追放された魔法使いの巻き込まれ旅

ゆり

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2章 魔法の国ルクレイシア

魔物討伐6 :無能な『影』 (『影』side) / 無力感 (セイルクside)

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クレアたちが崖から落ちたころ。

「………始末したはいいが、クレア=モルダナティスは持ち帰らないとな」

ふむ、と立ち止まるフードの男を、私は遠くから観察している。

話を進める前に少しだけ自己紹介をさせていただきます。
私は北部のグラント公国の隠密機関『影』から派遣された者です。
下っ端も下っ端ですが、一応副司令です。
本名はこのような仕事柄なので明かせませんが、隠密の仲間と連絡するときは『イオ』と呼ばれています。
派遣された者は他に数名いますが、今は立て込んでいて紹介できそうにありません。

私たちがルクレイシアにいる理由はただひとつです。
坊ちゃんの大切な方であるクレア様をバレないように危険からお守りするため、です。
…………もしかしたら、守れていないと思われるかもしれません。


その通りです。
私たちはクレア様が強すぎることに胡座をかき、クレア様が崖から落とされたときも遠すぎるところから見守っていたために、手が届かなかったのです。

今、仲間のうち3人が崖の下を、もう1人が坊ちゃんに報告をしてくれていますが、私たちは明日の朝日を拝めないでしょう。
今死ぬか、坊ちゃんに始末されるかだからです。

こうして無能な『影』の存在と行動だけでも知ってもらって、最期を迎えたいと思います。


少し前にあの男に対して奇襲をかけましたが、いい反応がなく、こちらの存在に気づかれただけになってしまいました。
しかも、クレア様を突き落とした方とクレア様が魔法を教えていた方まで落ちる事態となって、我々は今相当焦っています。

男のほうはきっと私たちの次の奇襲で距離を縮めてくる可能性が高く、どう仕掛けたものかと思案している次第です。
『隠密』で姿を消してはいますが、先ほどの襲撃で場所は割れたようなもの。

相手から感じる魔力量からして、相当な手だれです。
動けば刺されると思ってもいいでしょう。

『イオ』

頭に仲間の声が響いてきました。私たち『影』特有の伝達方法です。
声からして、坊ちゃんへ報告を頼んだ『サン』でしょうか。

『坊ちゃんは何と?』
『……雪も溶かせそうなくらいにはお怒りだったよ。
今すぐに駆けつけたいけど、グラントのほうで瘴気の被害が確認されて対応しないといけないらしい。
必要な処理が終わったら向かうそうだけど、それまで安全を確認して保護するようにだって』

………困りましたね。
今、私たちはあの男に戦力差で劣っています。『影』は特殊な訓練を受けて育っているので、個人でAランク上位(Sが最上位)の魔物は簡単に狩ることができます。
しかし、あの男からはそれ以上の強さを感じます。
できても足止めをして、殺されるくらいでしょう。

それに、崖のほうに向かわせた仲間が帰ってきません。3人くらい向かわせたはずなのに一向に連絡がないなんて………。

『い、イオっ!!』

焦った声が頭で響き出しました。
声からして、崖のほうに向かわせたうちの1人、『リン』でしょう。

『リン、落ち着いてください。何かわかりましたか?』

リンの焦った声からして、何かあったのはすぐに察せられます。
まさか、クレア様が骨折などされたのでしょうか。

『先に報告だけど、クレア様は魔力枯渇状態だった。お連れの方も近くにいたけど、みんな死に至るほどの怪我ではなかった。

それで、崖の下に凶暴化した魔物の巣が大量にあるんだ!
くそっ、どんだけいるんだ………。

瘴気を吐くやつもいて、さっき『アル』がやられた。『ラン』も俺も、後先短い。
できる限り魔物を倒すから、クレア様の救助を頼みたい!』

必死な声で報告したリンからの連絡は、それで途切れてしまいました。

………あの男を止めるほうに人員を割けば確実に不利になる。
坊ちゃんからの命令は、クレア様の安全の確認と保護。
バレないように保護するなら、崖の下の魔物を狩って脅威を減らした方が得策でしょうか。

