姫は昔!

茶歩

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第1章

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  マリアは瞬きを繰り返した後、涙を流して安堵の表情を見せた。
ーーー時刻は昼過ぎ。小鳥たちが可愛らしく飛び跳ね、中庭を花々が色鮮やかに彩る。

数分前、献上物だというエーデルワイスをその手に取り匂いを嗅いだルアナは、その人格を一変させた。



「ねー、マリア。
とても身体中が痛いの」


うえーん、と眉を下げて泣き顔を見せるルアナを、マリアがよしよしと頭を撫でて甘やかす。


「やはり、ショックで気が動転されていたのですね、ルアナ様‥
よかったです、いつも通りに戻られたようで」


マリアが安堵の表情を浮かべ、肩の力を抜いて深すぎる溜息を吐いた。


「気が動転してたわけじゃないのよ。
使命感は今も感じてるの」


「まさか、魔王討伐に対しての使命感ですか‥?」


マリアがヒッと息を吸い込んだのがわかった。慄きながら驚愕しているんだろう。


「そうなの。
だけど、なんだか、記憶にほんわりと幕がかかってるみたいな感じなの。とにかく、体が痛いわ」


うるるんと目を潤ませているルアナは、見目麗しいか弱き姫そのもの。ただし、人格を一変させた後に着替えたドレスの裾から覗く腕には、以前には無かった筋が顔を出している。

ルアナは、自身になにが起こったのかを考え込むように一点を見つめた後、よほど体に疲労が溜まっているのかそのまま目を閉じて眠りについた 。



 ルアナが再び目を覚ましたのは16時45分のこと。
数分ぼーっとしたのち、ハッと我に返ったルアナは慌てて起き上がった。

マリアの制止を振り切り、ドレス姿のまま騎士団の闘技場まで走っていく。


「ルアナさまぁ!お待ちくださいっっ!
正気ですか?!リーシュ様と手合わせなどっ!!」


マリアがとてつもない形相でルアナを追いかけていく。馬鹿みたいに長い、草花で彩られた庭を追いかけっこである。

苦しそうに息をするマリアとは違い、ルアナの息は上がってはいない。日頃の訓練成果が現れているらしい。


「正気かどうかはわからないわ!
でも、行かなきゃいけないの!」


まるでゴールテープを切るかのように、ルアナが闘技場に駆け込んだ。

時刻は16時55分。

ドレス姿で現れたルアナを見て、騎士団員たちの表情がドッと柔らかくなる。
一方リーシュは無表情のままで、その真意は汲み取れない。


「ルアナ姫、やはりご冗談だったのですね」

「ご冗談に決まってるだろう。ルアナ姫が手合わせなどと」


そんな声を無視し、ルアナはリーシュの前に立った。走り続けてきたけど、息は上がってない。毎日走り込んでいただけあって、体力はやはり増強されたようだ。
途中から追い付けなくなったマリアの姿は蟻のように小さい。

額の汗をぐいっと拭ったルアナは、リーシュをキッと見上げた。


「リ、リ、リーシュ様っ」


ここ最近のルアナには見られなかった、リーシュに対しての動揺と恥じらいに、リーシュは思わず眉を顰めた。


「‥‥今度はどうしたのですか」


「へ?え?え??何がですか?」


「突然人が変わったような様子でしたが、今度は元のルアナ姫に戻られたようです。ドレス姿で闘技場にいらっしゃるなど‥。手合わせを申し込んだ昨日までの貴女とは目付きも違います」


抑揚なく淡々と言葉を落とすリーシュ。
ルアナはたじたじと下を向き、困ったように目を泳がせた。


「わ、私にもよくわからないのです‥
ただ、今でも使命感はあります‥」


「‥‥使命感?」


リーシュはそのワードだけではなく、ルアナの行動を見て更に驚いた表情を見せた。

ルアナが近くにいた騎士団員に短剣を借りたのだ。


短剣を手渡した騎士団員も騎士団員だが、彼はほわっと頬を桃色に染めてウットリしている。どうやらルアナ
に癒されていたルアナファンの1人だったらしい。


「まさかその格好で手合わせを?」


「寝過ごしてしまったんです。着替える時間がなくて」


そう言って、ルアナが二ヘラッと笑う。
どうやらルアナは手合わせをする気満々らしいが、その構えは素人丸出しだ。


「ルアナ姫、やめましょう。今の貴女と手合わせをしてしまっては、俺は完全に悪者です。むしろ手合わせを承諾してしまっていた昨日までの俺がどうかしていました」


リーシュが斜めに分けられた前髪を搔きあげ、ため息混じりにそう言う。

瞳を揺らし続けるルアナは、それでも何かに突き動かされているようでぐっと唇を噛んだ。


「いざ!じ、尋常に参ります!」


ルアナが唐突に短剣を突き出した。
ただの手合わせだというのに、騎士団員から借りた短剣のため、訓練用ではない本物の短剣だ。

リーシュは簡単にその攻撃を躱した。ルアナの手首を叩いて短剣を叩き落とそうかとも思ったが、果たして姫の手首を叩いていいものなのか迷い、ただ手首を掴むだけに留めた。


「うっ!」


長年恋い焦がれていたリーシュに手首を掴まれたルアナは、ぼっと頬を染める。

そんなルアナの様子を見て、リーシュは本当に以前のルアナに戻ったのだと察し、ルアナを一瞥した。リーシュのその瞳は、とても冷ややかなものだった。


「もう辞めましょう」


「や、辞めません!」


目をぎゅっと瞑って反論するルアナ。理論的に物事を考えるリーシュにとっては、この押し問答が時間の無駄だと感じた。

短剣を構えていないリーシュと違い、ルアナは短剣をリーシュに一度突き出した。それを踏まえても、ささやかな武力行使なら罪に問われないだろう。

リーシュは淡々と、掴んだままのルアナの手首を曲げ始めた。関節技を喰らわせる魂胆だ。


「いっ!」


ルアナが表情を歪めた。
だが技はまだきまりきっていない。今手を離せば、また無駄な押し問答が始まってしまいそうだ。
そのため、リーシュは力を緩めることなく、むしろじわじわと強めていった。

リーシュにはなんとなく、どこかがっかりしたような不思議な虚無感があった。それが何故だかは本人にも分からなかったのだが。

そのためか、リーシュは冷たい瞳のまま淡々とルアナに向き合っていた。



短剣が力なくルアナの手から落ちたのと同時。
ルアナの瞳に突然力がこもった。まるで、人が変わったかのように、顔付きが変わる。

その変化にリーシュが気付いた時、ルアナは落ちた短剣を空いている左手でキャッチし、先程とはまるで違う力強さと素早い動作で、リーシュの顔に向かって短剣を突き出した。


「っ!」


リーシュは咄嗟に避けるが、ぱらぱらと短剣が掠り、リーシュの髪が舞う。

リーシュは思わず言葉を失った。

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