなり顔を引き攣れているのは言うまでもない。

「何を聞いて――――ですかっっ!! こんな狭い診療所なのだから最初からに決まっているでしょ!!」
「せ…狭いってフィオ、それは酷くない?」
「狭いのは事実ですからマックスは気にしないで下さい」
「でっ、でも……っっ」

 フィオがじっと睨みつけるとマックスは何も言えないがしかし、心の中であからさまに狭いと言わなくてもいいのに……と思ってはいたけれど、口論しても彼女には勝てないのは十分過ぎる程に解っていた為敢えて口にはしない。
 それよりも今実際絶賛真っ青になっているのは患者であるジェンセンだ。
 彼女目当てでやって来たとバレてしまったのだからさぁ大変だ。
 これで出入り禁止を言い渡されたら暫くの間彼女に逢う事も出来ないのだから……。
 しかし今日のフィオは少し心に余裕がある。
 だから――――。

「ふぅー今回だけですよ、ジェンセンさん。今度から怪我をしたら態態ここへ来なくてもちゃんと医務室も利用して下さいね、それにわかっていると思いますけれど騎士団であまり言い触らさないで下さいよ、それでなくとも最近妙に騎士の方の患者さんが増えつつあるのですから」
「あぁ勿論大事なフィオちゃんの事なんて他の奴らになんか言い……」
「やっぱりっ、言い触らしていたのはジェンセンさんだったのですねっ」

 ジェンセンはフィオが可愛くて兵舎へ戻るとうっかり近くにいた騎士に口が滑ってしまったのだが原因はそれだけでないのかもしれない?
 目立つ事を何よりも嫌う彼女だけれど例え彼が黙っていようとも自然と彼女は目立つのだ、変な意味ではなく……。

「すっ、すまなかったフィオちゃん、フィオちゃんが目立つ事を嫌っているのを知っていたんだが……」

 大きな身体を精一杯かがめてジェンセンは最後の言葉――――つまり『』を言い渡されるのを、項垂うなだれながら待っていた。
 その姿はまるで最後の審判を言い渡される姿と言ってもいい程だったけれど――――。

「今度から気をつけて下さい、それと街中で怪我をしたら何時でも来て下さいねジェンセンさん」

 ほぼ確実に言われる筈だった言葉ではなく――――可愛い笑顔付きのお言葉に、ジェンセンは一瞬ボーっと情けなくも見惚れてしまっていた。
 もしかしてフィオちゃんは俺に好意を持っていてくれているのかも――――っと彼が思いかけていたら隣にいたマックスがそっと耳打ちする。

「良かったね、出入り禁止にならなくて。でも今日はラッキーだったよ、なんと言っても今日は彼女のおだからね」

 だから多少の事は多めに見てくれるんだよとジェンセンに好意のつもりでマックスは言ったのだけど、それはそれでジェンセンの心の中で何かがポキッと折れる音がしたのは彼だけの秘密。
 そう、言われてみれば彼女は自分だけでなくどの患者にも何時も以上にご機嫌な笑顔を振りまいていたのだから……。

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