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閑話 西に向かって
出発
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それから数日は雪が続き、チャトゥラが宿の皆を巻き込んで親睦会をしたり、外に出られるくらいの雪の日には雪合戦をしたりして楽しく過ごした。
そして。
「おぉー、溶けてく!」
吹雪が止むのに1週間もかかり、久々の太陽を拝む今日。
クレアは親睦会でチャトゥラが魔法で飲み物を温めたのを見て、晴れた日に雪を溶かそうと思い至った。
そういうわけで、宿から数キロあたりまで火属性と風属性の魔法で雪と土を溶かしていた。
東方は魔法を見る機会が少ないようで、クレアが簡単な魔法を使うだけで歓声を上げる。
チャトゥラも『札』で手伝ってくれて、なんとか昼ごろには宿の周りの雪を溶かしきった。
宿から出られなかった他の客もこれで通れるだろう。
「よっし、それじゃあ行くか」
御者席にチャトゥラとクレアが乗り、その周りにシェントゥたちが馬に乗ってついた。
ついに出発だ。
馬のいななきが冬の寒空に高らかに響いて、ついに荷車が動き出した。
チャトゥラが手綱を持って、クレアが魔法で道を開いていく。
乗り心地はあまり良くないが、連れて行ってもらう手前文句は言えない。
絶えず魔法を使いながら走ること30分。
馬宿はいつしか見えなくなり、目の前には一面の銀世界が広がっている。
民家は見当たらず、開けていて、足跡がどこにもないことから動物は冬眠、人も冬籠りだろうかと推測する。
ガタゴトと揺られながら進む中でチャトゥラが話しかけてきた。
「そういえば、ルクレイシアに行くと言っていたね。迂回は考えてない、ね?」
少し意味深な様子で聞いてきたチャトゥラを不思議に思いながらクレアはうなずいた。
「見ての通り魔法使いなので。北方にいたときは疲れていて、魔法使いとの交流が少なかったんです。
だから、魔法の国と言われているルクレイシアでは魔法使いと交流してみたくて」
「うーん……そっか。それなら、迂回はできないね」
クレアがルクレイシアに行きたい理由を聞いたチャトゥラはとても渋い顔をした。
クレアは体は前を向きながら、顔だけは隣のチャトゥラの方を向いていた。
チャトゥラはさっきからぶつぶつひとりごとを呟いて百面相をしている。
怪訝に思ったクレアはチャトゥラを見ながら問いかける。
「ルクレイシアはよくない国ですか?」
クレアの問いかけにチャトゥラは慌てて答えた。
「ごめん、不安にさせちゃったね。
ルクレイシアは確かに魔法の国だけどね、魔法には厳しいというか………。
一般的に普及している魔法を善としているんだよね。
杖のあるなしはそこまで問われないようだけど、魔法陣や詠唱が特殊だと、正しい魔法じゃないって馬鹿にする国民が一定数いるんだよね………。
国が北寄りで魔法が栄えてるから、自分たちは北方民だって主張する国民もいるみたいでね……
私が昔商談した方にルクレイシア出身の人がいてね。
魔法が使えるなら見せてくれと言われて見せたら、商談がなくなったんだよね。
あぁ……『あいつの○○みたいな目を○○○○○○しとけばよかった………』」
最後の恨みの言葉が東方の言語になってしまっているあたり、チャトゥラにとって相当屈辱的なことだったのだろう。
回りくどい言い方をするのは誰かに聞かれたら困るからなのか。
それともクレアを傷つけたくないからなのか。
つまりチャトゥラは、「お前の魔法は異常だ」と遠回しに言ってルクレイシアに行くクレアを止めようとしている。
クレア自身も自分の魔法の出し方が他と違うことを知っている。
クレアは自分が今出している魔法を見た。
手をかざして『溶かせ』と言って出した魔法。
商人たちは見る機会がないと珍しそうだったが、チャトゥラはわかったのだろう。
クレアの異常さに。
黙り込んでしまったクレアを見てチャトゥラがおろおろとしだしたころ、一行はルクレイシアの隣の国───チャトゥラたちの目的地に着いた。
検閲に並んでいる間、チャトゥラはもう一度クレアに話しかけた。
「クレアちゃん、悪いようにはしないからルクレイシアはやめて私たちと南下しよう、ね?
