王妃様は真実の愛を探す

雪乃

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第二部  第一章  新しい出会いと新たな嵐の予感

19 静かに忍び寄る嵐  Ⅲ

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 そうあれは今より一ヶ月程前、丁度ゴミ屋敷と化していたマックスの診療所兼自宅を皆で大掃除し、数日たった頃の事。


「駄目なものは駄目だ」
「でも、診療所で働く事は私の生甲斐と言ってもいいのです」
「貴女の言わんとする事は私とて十分理解をしている心算つもりだ。それに私は何も貴女の生甲斐を取りたいとは思ってはいない。だが現実にはまだあの者がっ、そうアーロンの死をいまだ確認出来てはいない。しかも我が国内をあの様に自由に出入りし、そして貴女が生甲斐とするマックスの診療所の場所もアーロンに知られている可能性は到底拭えない。それに私には貴女を、エヴァンジェリン……貴女の父王であるギーより預かったと言う責任もあるが、その前に私は私の命よりも大切で愛する貴女をこれ以上の危険へと晒したくはないのだ。また当然の事ながら我が国民の生命も同様に危機へ晒す事は出来ないのだ。次、アーロンが貴女の前へ現れた時、あの者は間違いなく貴女を得る為にその周囲にいる国民の生命等関係なく闇魔法を行使し、あの穢れた手で貴女を手に入れ、そして我が国民の命を蹂躙せんとするだろう。勿論あの者の思うままに事を運ばせはしない。何より今度こそは何があってもそう簡単に愛する貴女を手放す事を絶対にしない!! あぁ何があろうともあの様な想いはもう二度とご免だからな」

 真剣な表情で現実を語るラファエルに、エヴァは雷にでも打たれたかの様な錯覚を覚える。
 それと同時にエヴァは自分は何と傲慢な考えであったのだろうと深く反省をする。
 
「あ……も、申し訳御座いません。私が余りに浅慮で愚かに御座いました。何故なら私はこのルガートへ遊びに来ているのではなく、あの御方の魔の手より陛下に保護されている身である事も忘れ、少し甘えていたのかもしれません」
「いや、その様な事は……」


 エヴァは見るからにしゅんと肩を落とし自身の身勝手さに情けない思いで一杯となる。
 ほんの一ヶ月前アーロンの術中にまんまと嵌り、そのまま連れ去られそうになった所へ命を賭して解放してくれたのは、今は英雄達の眠れる丘で永遠の眠りに就いているジェフリーなのである。
 勿論ラファエルやマックス、そして大勢の騎士達がその騒ぎへ駆けつけると同時に危機に直面しているエヴァを全力で護ろうとしてくれた。
 当然その中には負傷者も出たのだ。

 だが事情を知らない者達にとってエヴァは実に不思議な存在であったのだろう。
 幾ら紙切れ婚上での自国の王妃だとしてもだっっ。
 真実を知っているのはごく限られた者のみ。
 然もあの時のエヴァの装いは何処にでもある簡素なデイドレス。
 幾ら素材が良くとも身なりは街娘と何ら変わりがないのだ。

 エヴァの生まれながらに持つ物腰の柔らかさ、そして漂う気品と美しさは隠しようがないとしてもだっ、見た目は裕福な家の娘か精々お忍びで街をうろついている暇な貴族令嬢……と言ったところだろうか。
 もしたとえそうだとしても必ず供の一人や二人はいて当然。
 しかしその場所にいたエヴァは供らしき者も連れず不用心にも一人で王都を歩き、そして今回の騒動へと巻き込まれた哀れで愚かな娘。

 そう、多くの者はそう捉えていたのだがここで一つの疑問が浮上する。

 何故なにゆえ身元の分からぬその娘を王は血相を変え、またその娘を救うべく各騎士団へ稲妻が落ちるがよりも早く、また的確に娘を救うべく命令を出されたのだろうか?
 そして目の前にいる宿敵シャロンの元王太子アーロンの殺害命令よりも、赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの髪と煌めくエメラルドグリーンの瞳を持つ美しい娘の身の安全を第一にと優先させた事!!

 名も知らぬ美目の良い娘よりも、多くの騎士や兵士達からすれば同胞や家族を苦しめられ、またその命を奪われた悲しみや憎しみが勝る宿敵アーロンの命を奪う事こそ、何よりも最優先されるべきではないのだろうかっっ。

 幾ら魅力的な娘だとしてもだっ、彼女は自国の王妃や王女でもないただのルガートの一国民……でしかない筈なのに……。

 しかしそんな彼らから見た王であるラファエルは元より一応騎士でありながら医師というマックス、そしてルガートの知恵と呼ばれるラファエルの最側近でもあるチャーリーと王直属の精鋭部隊でも知られる第一騎士団の面々は、その娘を見つめる視線が尋常でなかったのだ。
 アーロンとの間合いを詰める――――と言うよりも彼の一挙手一投足へ常に注視し、如何いかに無傷でその娘を助けようと試みていたのかが誰の目にも手に取るようにわかってしまった。

 そうしてその娘を助ける為に重臣でもあるルートレッジ侯爵が何とあろう事か自らの命を投げ打ち、アーロンよりその娘を助け出した!!
 
 そうして助け出され目を覚ました娘は人目もはばからず侯爵へ泣き縋り、また王であるラファエルはそんな娘をまるで壊れ物を扱うかの様に優しく抱きしめていたのだ。
 何も事情を知らされてはいない者達は一体何が起こっているのか皆目見当がつかないまま騒動が収まるよりも早く上より即緘口令かんこうれいが敷かれ、開きたい口はそのまま閉じるしか他はなかった。

 だがどの様にきつく命令を下したとしても、所詮は人の口に戸を立てる事等出来よう筈はないのである。
 答えの出ない疑問ならば尚の事……。

 また疲れた身体に適度なアルコールが体内へと入れば、固く閉ざした戸の鍵も、ゆるゆるになるのは至極当然の結果とも言える。
 だから王都内にある何処でもあり触れた酒場で、訓練で疲れた何も知らされていない下級兵士が酔いに任せて口を開く。

「よぉ、この前のはなんだったんだろうなぁ……」
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