アレキサンドライトの憂鬱。

雪月海桜

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【後日譚】ルビーの異変の名残。

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 想定していた険悪ムードにはならず、すっかり借りてきた猫のようになったルビー侯爵令嬢との話を一通り済ませ、彼女が頑張って更正ルートを邁進していることを知り安心したところで、最後に領主であるルビー侯爵へ挨拶しようと彼の執務室へ向かう。

 お父様が居れば領主との挨拶は済ませてくれたのだろうけれど、今回は残念ながら不在なのだ。彼にも仕事は山程あるのだから、仕方無い。
 わたしがモルガナイト家の娘として恥じない振る舞いをしなくては。

「……失礼致します、ルビー侯爵。本日は急な訪問申し訳ありませんでした。改めまして、父がお世話になっております、モルガナイト家長女、ミア・モルガナイトと申します」

 公爵家の方が爵位は上ではあるけれど、相手は年上の男性で、領主で、この屋敷の主だ。最大限の礼を尽くすように、スカートの裾を摘まみ丁重に頭を下げる。

 ペリドット先生のマナー講習を思い出しつつ緊張しながら行うけれど、未だに目上の人への挨拶は慣れない。

 上手く出来ただろうかと、慣れた様子のステラやフレイア様達を眺めながら、侯爵の反応を待つ。

 しかし、侯爵はわたし達ではなく、奥に控えたシャーロットへと視線を向けていた。
 シャーロットもさすがに気付いたのか、メイド服の裾を軽く持ち上げ会釈をする。
 使用人が主人と同列に他所の領主に挨拶するなんて本来ならもっての他だが、この場合は仕方無い。

「……お久し振りです、お父様」

 数年ぶりの親子の感動の再会となるか、負い目から複雑な空気になるかとハラハラ見守っていたものの、侯爵は何を思ったか、全く知らない名前を叫ぶように呼んだ。

「……ルチア!」
「えっ」

 そしてそのまま椅子を薙ぎ倒し、勢いよく駆け寄りシャーロットを抱き締めて、大の大人が目を真っ赤にして号泣し始めたのである。

「ルチアぁあ……っ!」
「ええ……?」

 全員が困惑する中、ルビー侯爵の嗚咽は止まらない。

「お、お父様? しっかりなさいませ」
「ルチア……ルチア……っ」
「ルチアさん? がどなたか存じ上げませんが、この方はシャルロッテお姉様ですわ!」

 ルビー侯爵令嬢も父親のそんな姿は初めて見るのか、動揺しつつも何とか宥めようとする。
 側に控えていた彼女の護衛騎士も、日頃武器を扱う事業を行い威厳のある主人の本気の泣き顔に大層戸惑っている。

 フレイア様は若干引いてるし、ステラはあらあらと言った様子で呑気に眺めていた。
 リヒトもシャーロットを身内判断しているからか、貴族相手ながら剣を抜こうか悩んでいる様子だった。

 わたしはとりあえず、一番困っていそうなシャーロットを助けるべきかと傍に寄る。腕の中でされるがままのシャーロットは、僅かに眉を下げて微笑んだ。

「シャーロット、大丈夫……? えっと、なんか、誰かと間違われてる?」
「あ、はい。ルチアって、わたしのお母さんの名前なんですよ~」
「ルチア、私の光……! ああ、君をもう失うものか……決して離さない!」
「ええ……?」

 余程似ているのか、シャーロットを母ルチアだと信じて疑わない。
 嘗て愛した人の忘れ形見だ。そりゃあ成長して久しぶりに会えば、重ねてしまうのも無理はないのかもしれない。だが、娘や来客も見ている前での尋常じゃない様子に、思わずハッとする。

「……もしかして、異変の項目にあった『失った愛を取り戻そうと』……って、このこと!?」
「ああ、成る程。……わたくしの魔法はもう解けているはずですのに。残っていた仄かなものが、彼女をトリガーとして発現してしまったのでしょうね」
「そんな……」

 この状況は不味かった。
 正妻との子であるルビー侯爵令嬢がこの意味を理解したなら、父が今も尚本当に愛しているのは、母ではなく亡くした愛人だと知ってしまうのだ。それだけは避けたかった。

 しかしながら、いい方法が思い付かない。わたしは過去の異変の主な解決策を思い浮かべる。

 サファイア領での繊細な光魔法で包み込む方法……は、ルビー侯爵を光で拘束したところで意味がない。圧縮はダメ。
 エメラルド領でのように、騙し騙しで心の奥の柔らかな部分を晒け出す方法は、この場合逆効果だ。真実を隠しきれないどころか全面に押し出す羽目になる。
 ダイヤモンド領でのように、光と影の魔法を使って何かを支えたところで、意味がない。崩れそうなのは物理的なものではなく、目の前の親子関係だ。

「ふ、フレイア様、何とかなりませんか!?」
「残念ながら、わたくしの魔法は効力切れですから、わたくしには何もしようがありませんの……闇の魔法の欠片が、彼の心の闇に反応して、効果を発揮しているのですわ」
「心の闇に……」

 愛した人を失った悲しみは、心を蝕む。彼はずっと、それを隠してきたのだろうか。

 うんうん唸るわたしを見かねたのか、不意にステラがわたしの隣にしゃがみ込む。そしてにっこりと、聖女は美しく微笑んだ。

「ねえミア。光を強くしたら、彼の中に残っている闇の欠片を見付けられるかしら?」
「……欠片を? ……そっか、うん! やってみる!」

 彼女はこれまで、わたしが居ない時でも聖女としてのお役目を果たしていた。伊達に大小問わず各地の異変を一人解決行脚して来た訳じゃない。
 ステラは頼りになる、トラブル解決のプロだった。


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