アレキサンドライトの憂鬱。

雪月海桜

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【後日譚】ルビーの異変の名残。

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 万が一のことを考えて、ルビー侯爵令嬢にはフレイア様と共に部屋の外で待っていて貰う。

 そしてステラは未だ泣きじゃくるルビー侯爵の肩にそっと触れて、彼の体内に光魔法を注ぎ込んだ。
 柔らかく暖かな、優しい光。
 彼は泣き声を少しずつ落ち着かせて、やがてぼんやりとし始める。

 しかし闇は、光魔法だけで浄化は出来ないのだ。注ぐ光が強くなれば、闇はより影を濃くする。
 わたしは反対の肩に触れ、そんな彼の中の闇の欠片の気配を、注意深く探る。

「あ……見つけた」

 目を閉じて、ステラの光の中に潜り込むような感覚。
 ふわふわと泳ぐように意識を巡らせ、わたしは黒く細かい砂粒のような闇を、彼の中に見出した。
 そしてそのまま、砂鉄を集めるようにわたしの闇へと引き寄せる。

「ルビー侯爵。ルチアさんを想い続けるのは、きっと闇に囚われるくらい、とても苦しいことだけど……そのこと自体は、悪いことじゃないです。愛は、どんな形でも大切なものだから……」

 わたしはポケットから出した使用者の望む効果を付与出来る、所謂便利布製のハンカチで、最後に溢れた彼の涙をそっと拭う。

「でも……過去ばかりじゃなくて、今傍に居る人のことも、見て愛してあげてください。……あなたには、大事な家族が居るんですから」

 やがて彼の闇は全て涙に溶けて、ハンカチに染みを作った。
 すぐに見えなくなった闇の欠片は、どこか寂しい色をしていた。

 ルビー侯爵はわたし達の光と闇の魔法を一気に受けたせいか、魔法酔いしたようにしばらくぼんやりとしていたものの、やがて正気を取り戻し、シャーロットをシャーロットとして認識していたようだった。

 さすがにぎこちなさは有ったものの、お互い改めて久しぶりの再会を喜んでいたように思う。

 親子水入らずの時間を設け、そろそろ日も暮れる頃。元々泊まり支度をしていない日帰り予定だったため、名残を惜しむルビー家の面々に別れを告げ、わたし達は首都への帰路につく。

 泣き止んでからは水入らずの時間にもルチアさんの名前が出てくることは無かったけれど、結局、滞在中わたし達はルビー侯爵の正妻と会うこともなかった。

 帰りはそれぞれ自分の家の馬車に乗り、わたしはリヒトと二人きり。
 行きとは違い広く感じる座席に腰掛け、ようやく気が抜けたところで魔法の疲労感にぐったりとする。

 刺繍のような細かい作業は得意でも、魔法の扱い自体はまだ不馴れなのだから仕方ない。

「お疲れ様でした、お嬢様」
「うん……でも、強い魔法を使ったのはステラの方だから、わたしなんか全然……」
「いえ……彼の闇に囚われた心を救ったのは、お嬢様です」

 リヒトは真っ直ぐに、その美しい色をした瞳でわたしを見詰める。

「そうかな……そうだと、いいな」
「……いつか、俺の心が彼のように……行き場のないティア様への愛が、闇に染まってしまったら……あなたの手で、救ってくださいますか?」
「リヒト……」

 彼は珍しく瞳を揺らして、その表情を曇らせる。
 セレスティア。今は亡きわたしのお母様だ。リヒトとお母様の関係も、親子に近かったと聞いている。

 彼はまだ、母を愛してくれているのだ。闇に染まりそうな程危うい、強い愛を持ち続けてくれている。

 そのことが嬉しくて、けれどわたしの傍に居る理由もそれに起因するのだろうかと、少し寂しくなる。

「……勿論! 闇のことなら、闇の聖女に任せなさい、ってね」
「……はい、ありがとうございます。ミアお嬢様」

 寂しさを堪えて、わたしは笑顔で彼の手を握る。
 しかし彼はそんな些細な嘘もお見通しのようで、握ったわたしの手を持ち上げ、そのまま手の甲へと誓うように唇を寄せた。

「!?」
「……あなたへの愛は、決して闇に染まらせません。あなたを絶対に失わない。永遠に、お側でお守り致します。……俺のお嬢様」
「……うん、約束ね、わたしの騎士様」

 もしかすると、彼の言葉にも闇の欠片を取り除く力があるのかもしれない。
 ルビー侯爵令嬢じゃないけれど、リヒトの言葉のお陰でわたしの憂鬱はすっかりなくなって、また前向きになれそうだ。 

 再び巡り来る、芽吹きの春。出会いと別れの季節。
 迷っても、憂鬱でも、不安でも、光の道も、暗闇の道だったとしても。
 わたし達はきっと様々な愛に触れて、これからも誰かと手を取り合いながら、過去から未来へと歩み続けるのだ。


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