私たちは数日ここに滞在したらそのまま南下して、東に戻るつもりなんだよね。
南下した先で降ろしてあげるから、ルクレイシアに行くのはやめた方がいいと思うね」
善意の提案だった。
チャトゥラは1週間だけ一緒になったクレアの旅を案じてくれている。
いらない傷を作らずに、楽しく旅をしてほしいのだろう。
クレアはチャトゥラに笑顔を向けた。
「……ありがとうございます。でも、もう決めているので」
「いらないお節介、だったね」
チャトゥラはまだ心配そうだが止める気はないようだった。
クレアはぴょんっと荷車から降りた。
荷台の方から自分のトランクを探して持つと、クレアはおもむろに杖を取り出した。
「もう行ってしまうのかい?」
「えっ、天使とお別れ………」
「もうちょい一緒でもいいだろ?」
クレアが離脱するのを察したのか、皆がクレアを呼び止める。
クレアは皆に向かって「すみません」と笑って言うと、杖でトントンと地面を2回叩いた。
次の瞬間、クレアの足もとからチャトゥラたちを囲むように魔法陣が現れた。
黄金色に光る緻密な魔法陣が、傾いてきた太陽に反射してより一層輝く。
周りにいた人も、もちろんチャトゥラたちも、クレアの出した魔法陣の美しさに目を奪われる。
「皆さんに────『ラトゥスの祝福がありますように』」
その瞬間、魔法陣から溢れた光の粒がチャトゥラたちを包んだ
暖かな色をした光が、チャトゥラたちの行く先を見守ってくれるように。
「チャトゥラさん」
魔法に包まれるチャトゥラのもとへ歩いてきたクレアはチャトゥラを呼んだ。
状況が理解できないといった顔でクレアを見るチャトゥラに笑いながら口を開いた。
「心配してくれてありがとうございます。
北に頼りになる友達がいるので、何かあったらその方に頼もうかなって思います。
あ、あと」
クレアは言葉を切って自分の体を宙に浮かせた。
宙に舞う姿は雪の妖精のようで淡く儚げだ。
高いところまで浮くと、クレアは途中で切った言葉の続きをチャトゥラに向かって言った。
「私、結構強いんですよ!
それじゃあ、ありがとうございました!!」
そう言って鳥のように早く飛んでいくクレアを呆然と見ていたチャトゥラは、クレアの最後の言葉に袖で口もとを隠して「ふ、は、は」と笑った。
そして。
「おぉー、溶けてく!」
吹雪が止むのに1週間もかかり、久々の太陽を拝む今日。
クレアは親睦会でチャトゥラが魔法で飲み物を温めたのを見て、晴れた日に雪を溶かそうと思い至った。
そういうわけで、宿から数キロあたりまで火属性と風属性の魔法で雪と土を溶かしていた。
東方は魔法を見る機会が少ないようで、クレアが簡単な魔法を使うだけで歓声を上げる。
チャトゥラも『札』で手伝ってくれて、なんとか昼ごろには宿の周りの雪を溶かしきった。
宿から出られなかった他の客もこれで通れるだろう。
「よっし、それじゃあ行くか」
御者席にチャトゥラとクレアが乗り、その周りにシェントゥたちが馬に乗ってついた。
ついに出発だ。
馬のいななきが冬の寒空に高らかに響いて、ついに荷車が動き出した。
チャトゥラが手綱を持って、クレアが魔法で道を開いていく。
乗り心地はあまり良くないが、連れて行ってもらう手前文句は言えない。
絶えず魔法を使いながら走ること30分。
馬宿はいつしか見えなくなり、目の前には一面の銀世界が広がっている。
民家は見当たらず、開けていて、足跡がどこにもないことから動物は冬眠、人も冬籠りだろうかと推測する。
ガタゴトと揺られながら進む中でチャトゥラが話しかけてきた。
「そういえば、ルクレイシアに行くと言っていたね。迂回は考えてない、ね?」
少し意味深な様子で聞いてきたチャトゥラを不思議に思いながらクレアはうなずいた。
「見ての通り魔法使いなので。北方にいたときは疲れていて、魔法使いとの交流が少なかったんです。
だから、魔法の国と言われているルクレイシアでは魔法使いと交流してみたくて」
「うーん……そっか。それなら、迂回はできないね」
クレアがルクレイシアに行きたい理由を聞いたチャトゥラはとても渋い顔をした。
クレアは体は前を向きながら、顔だけは隣のチャトゥラの方を向いていた。
チャトゥラはさっきからぶつぶつひとりごとを呟いて百面相をしている。