どうせ死ぬのですから、考えている暇はありませんね。

『全員に告げます。
私と他4人はここで男を足止め。
残りは全員崖の下に降りて、凶暴化した魔物を可能な限り討伐。

……死をもって遂行すること』

私の通達で、周りにいたほとんどが崖を降りて行きました。
残った私含めた5人でどれだけ足止めできるかわかりませんが、死をもって遂行します。










































《セイルクside》

「そういえば、どうしてミュゼは落とされたんだ?
クレアはミュゼとの口論で落ちたらしいけど、ミュゼはあのフードの奴に落とされただろ」

静寂に耐えきれず、思わずそう口にすると、ミュゼはばつが悪そうに自分の抱えた膝に顔を埋めた。
何か悪いことを言っただろうか。

俺が疑問に思っていると、クレアが一回大きく手を叩いた。
パンッ!という音が響き渡り、驚いてクレアの方を見てしまう。
ミュゼも驚いたようで、同じようにクレアを見ていた。

「その話は戻ってからにしましょう」

唐突に敬語で言われた俺は、口をつぐむしかなかった。









俺が目を覚ましてから、どれだけ経っただろうか。
洞窟の外に目をやると、未だに雪が降り続けている。地面に雪が結構降り積もっていて、この天候。
助けは来ないかもしれない。

「へぁ………っくしゅ」

誰も喋らずにいたせいで、誰かのくしゃみが洞窟内に響き渡る。
俺が外から目線を戻すと、ミュゼが鼻をすすっていた。
火属性で、雪の日はいつも寮の談話室の暖炉を独り占めするくらいだ。ミュゼは相当な寒がりだ。
俺が近寄ろうと立ち上がるより前に、近くにいたクレアがミュゼに向かって手をかざした。

『保温』

クレアの一言で、ミュゼが着ていた服が暖色に光ったかと思うと、ミュゼがほっとした顔を見せた。
クレアが魔法で暖めてくれたにも関わらず、ミュゼはお礼も言わずにクレアから目を逸らした。

「………すみません、気休め程度に思ってください」

クレアは小さな声でそう言ったが、洞窟だからか、その言葉は反響して俺の耳まで届いた。
俺はクレアに視線を向けて、クレアが疲れた表情をしているような気がした。
俺が見ているのに気づいてすぐに笑顔に戻ったけど、無理をしている気がする。

早くここを抜け出さないと。

「……やっぱり、待つだけじゃ凍え死んで終わりだと思う」

俺が静かな洞窟で発言する。
俺の声だけが洞窟内に響いている。
聞こえていないはずはない。
俺が返事を待っていると、ミュゼが口を開いた。

「でも……、この雪でどうやって戻るの?
雪の中で進んだって、右も左もわからなかったら終わりじゃない」
「それでも、ここで待つのが安全かは保証されてない。
実際に寒さも酷くなってきてるし、ここは討伐範囲外だ。強い魔物がいてもおかしくない」

ミュゼに鼻をすすりながら言われた質問に返した俺は拳を握る。
呑気なことは言ってられない。
ここで待つだけじゃあ、らちが開かない。
ミュゼが俯いて地面を見て黙ってしまうと、クレアが意見した。

「セイルクの言うとおりだと思う。もう終了から結構経ってるし、自分たちで戻る検討は妥当だよ。
………それで、さっきまでこのあたりを魔法で───」

クレアが言葉を続けようとしたときだった。






「おや?こんなところにいたのですか」






俺はその声に体をぶるりと震わせた。
寒さではない。
本能的に逃げなければ、と何かに自分の体が怯えていることがわかる。
声のした洞窟の入り口に目を向けると、あの崖でミュゼを落としたフードの奴がいた。
声からして男だろう。

「全員生きていたのは厄介ですが、ここで始末すれば変わりませんね………」

男が近づいてくる。
脳が、逃げろと言っている。
それなのに動かない。
何かの強い圧で押さえつけられたように、動けない。

男は懐から小さな杖を取り出した。
俺はあいつに殺されるのか?
震えが止まらない。
少しずつ確実に近づいてくる。

もう数十メートルというところ。



『押し戻せ』


ドォンッ!!!
ズズズ…………


突然目の前に土の壁が生えた。
何かが進んでいる音が続いて聞こえてくる。
この壁が動いているのだろうか。
驚いてクレアのほうを見ると、思ったとおり、クレアが出した魔法だった。
足元に魔法陣が現れている。

