サイハテの召喚士

茶歩

文字の大きさ
上 下
5 / 24
第1章 幕開け

5 Y地区の対価

しおりを挟む


 一本道から少し外れたところに川を見つけて、私たちは上流に向かって歩き続けた。

 日が暮れる頃には寝床の準備をして火を起こす。この間獲ったベヒーモスの肉を保存用に干し肉にしていたので、今日の夜は道すがら採った山菜と干し肉を食べることにした。


「君たち本当逞しいよね‥。
自然に馴染んで生活できるなんて。
俺、野宿には抵抗があるよ」


「私たちは野宿しかしたことないよ。
屋根があるのは洞窟くらい」


 Y地区に来たものの今のところZ地区と然程変わり映えはしない。
 アキによると、この地区から更に上のX地区に行くには通行金として1人10コイン必要らしい。
 流石にアキにそんな大金はないし、仮にお金があったとしても守ってあげるから払ってくれとは言えない。私たちが更に上を目指すのであれば何らかの手段を見つけ出さなくてはならなかった。


 ちなみに、ギルドの任務などで他の地区に行く際は通行手形が支給されるらしく、都度通行金がかかるわけではないらしい。
 アキのように元の地区から自ら場合は、例え元の地区に戻る為であっても通行金が発生してしまうそうだ。


 通行手形を偽造しようと言ったけど、アキとブラウンはやっぱり首を横に振った。
 つくづく真面目な2人だと思ったけど、私たちは通行手形を見たこともないし、偽の通行手形を作る材料も技術もないのだと言ってから気付いた。
 我ながら阿保だ。


 夜が明けて、私たちはまた行動を開始した。
兎にも角にも、早いところY地区を知らなければ。今のままではZ地区と何も変わらない。


「あ‥あれ」


 ブラウンがふと声を上げた。
歩みを止めて振り返ると、ブラウンがしゃがみ込んでいる。


「どうしたの?」


「崖下のあれ、瓶だよね」


 え?瓶??
ブラウンの隣にしゃがみ込んでよく眼を凝らす。

 確かに、生い茂る緑の中に茶色い瓶が何本も集積されている。


「わ、本当だ。漂流物かな?」


「いや、違うと思う」


 ブラウンは口元に手を当てて唸った。


「ねぇアキさん。
Y地区にはコインは流通してるんですか?」


「え?いやぁ‥詳しくはわからないけど。
X地区にお店があるってのは聞いたことあるけど、Y地区は何も‥」


「そうですか‥。
遠目でしか確認できないけど、同じような見た目の瓶が数本並んでる。
漂流物では同じものがこんなに揃うわけがないから、あの瓶は何らかの対価と引き換えにここで得たものだと思う」


 ブラウンってば、バンダナで深く目元を隠しているくせに、視力はすごいし、つくづく頭がいいなぁ。


 あ、でも‥


「アキみたいに上の地区から落ちてきた人が持ち込んだものって可能性もあるんじゃない?」


 私の渾身の閃きに、ブラウンは容赦なく首を横に振った。


「簡単に持ち込める量じゃないよ。中身の入った瓶は重いだろ?空の瓶を持ち込む意味もないし。数人でわざわざ瓶を運び入れる意味も分からない。
恐らく『酒瓶』だと思うんだけど、酒瓶の為にその他の持ち物を蔑ろにして、あんなにも持ち込む必要は無いと思うんだ」


「そ、そうなの?」

「‥わかってたけど、改めてブラウン君って頭いいよね」

「だから、この地で何らかの方法で得たものっていうのが一番納得できるんだよ。
‥何かに再利用するためか、ただゴミ置場として集積しているのかはわからないけど」


 なるほど。
ということは、Z地区と違ってY地区は色々と物資もあるのかもしれない。


「コインが流通してるかもしれないね!
なにか商売できるかも!狩とかで!」


 私が目を輝かせてそう言うと、ブラウンは腕を組んで少し考えているような仕草を見せた。


「もしコインが流通してても、この地で狩を商売にするのは厳しいかも」

「え!」

「見た通り、Y地区はZ地区と変わらないほどの野生っぷりだろ?だからここで生き残ってる人たちっていうのは屈強な人たちだと思うよ。自分たちで狩ができちゃうんじゃないかな」

