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大事な家族。
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「ねえ、ブラン。シャルロットや……お父さんたちに何か伝えたいことはある?」
「……あ? なんだ、唐突に」
「いいから。何かある?」
「んー……いきなりそんなこと言われてもなぁ」
近頃のブランは、目を開けることも少なくなっていた。
元々見えにくくなっていたから然して変わらないと笑っていたけれど、起きている時間が短いのは永遠に眠る時が近付いているのだと、この間お母さんがシャルロットに話しているのを聞いてしまった。
近頃少し暖かくなってきたから、お父さんが家に帰ってくるまで、きっともう少しだ。だけどブランに残された時間も僅かしかない。
会って直接こぼれた声を残せたら一番だけど、それが叶うかもわからない。今のうちに、残すための彼の気持ちを確認しておかなくてはいけなかった。
「……改めて伝えたいことなんざ、特に思い付かんな」
「そんなことないでしょ、今まで言いたかったこととか、残したい気持ちとか……」
「そりゃあ、なくはないが……」
「じゃあ、それを教えてよ」
「……いや、男の想いは生き様で伝わるってもんよ」
「生き様って、そんなかっこつけ今いらないんだけど……」
「ははっ、男はかっこつけてなんぼだぞ。ロティだってそういう男が好きだろうさ」
「な……っ!? シャルロットの好みとかは、知らないけど!」
相変わらずの調子で話していると、ブランは久しぶりに寝床から立ち上がって、ふらふらと歩き始め、普段家族のみんなが座るリビングのテーブルへと近付く。
その危なっかしい足取りに、もう長く共には歩めないのだと嫌でもわかってしまった。
「……おれが拾われた日にかかっていた、白い霧」
「え……?」
「霧を見る度に、よくあんな真っ白い中で見付けたもんだと、ロティは懐かしそうに笑って話すんだ。……あの時のおれは、あの日のおまえより衰弱して、声も出せないくらいだった」
「ブランが……?」
「はじめて食ってから好物のビスケットを、みんな言葉にしなくてもちゃんと気付いてくれて、ろくに食えなくなった今でもふやかして柔らかくして出してくれる……」
「……」
「案外、言葉なんてもんはなくても、ちゃんと通じるもんさ」
そう言ってブランは、シャルロット用のみんなより少し小さな木の椅子に、身を寄せた。
「……ロティと並んで歩いた、通学路の景色や匂い。お母さんが作ってくれた、もうすっかりぼろぼろのぬいぐるみのおもちゃ。お父さんが撮ってくれた家族写真の真ん中の、でかい白い毛玉みたいなおれ……共に過ごした時間の、家族の思い出の中に、こんなにもおれの存在がある。それは言葉なんてもんより、よっぽどロティたちの中に残るだろう」
「ブラン……」
遠い昔を懐かしむように、ブランは語る。そのどれもぼくは知らなくて、けれど容易に想像が出来た。
そして不意に、彼はシャルロットの椅子の脚に残った歯形に軽く頭を寄せる。
「……強いて言うなら、こいつはおれがこの家に拾われてちょいと元気になった頃に、警戒して噛んじまったんだ……ロティに怪我はなかったが、そればっかりは今でも申し訳ないな」
「じゃあ、それを謝りたい……?」
「ああ……でも、謝って許されちまうよりかは、こんなやんちゃな奴も居たなって時々でも思い出して笑ってくれた方が、おれとしては嬉しいな」
ブランはお別れの先の、自分が居ない家族の未来を笑って話す。そんな様子に、何故かぼくは泣きたくなった。
「……おいおい、なんて顔してんだ」
「だって……」
「ネージュ。おれが居なくなったら、おまえがこの家族にたくさんの思い出を残してやるんだ。……おれが安心できるよう、ちったぁ楽しそうな面しておけよな」
「……うん。……でも、ブランは居なくならないよ」
「あ?」
「だって、みんなの思い出の中に、ずっと居てくれるんでしょ? ぼくの中にも、これからも」
「……おう。当たり前だろ」
ブランの想いは、じんわりとぼくの中に宿った。これでもう、きっとお別れはお別れじゃなくなる。
彼の語った思い出を、手紙に残すことはしない。その時間を共に過ごした彼らだけの、文字では表しきれない宝物だと気付いたからだ。
だからぼくは、少しだけ覚えた言葉を使って、手紙とは別のものを残すことにした。
「ネージュ?」
椅子の下に潜るぼくを、ブランは怪訝そうに見る。椅子の脚の噛み痕とは反対の、椅子をひっくり返しでもしないと見えない裏面に、ぼくは爪を使って小さく歪な字を刻んだ。
『ブランはずっと、みんなと世界一幸せな、大事な家族』
ぼくの初めての文字は、きっと誰にも見つかることはない。見つかったとしても、下手くそで読めないかもしれない。単語だって文章だって、合っているか自信がない。
それでも構わなかった。これもぼくにとっての、大切な家族にして友達の彼との、思い出のひとつなのだ。
