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第1話『夏祭りのあとに』
しおりを挟むせっかくの浴衣は、人ごみに揉まれたせいですっかりヨレヨレだ。
可愛くセットされた髪は崩れ、化粧も汗でよれている。
何よりも蝉がうるさすぎるし、この尋常じゃない暑さにもいい加減疲れてしまった。
団扇を高速で扇ぎ、何とかその熱から逃れようとする。
「おいボサッとしてんなって。
俺らもはぐれるだろ」
数歩前を歩いていた高梨が振り返って不機嫌そうに言う。
いいよね、あんたは。髪だっていつも通りだし、すっぴんだから化粧がよれることもないし、服装だってラフなんだから。
「へいへい」
高梨に追いつこうと歩くペースを上げると、既に悲鳴を上げていた足の親指と人差し指の間がついに嫌な痛みを訴えてきた。
うわー、と思って草履を脱ぐとぺろりと皮が剥けている。
「っ‥痛‥‥うわぁ!」
痛みに溺れる暇はなかったようだ。
人の群れは容赦なく後ろから押し寄せる。急に立ち止まった私がよほど邪魔だったのだろう。見知らぬ人が舌打ちをしながらぶつかっていく。
はぁ‥。
最悪だよ‥。
「何やってんだよノロマ」
呆れたように高梨が近づいてくる。
何も言わずに歩き出した私を見て、今度はため息をついた。
「絆創膏ねーの?」
「‥ない」
「履き慣れてねーの履くなら持っとけよアホ」
「‥うるさいなぁ!高梨が歩くの早いの!」
「お前のペースで歩いてたら朝になるだろ!」
「なるわけないじゃん!馬鹿なの?」
「お前に言われたくねーよバーカ!!」
「はぁ?!この冷徹男!人でなし!ゲス野郎!」
道行く人々が、冷ややかな視線を送る中、私たちはもう何度目かわからないレベルの低い戦いを繰り広げた。
高梨とはいつもこうだ。
ただの同級生、という肩書き12年目。
小学校一年生の頃からの付き合いだというのに未だに馬が合わない。たぶんよっぽど相性が悪いんだと思う。
でも何故かお互いの友達同士が仲良くなることが多くて、何人かで遊ぶ時に一緒になることが多い。今日もそうだ。
嫌い、というわけではない。
けど、すぐにムカついてしまう。
高梨以外にはこんなに短気じゃないのに。
「ゲスで悪かったな!なんならお前が小1の時に教室で漏らしたことバラしてもいいんだぞ!」
「はぁ?!やめてよ!っていうか大きい声で言わないでよ!」
「まずは暴言の数々を謝ってもらおうか」
得意げに見下す高梨。
こんな奴が以外とモテるんだから世も末だ。
多少顔がいいだけじゃないか。性格はこんなにも歪んでいるのに。
「い、嫌だって言ったら‥?」
「武藤に言う」
「や、やめてよ!!」
武藤くんは、私が密かに想いを寄せる爽やかボーイだ。
今日は本当は、武藤くんを含めた4人で来ていたけど、祭りの終盤にはぐれてしまった。どうせなら武藤くんと2人になりたかったのに‥。
「じゃあ言うことあるんじゃないの~?」
そう言ってほくそ笑む高梨。
まさにゲス顔の極みだ。
「くっ‥‥すみませんでした」
「ふんっ、まぁ許しておいてやるよ」
くそっ。悪魔め。
高梨が唐突にサンダルを脱いだ。
アスファルトの上に素足、といった状態だ。
「な、何やってんの?」
「ほら」
ぽいっと足元に投げられたサンダル。
鼻緒がないこのサンダルは、今の私にとってまさに救世主である。
「い、いいの?!」
「いいから履けよ。まともに歩けねーんだろ」
高梨の予想外の優しさにジーン、と胸を打たれた。
普段は極悪非道の冷徹ドS悪魔なんだけど、たまに良いところがあったりする。それが高梨を嫌いにならない理由なのかもしれない。
「でも高梨裸足じゃん‥」
履くのに躊躇っていると、高梨は気怠そうに歩き出してしまった。慌てて草履からサンダルに履き替えて高梨を追う。
高梨の横に並んだ所で、少し照れくさいけどお礼を言った。
「ありがとね、高梨」
「500円」
「え?」
「レンタル料」
「えー?!金取んの?!」
「だってお前バイトしてんじゃん」
確かに私は、制服のスカートがやや短めのカフェでバイトをしている。でも、そういう高梨だってバイトをしているはずだ。
それなのにこんなケチな真似を‥!
「やっぱ返す!いらない!」
高梨の足元にサンダルを並べて置く。
さらば、救世主‥
「はー?履けばいいじゃん。冗談も通じねーのかよ」
「水虫が移る!」
「水虫じゃねーし!」
結局お互い、片手に履物を持った状態で素足で歩いた。側から見れば非常に変わり者だろう。
というか、高梨は意地を張らずに履けばいいのに。いや、意地を張ってるのは私か‥?