「な‥なるほど‥」


 唸る私とブラウンを見て、アキが控え気味に声を上げた。


「お、俺、一応食堂の息子だから‥
食べ物関係ならなんとかなるかも」


 ぽりぽりとこめかみを掻きながら、アキは微笑んだ。


「私とブラウンは商売を知らないから、アキの存在はでかいよ」

「俺も本当にそう思います。
まぁ、まずはY地区の人間がどういう生活を送っているかを知ってからですね」


 私とブラウンの言葉に、アキは照れ臭そうに笑った。



 溜め込まれた酒瓶の近くに集落があると踏んだ私たちは、崖下へと降りていけるよう山道を選びながら進んでいった。

 人里を見つけられたのは、次の日の昼間だった。


 私とブラウンは、まずその光景を見て驚いた。
Z地区の集落にいたときも、住居を構えてる人たちはいた。
 ただそれは、魔物や野獣の牙や骨を組み合わせて出来た骨組みに、魔物や野獣の毛皮を被せるという簡素な作りのもの。

 私とブラウンは集落にいた時は、そんな住居の中に入れてもらうこともできなかったし、雨風を凌ぎたいときは洞窟で寝ていた。


 ここY地区の住居は、明らかに自然物だけで作られたものではなかった。
 薄く均等な木の板で四方を囲っており、同じく明らかに加工された木の板の屋根が付いている。


「へー、Y地区はこんな家に住んでるんだね。
ちゃんと扉もあるじゃないか」


 アキも少し驚いたように声を上げた。
関所ほどは立派じゃないけど、扉にはネジも使われている。

 そして、その住居は何棟も連なっていた。



「やっぱり、全然違うね。
加工物を手に入れられる環境なんだよ、ここは」


 ブラウンはその住居の作りを理解しようと、まじまじと住居を見つめながらそう言葉を落とした。


ーーその時だった。


「誰だ、お前たちは」


 住居の扉が開くのと同時、野太い声が響いた。
どうやら中に人がいたらしい。

 髭をこさえた屈強な男が、こちらを睨むようにしながら外に出てきた。
 

「あ、すみません。
Z地区から上がってきたものです。
こうした立派な住居を見るのが初めてだったので、つい見入ってしまいました」


 ブラウンがそう説明すると、男は眼光鋭いまま私を見た。


「‥オッドアイか」


「え?あ、はぁ。生まれつきなんです」


「‥‥お前、女だよなぁ?」


 そう聞かれた途端、私には何故か野生の勘が働いた。
何故かわからないけど、ヤバい、と咄嗟に感じたのだ。

 私の体が後ろに下がったのと、男の太い腕が私の腕を掴もうとしたのは同時だった。

 この人、私を捕まえようとしてる。


 ぴょんぴょんと跳ねるようにして更に数歩後ろに下がると、男は当たり前の如く私を追う仕草を見せる。


「ブラウン!アキ!」


 私の呼びかけに、2人も首を縦に振った。
そこからは3人揃って勢いよく走り出したのだった。


 なんで私を捕まえようとしたんだろう。
オッドアイだから?女だから?


 山中に入ってもしばらく走り続けた私たちは、男の姿が見えなくなってからやっと足を止めた。


「‥どういうことだと思う?」


 ブラウンとアキに問い掛ける。


「オッドアイ‥そして、女。
たぶん奴らはこれで対価を得てるよ」


 ブラウンが言葉を落とすと、アキも苦い顔をしながら頷いた。


「下手すりゃブラウン君や俺さえもその対象になるのかもしれない」


「どういうこと‥?」


「たぶんだけど、Y地区の人たちは『人』を売ることで対価を得てる。カラーみたいに希少価値の高いオッドアイなんかは、値が張るんじゃないかな」


 なるほど。
なんだか、妙に納得してしまった。

 女や子どもを売って、代わりにお酒や加工物を手に入れてるのか。


「取引先は上の地区の人ってこと?」


「恐らくそうだと思うよ。
アキさん、W地区にはそういう話はありましたか?」


「いや‥俺が知らなかっただけかもしれないけど、人身売買の話は聞いたことなかったよ」


「そうですか‥。
まぁこういうのはだいたい闇取引みたいなものだから、表には出てこないんでしょうね。
取引相手がX地区の人なのかW地区の人なのか、はたまたもっと上の地区の人かはわからないけど‥」


「ここにいたら危険だね」


 アキの言葉に、私もブラウンも頷いた。


 迂闊に近寄れない。それどころか、さっきの人が仲間を連れて更に追ってくるかもしれない。

 魔物や野獣相手に戦い続けてきた私だけど、人間と戦ったことなんて一度もない。
 私は妙に指先が冷たく感じて、しばらくしてからやっと『怖かった』のだと気付いた。


しおりを挟む

処理中です...