魔法探偵の助手。

雪月海桜

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第四章【朝霧の残像】

願いの代償。

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「……私は私の存在を、魔法でこの世界に映しているの」
「映してる?」
「ええ。幽霊というより、投影映像みたいなものかしら。実体はなくても、みゆりたちと過ごす日々の中に、私の『存在』だけを潜り込ませているのよ」

 何とも難しいことを言う。つまり、見た目が違おうと写真に残らずとも、そこに『朝霞姫乃』が居るという共通認識だけがあればいいということだろうか。

「でも、そんなの……」
「朝霞さんの姿が不確定なのも、幼馴染みだっていうみゆりさんとすら校外では出会わないのも、そもそもの存在が不安定だから?」
「そうね……私は、不安定だわ。だから、こんな道具に頼ってでないと、学校にすら行けないのよ」

 そう言って取り出したのは、キラキラと光を纏う小さな水色の鏡。
 シオンくんは、対話しながら片方のヘッドフォンで姫乃ちゃんの心の声を聞いている。
 嘘をついていないか確かめているのか、それとも、魔法の本質を探ろうとしているのか。

「姫乃ちゃん、学校に来たかったの? でもね、未承認の魔法道具って、いろいろ危なくて……」
「ええ、代償も覚悟の上よ」
「代償って……?」

 夕崎くんの出力は、書き出したものすべてを忘れさせ、いずれ頭の中の全てを失うところだった。
 若菜ちゃんの歪みは、無理矢理歪めた二人分の負荷を受け、いずれ全て壊れてしまうところだった。

 この鏡に宿る魔力の本質は、わからない。正しい使い道でないとして、不安定な姫乃ちゃんは今存在するために、何を犠牲にしているのだろう。

「……思い出」
「え?」
「新しい日々を過ごす度、私の中にあった思い出が、少しずつ消えていくの」
「……そんな!」

 心当たりは、あった。曖昧になってしまった、いくつもの過去の記憶。
 姫乃ちゃんの中だけじゃない、わたしたちの中からも、きっと少しずつ、姫乃ちゃんとの思い出が消えていくのだ。
 そんな代償を支払うなんて、やっぱり姫乃ちゃんの使う魔法は、彼女の思う『映す』なんかじゃない。

「だから、校外での思い出は増やさないようにしたわ。休みの日に遊べば、その分過去の楽しかった記憶が消えていく。何かを引き換えに得る思い出が、段々怖くなってきたの……」
「姫乃ちゃん……」
「笑えるわよね、それを承知で身体を置いてまで学校に来てるのに、覚悟が足りないんだわ」
「そんなことない。思い出が消えちゃうのは、誰だって怖いよ」
「みゆり……だけど私、それでも……みゆりと一緒のクラスに通えるのが、嬉しくて。一緒に卒業、したかったの」

 シオンくんは、姫乃ちゃんのどんな心の声を聞いているのだろう。二人の表情は、何かを堪えるように苦しそうだ。

「わたしも、姫乃ちゃんと一緒のクラスで嬉しいよ。……今まで、つらかったの、気付けなくてごめんね」
「みゆり……」

 わたしは姫乃ちゃんを抱き締める。触れ合う温もりは、少し低いもののちゃんとここにある。投影されただけの、概念的な存在だとは思えなかった。
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