怪訝に思ったクレアはチャトゥラを見ながら問いかける。
「ルクレイシアはよくない国ですか?」
クレアの問いかけにチャトゥラは慌てて答えた。
「ごめん、不安にさせちゃったね。
ルクレイシアは確かに魔法の国だけどね、魔法には厳しいというか………。
一般的に普及している魔法を善としているんだよね。
杖のあるなしはそこまで問われないようだけど、魔法陣や詠唱が特殊だと、正しい魔法じゃないって馬鹿にする国民が一定数いるんだよね………。
国が北寄りで魔法が栄えてるから、自分たちは北方民だって主張する国民もいるみたいでね……
私が昔商談した方にルクレイシア出身の人がいてね。
魔法が使えるなら見せてくれと言われて見せたら、商談がなくなったんだよね。
あぁ……『あいつの○○みたいな目を○○○○○○しとけばよかった………』」
最後の恨みの言葉が東方の言語になってしまっているあたり、チャトゥラにとって相当屈辱的なことだったのだろう。
回りくどい言い方をするのは誰かに聞かれたら困るからなのか。
それともクレアを傷つけたくないからなのか。
つまりチャトゥラは、「お前の魔法は異常だ」と遠回しに言ってルクレイシアに行くクレアを止めようとしている。
クレア自身も自分の魔法の出し方が他と違うことを知っている。
クレアは自分が今出している魔法を見た。
手をかざして『溶かせ』と言って出した魔法。
商人たちは見る機会がないと珍しそうだったが、チャトゥラはわかったのだろう。
クレアの異常さに。
黙り込んでしまったクレアを見てチャトゥラがおろおろとしだしたころ、一行はルクレイシアの隣の国───チャトゥラたちの目的地に着いた。
検閲に並んでいる間、チャトゥラはもう一度クレアに話しかけた。
「クレアちゃん、悪いようにはしないからルクレイシアはやめて私たちと南下しよう、ね?
私たちは数日ここに滞在したらそのまま南下して、東に戻るつもりなんだよね。
南下した先で降ろしてあげるから、ルクレイシアに行くのはやめた方がいいと思うね」
善意の提案だった。
チャトゥラは1週間だけ一緒になったクレアの旅を案じてくれている。
いらない傷を作らずに、楽しく旅をしてほしいのだろう。
クレアはチャトゥラに笑顔を向けた。
「……ありがとうございます。でも、もう決めているので」
「いらないお節介、だったね」
チャトゥラはまだ心配そうだが止める気はないようだった。
クレアはぴょんっと荷車から降りた。
荷台の方から自分のトランクを探して持つと、クレアはおもむろに杖を取り出した。
「もう行ってしまうのかい?」
「えっ、天使とお別れ………」
「もうちょい一緒でもいいだろ?」
クレアが離脱するのを察したのか、皆がクレアを呼び止める。
クレアは皆に向かって「すみません」と笑って言うと、杖でトントンと地面を2回叩いた。
次の瞬間、クレアの足もとからチャトゥラたちを囲むように魔法陣が現れた。
黄金色に光る緻密な魔法陣が、傾いてきた太陽に反射してより一層輝く。
周りにいた人も、もちろんチャトゥラたちも、クレアの出した魔法陣の美しさに目を奪われる。
「皆さんに────『ラトゥスの祝福がありますように』」
その瞬間、魔法陣から溢れた光の粒がチャトゥラたちを包んだ
暖かな色をした光が、チャトゥラたちの行く先を見守ってくれるように。
「チャトゥラさん」
魔法に包まれるチャトゥラのもとへ歩いてきたクレアはチャトゥラを呼んだ。
状況が理解できないといった顔でクレアを見るチャトゥラに笑いながら口を開いた。
「心配してくれてありがとうございます。
北に頼りになる友達がいるので、何かあったらその方に頼もうかなって思います。
あ、あと」
クレアは言葉を切って自分の体を宙に浮かせた。
宙に舞う姿は雪の妖精のようで淡く儚げだ。
高いところまで浮くと、クレアは途中で切った言葉の続きをチャトゥラに向かって言った。
「私、結構強いんですよ!
それじゃあ、ありがとうございました!!」
そう言って鳥のように早く飛んでいくクレアを呆然と見ていたチャトゥラは、クレアの最後の言葉に袖で口もとを隠して「ふ、は、は」と笑った。
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