ぼくは受け取ったこの想いを、いつまでも、忘れないと誓った。
*******
「……あ? なんだ、唐突に」
「いいから。何かある?」
「んー……いきなりそんなこと言われてもなぁ」
近頃のブランは、目を開けることも少なくなっていた。
元々見えにくくなっていたから然して変わらないと笑っていたけれど、起きている時間が短いのは永遠に眠る時が近付いているのだと、この間お母さんがシャルロットに話しているのを聞いてしまった。
近頃少し暖かくなってきたから、お父さんが家に帰ってくるまで、きっともう少しだ。だけどブランに残された時間も僅かしかない。
会って直接こぼれた声を残せたら一番だけど、それが叶うかもわからない。今のうちに、残すための彼の気持ちを確認しておかなくてはいけなかった。
「……改めて伝えたいことなんざ、特に思い付かんな」
「そんなことないでしょ、今まで言いたかったこととか、残したい気持ちとか……」
「そりゃあ、なくはないが……」
「じゃあ、それを教えてよ」
「……いや、男の想いは生き様で伝わるってもんよ」
「生き様って、そんなかっこつけ今いらないんだけど……」
「ははっ、男はかっこつけてなんぼだぞ。ロティだってそういう男が好きだろうさ」
「な……っ!? シャルロットの好みとかは、知らないけど!」
相変わらずの調子で話していると、ブランは久しぶりに寝床から立ち上がって、ふらふらと歩き始め、普段家族のみんなが座るリビングのテーブルへと近付く。
その危なっかしい足取りに、もう長く共には歩めないのだと嫌でもわかってしまった。
「……おれが拾われた日にかかっていた、白い霧」
「え……?」
「霧を見る度に、よくあんな真っ白い中で見付けたもんだと、ロティは懐かしそうに笑って話すんだ。……あの時のおれは、あの日のおまえより衰弱して、声も出せないくらいだった」
「ブランが……?」
「はじめて食ってから好物のビスケットを、みんな言葉にしなくてもちゃんと気付いてくれて、ろくに食えなくなった今でもふやかして柔らかくして出してくれる……」
「……」
「案外、言葉なんてもんはなくても、ちゃんと通じるもんさ」
そう言ってブランは、シャルロット用のみんなより少し小さな木の椅子に、身を寄せた。
「……ロティと並んで歩いた、通学路の景色や匂い。お母さんが作ってくれた、もうすっかりぼろぼろのぬいぐるみのおもちゃ。お父さんが撮ってくれた家族写真の真ん中の、でかい白い毛玉みたいなおれ……共に過ごした時間の、家族の思い出の中に、こんなにもおれの存在がある。それは言葉なんてもんより、よっぽどロティたちの中に残るだろう」
「ブラン……」
遠い昔を懐かしむように、ブランは語る。そのどれもぼくは知らなくて、けれど容易に想像が出来た。
そして不意に、彼はシャルロットの椅子の脚に残った歯形に軽く頭を寄せる。
「……強いて言うなら、こいつはおれがこの家に拾われてちょいと元気になった頃に、警戒して噛んじまったんだ……ロティに怪我はなかったが、そればっかりは今でも申し訳ないな」
「じゃあ、それを謝りたい……?」
「ああ……でも、謝って許されちまうよりかは、こんなやんちゃな奴も居たなって時々でも思い出して笑ってくれた方が、おれとしては嬉しいな」
ブランはお別れの先の、自分が居ない家族の未来を笑って話す。そんな様子に、何故かぼくは泣きたくなった。
「……おいおい、なんて顔してんだ」
「だって……」
「ネージュ。おれが居なくなったら、おまえがこの家族にたくさんの思い出を残してやるんだ。……おれが安心できるよう、ちったぁ楽しそうな面しておけよな」
「……うん。……でも、ブランは居なくならないよ」
「あ?」
「だって、みんなの思い出の中に、ずっと居てくれるんでしょ? ぼくの中にも、これからも」
「……おう。当たり前だろ」
ブランの想いは、じんわりとぼくの中に宿った。これでもう、きっとお別れはお別れじゃなくなる。
彼の語った思い出を、手紙に残すことはしない。その時間を共に過ごした彼らだけの、文字では表しきれない宝物だと気付いたからだ。
だからぼくは、少しだけ覚えた言葉を使って、手紙とは別のものを残すことにした。
「ネージュ?」
椅子の下に潜るぼくを、ブランは怪訝そうに見る。椅子の脚の噛み痕とは反対の、椅子をひっくり返しでもしないと見えない裏面に、ぼくは爪を使って小さく歪な字を刻んだ。
『ブランはずっと、みんなと世界一幸せな、大事な家族』
ぼくの初めての文字は、きっと誰にも見つかることはない。見つかったとしても、下手くそで読めないかもしれない。単語だって文章だって、合っているか自信がない。
それでも構わなかった。これもぼくにとっての、大切な家族にして友達の彼との、思い出のひとつなのだ。
ぼくは受け取ったこの想いを、いつまでも、忘れないと誓った。
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