クレアは肩で息を切らしながら、俺とミュゼを見た。

「ここは私が食い止めるから……、2人は、崖の上に戻って、ほしい。
さっき言いかけた、魔法で探索した結果だけど………。ここの洞窟を………奥に行くと、上に上がれるくらいの崖があるはずなの。
だから、2人はそこまで行って、戻ってて………」
「え、あいつを1人で止める気!?」

クレアは息が整わないまま必死に説明してくれるが、ミュゼは不可能だというように驚いている。
俺もミュゼに同意だ。

クレアはさっきも無理をしているような顔を見せていた。
本当にクレアを置いて逃げていいのか?
食い止めるって言っても、こんな姿じゃあ、クレアが心配だ。
それに俺は、クレアと合流するためにここに来たのだから。

「………クレアも行こう」

俺の言葉にクレアは驚いたような顔を見せたが、すぐに首を振った。
俺はクレアの手を握った。
そこで、俺は初めて、クレアの体が冷え切っているのに気づいた。
冷水を被ったみたいに冷たい。
さっきの『保温』の魔法は、ミュゼだけでなくクレア自身にもかけるべきじゃないかと思わせるほどの冷たさに一瞬たじろいだ。

「………セイルク、離して」

クレアが俺のことを睨む。
初めての会ったときも、こんな顔で俺を見ていたのだろうか。
俺が握っているほうの手を振り払おうと、クレアの手が動く。
でも、本当に力を入れているのか疑うくらい動かない。

「クレアは今戦える状況じゃない。それに、クレアがいないと、道に迷うかもしれない。だから、いっしょに逃げよう」

今のクレアを置いて逃げられない。
俺はもう一度クレアに向かって一緒に逃げることを提案する。

そのときのクレアは、とても泣きそうになっていた。
目を少し潤ませて口を震えさせるクレアが、さっきまでと様子が違ってまた動揺する。
それでもなお、俺が手を握ってクレアの返答を待っていたときだった。



ドゴォォォンッ!!

ドゴォォォンッ!!


洞窟全体が揺れるような衝撃が訪れた。
土の壁の向こうから音が近づいてくる。
もしかして、あの男が土の壁を壊して……?


ドゴォォォンッ!!


俺はその衝撃でクレアの手を離してその場に転んでしまった。
俺がクレアを見上げると、クレアは泣きそうな顔で俺を見て「ごめん」と言った。

『導け』

クレアの一言で現れた魔法陣から、氷でできた小さなうさぎが出てきた。
俺とミュゼが、うさぎに目を奪われていると、うさぎの目が紅く光った。
その目を見た途端、へたり込んでいた俺の体が、意思と関係なく立ち上がった。


ドゴォォォンッ!!


すぐ近くまでくる振動に、クレアの手を取ろうとするが、体が思うように動かない。
まるで誰かに操られているかのように。
ミュゼも同じようで、とても驚いた表情をしている。

俺の足のすねくらいまで小さかったうさぎは、みるみると大きくなり、俺の腰ほどまで成長すると、先導するように洞窟の奥へ走り出した。
その動きに合わせて、俺とミュゼは洞窟の奥に体が進んでいく。

さっきの「ごめん」は、そういうことだったのか?

俺は進まされている中で、視界の隅に捉えたクレアを見た。
クレアは俺たちが奥に進んでいく様子を眺めて、一筋の涙を流していた。

やがて、クレアの姿が見えなくなると、俺たちを操っていた力は足だけに集中された。
絶対に戻らせないという強い意思を感じるその魔法に、俺とミュゼは屈するしかなかった。

俺たちは頼りなかったのだろうか。
それとも、邪魔だったのだろうか。
クレアは俺と同い年なのに、こうして逃がされている自分が恥ずかしい。
何もできない自分に怒りを持つことしかできない。



クレアが無事に帰ってくることを祈って、俺たちは操られるがままに洞窟を進んでいった。
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