まぁいい。やっぱこんな悪魔に借りを作りたくない。
「お前ほんと可愛くねーよな」
「あんたに可愛いって思われなくていいもん」
「うーわ、まじ可愛くねー」
もはや高梨に返事をするのもやめた。
はぐれた2人と先程連絡を取り合った際に、待ち合わせ場所を決めていた。祭りの後にラーメンを食べたいという武藤君の案で、祭り会場のすぐ裏の路地にあるラーメン屋が待ち合わせの場所だった。
気付けばラーメン屋に着いてしまった。
武藤くんとの再会に備え、足の裏の小石を払い、再び草履を履く。
そんな私の様子を、高梨が呆れたように見ている。
黙って俺のサンダル履いてりゃよかったのに、と言いたいんだろう。
高梨ももうどうでもよくなったらしい。やっとサンダルを履いた。
武藤くんと来るのは私の友人の芽衣子だ。
芽衣子はなんとこんな高梨のことをかっこいいと言っているのだから驚きだ。
友人として何度も反対しているけど、芽衣子の気持ちは変わらなかったようだ。
何分か経っても2人が現れる気配はなかった。
そろそろこの無言な状況も気まずさが増してくる。
高梨もそれは同じだったようで、ぷらぷらと歩を進め始めた。
「ちょっと。どこ行くのよ」
「暇すぎて無理」
そう言って、ラーメン屋の脇の細い路地に向かって進んで行く。
「戻ってくるんでしょうね?!」
「うるせーなー。
ちょっと探検してるだけだろうが」
探検て!
確かに地元からは少し離れた場所だから、そんな路地歩いたこともないだろうけども。
あんな仏頂面しているくせに、探検とかいうおちゃめワード死ぬほど似合わないんですけど。
まぁ、すぐ戻ってくるだろう。
そう思って、ラーメン屋の前で待っている時だった。
「うわっ!!」
聞いたこともない、高梨の大きな声。
ーーー何かあったの?!
というちょっとした不安と心配。そして‥
虫かなんかに驚いて声をあげたのであれば、弄り倒してネタにしてやろう‥という猛烈な好奇心が湧き上がった。
草履を再び脱いで、高梨の声がした方へ走る。
あれ。
ベンチとすべり台しかない小さな公園。
こんなところで、あんな冷徹で大きな男が声をあげたなんて‥。
ーーーーん?お婆ちゃん‥?
ヘタリと地面に座り込む高梨と、立ち姿のまま高梨を見下ろす、真っ黒い洋服を身に纏ったお婆ちゃんがいる。
まさか、幽霊かと思ってビビったとか‥?
「ははっ、高梨なにしてんのー!」
私の声に気付いた高梨が、ハッと何かに気付いたらしい。
見たこともない、高梨の必死な表情に戸惑いを隠せない。
「逃げろバカッ!!」
高梨は‥何をそんなに‥
ただのお婆ちゃんじゃないの。
凶器を持っている様子とかもないのに。
「ど、どうしたの高梨‥」
「いいから早く走れっ!」
座り込んだまま、高梨が叫ぶ。
どういうこと‥?!
これは、まさか壮大なドッキリ‥?
高梨の迫真の演技に私が驚いて逃げ出す‥って感じ?
だから探検だなんて似合わないこと言ったのかな。
「お嬢ちゃん、逃げないのかい?」
お婆ちゃんがこちらを見ないまま、やっと口を開いた。
ドッキリ説が濃厚だけど‥そうなると、お婆ちゃんもグル‥。
「逃げるわけないじゃないですかぁ」
だって逃げたら、ドッキリに騙されたって、一生のネタになっちゃうもの。
「恋人なのかい?」
お婆ちゃんがやっとこっちを見た。
ーーーーーゾクッ。
思わず、身震いをした。
だって、あんな見事に童話の『魔女』な人‥初めて見た。
なんてクオリティの高いドッキリなんだ。
「恋人なんかじゃありませんよ」
「夢!まだ間に合うから!
言うこと聞けよっ!」
まだ必死に演技を続ける高梨に、やれやれとほくそ笑んでみた。
私は騙されないよ?高梨。残念だったねぇ。
「じゃあなんなんだい?」
えー。掘り下げる?そこ。
別に友人とか知人とか親戚とか、なんでもよくない?
あー、これもドッキリのネタの1つかな。
ここで、高梨の迫真の演技に騙されたうえで「『幼馴染なんです!高梨をいじめないでっ!』とか言ってたなぁ?お前」って弄りたいんだろう。
やれやれ、しょうもない男だ。
「ただの腐れ縁です!世界一憎たらしい奴!」
お婆ちゃんは、クックック‥と笑い出し、そして‥
私に人差し指を向けて、何やらブツブツと唱え始めた。
あー、このお婆ちゃんもノリノリで魔女ごっこしてるのか。一体どこでこんなノリよくドッキリに協力してくれるお婆ちゃん見つけたんだろう。
それにしても高梨ったら‥私を騙すために、無駄な体力使いすぎでしょ。柄にもないことしてさぁ。‥‥ん?柄にもない‥?
無気力なあいつが、こんなしょうもないことのために、ここまで演技するやつだったっけ‥?
高梨を見ると、お婆ちゃんのことを思いっきり睨みつけていた。
どうやら、もう「逃げろ!」と言うのはやめたらしい。
お婆ちゃんが何かを唱え終えた時、体に違和感を感じた。
ーーーあれ?今、なんかモソッと‥。
「じゃあのぅ、若いの‥仲良くの♡」
「へっ?!」
お婆ちゃんは、にっこり微笑むと‥
一瞬にして姿を消したのである。
「えっ?!えええ?!?!
消えたっ?!消えたよね?!?!おばけ?!」
ま、まま、まさか、こっちがドッキリ?!
どういうトリックなのかとお婆ちゃんが立っていた場所に歩み寄ろうとした時‥
ーーーーー?!?!?!
やはり、とんでもなく異常な違和感を感じる。
なんだ‥‥?
すっごい邪魔なものが股の間にある気がする。
着崩れした浴衣のせい‥?
右手でソッと股に手を当てた。
「‥‥‥触んじゃねぇよ」
とてつもなく不機嫌な顔をした高梨が、座り込んだままそう呟く。
ーーーー何かある。
何これ。何だこれ。何なんだこれ。
まるで‥
「お、お、おち◯ちん?」
高梨の前で何を口ずさんでしまったんだ私は、と慌てて手で口を塞ぐ。
いつもの調子の高梨なら、そんなNGワードへのドギツイ突っ込みがあるはずなのに‥。
「人の勝手に触んじゃねーよ」
「‥‥はあ?」
「お前だって勝手に触られたくねーだろ」
「‥‥‥はあ?どうしたのあんた‥‥っていうか、お婆ちゃんは?どういうトリック‥?!なかなか手の込んだトリックだったわね」
「‥‥‥‥」
高梨が、無言のまま立ち上がった。
とてつもなく怒った表情で、ズカズカと近付いてくる。
「な、なによ!!」
高梨は無言のまま、急に手を伸ばし‥
ムギュ
私の下腹部に突如現れた何者かを、突然掴み上げたのである。
「な、なにしてんの」
「お前これなんだと思ってんの?」
「浴衣着てるからいまいちわかんない。なんかでっかい腫瘍が出てきたのか、浴衣が着崩れしたのか、なんかそんな感じ。‥ってか触らないでよ!変態!」
高梨が、突然浴衣の裾をひん剥いた。
まさかの行動に、頭がついていかない。
人間って、あまりにも驚くと一瞬フリーズしてしまうものなんだ‥
高梨がまさかこんな無理矢理襲うみたいなことするなんて思わなくて、ショックが大きすぎる。
「なにすんのよっ!変態!!」
やや腰を屈めている高梨の両肩を、思いっきり突き飛ばした。
ひん剥かれたままの浴衣を戻そうとした時だった。
ん?
なんかパンツからはみ出てね‥?
え、まさかこれ本物‥‥?
「俺のが俺から消えて、お前のとこにいったんだよ。
つまり俺はその逆」
「は‥?」
「あのババアに呪いかなんかかけられたんだよ」
「‥‥」
「だから逃げろって言ったじゃねえか」
「えええええええええええええええええええ?!?!」
煩い、と高梨が耳を塞いで嫌そうな顔をしている。
いやいやいや、何落ち着き取り戻してんのよあんた!
「‥‥ドッキリじゃなくて残念だったなぁ?」
「え、待ってこれ、どうすればいいの?!」
高梨がおもむろに立ち上がり、自分のズボンの中を覗き込んだ。
つまり、それって私の?!?!?!
「やっやめて!見ないで!!」
「お前も信じたってことだな」
「なっ!だってそうしかないじゃん!
私に変なのがついてるんだから!」
どうしよう、これからどうしたら‥
あのお婆ちゃん見つけてお願いするしかないよね?!
警察とかお医者さんがこんな摩訶不思議なこと信じてくれるわけがない‥!
「とりあえずラーメン食いに行こうぜー」
「はあ?!そんな場合じゃないでしょ?!」
「‥多分武藤たちもう来てるけど。
このまま2人で抜けたって勘違いされてもいいなら別にいいけど?」
ーーーた、確かに‥。
武藤くんにも芽衣子にも勘違いされたくはない。
だけど、平常心でラーメンなんて食べてる場合なんかじゃないよ‥!
「ほら早く行くぞ」
‥なんであんたそんなに冷静に受け止めてるのよ!!!
ーーーこうして、突然‥
私と高梨の奇妙すぎる『とりかえっこ』生活が始まったのである‥。
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