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第10話 夢見心地

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昔から集団についていけなかった。
初めてそれを痛感したのは小学五年生の頃。

誰が誰を好きだとか、誰が誰を嫌ってるとか、日々忙しなくコロコロと変わっていく話題についていけなくなった。

女の子は男の子を意識した女子になっていって、男の子は女の子を意識した男子になっていく。
喧嘩して仲直りを繰り返していたはずの友だちは、いつしか簡単には仲直りができなくなっていって、人間関係は少しずつ大人へと近付いていった。

私は胸が膨らみ始めるのも、生理が始まるのも早かった。
だけど脳内はいつまでも子供なまま。大人の階段を駆け上がろうとする同級生たちから段々と引き離されて、その距離は縮まらない。

中学生になると、男女間が更に複雑になる。
とある男の子とただ委員会が一緒になっただけで小学生の頃からの女友達は離れてしまうし、見ず知らずの男の子に告白されて、次の日から女の子集団に無視されるようになったりした。

元々内気な方だったけど、この頃には既に内弁慶。
家族の前では本音をズカズカと話すことができても、学校では何とも無口だった。

大学ではやっと心を許せる友達と巡り会えたけど、突然無職になって途方に暮れていたあの時に素直に頼ることができなかった自分を思い返せば、私に親友と呼べる人はいないんだろう。

男友達なんて夢のまた夢の存在。

‥そんな私にとって、近野くんに対してこうして強気で話ができていることは、驚きでしかなかった。

私って‥こんな風に話せたんだ‥と感動してしまうほどだ。



試合も終盤。
ビールを片手に、私たちの頬はやけに赤い。


「うぇぇぇい!!ナイスキャッチィィ!!チェェンジ!!」


「あはは、ダヨちゃん超ハイだねーー」


「ここでテンション上がらない人はいないでしょー!」


「ごもっとも!!」


コンドルズの応援団たちと一緒に応援歌を歌ったり、追加購入したメガホンで大声をあげたり。
はぁー、こんなに大きな声出したのいつぶりだろう‥!


試合は結局2-3で負けた。逆転サヨナラホームランを許してしまったのだ。
黄色のユニフォームを身に纏う敵チームの人たちにまみれ、アウェイの私たちは細々と駅に向かう。

だけど、正直かなり楽しかった。
負けたけど、でもすごく楽しかった。


「興奮したねー」


近野くんの言葉に全力で頷く。


「最後甘いところに入っちゃったよね」


私がそう言うと、近野くんも大きく首を振った。


「ねー。しっかりしてくれ守護神~」


「本当それ!悔しすぎるよ‥
最近守護神の仕事できてないよね‥」


コンビニに寄って買ったお茶を飲みながら、近野君は笑う。
街灯に照らされる近野君の表情は、どうしてこんなにも綺麗なのか。
近野君にとって今日という1日はオカマバーのオカマと野球観戦した、現実からは遠く離れた1日。
この前お店に来てくれた時だって、日常を忘れてうちのお店に来てくれたんだろう。
だから、私の中の近野君のイメージは常に笑顔なのかな。

もしも私が、今もあの社畜生活のままだったら‥
‥近野君のような綺麗な表情ではいられなかっただろう。
まぁ日常を忘れる為のイベントも、特になかったんだけど。


「いやぁ、それにしても‥
ダヨちゃん凄く面白いね。お店で見たときはもっとクールな感じだったけど」


近野君が甘くて綺麗な顔を浮かべたまま、私の目を見た。
私はハッとしてすかさず視線を外す。


「‥久々にこんなに興奮したもん」


「口調もオカマっぽくないもんね」


‥こんなに甘い顔をしているくせに、抜け目ないなぁ‥。
まぁ甘いと言っても別に小動物のような顔をしているわけではないんだけど。


「そんなことないわよ」


「あはは、戻っちゃった」


しまった。怪しまれたかな‥?
なんてそんなことを思う私の横で、近野君は夜風を味わうように両手を空に伸ばしている。
まるで何も考えずただただこの夜道を楽しんでいるような近野君の態度に、私の勝手な警戒心も少し和らいだ。

近野君は私を仙崎佳代の腹違いの姉妹だと思っているだろうし、思い込みで硬くなるのもなんか少し違うような‥


「近野くん、ありがとう。
すごく楽しかったわ」


ダヨを装いながら、余裕を含ませてそう感謝を告げる。
余裕ぶったくせに、なんだか途端に頬が熱を帯び始めた気がした。

路上に転がっていた石ころが爪先に触れて、ころころと何歩も先を行く。

ダヨを装っているけど、紛れもなく本心。
こんなに楽しかった日は、今まであったかなと考えさせられる程に楽しかった1日。思わず照れてしまったのかもしれない。自分の口から出た本心に。


「‥俺も。楽しかった」


そう言う近野君は、どこか遠くを見ているように見えた。
だけどすぐに目が合って、私の全身が近野君を意識して硬くなる。


「‥まぁ‥‥また今度」


気付いたら駅がすぐそばにあったものだから、私は平然を取り繕ってそんなことを言った。


次はあるのかな。
嫌、あるはずないよね。

今日は本当に楽しかったし、近野君も楽しんでくれていたように思う。
だけど、近野君にとっての私はあくまでもオカマ。
女性として私を気に入ってくれているわけじゃない。

‥‥って!!
こんなことを考えている時点で近野君とどうにかなれるんじゃないか的な期待を持っているのかな‥私‥!
なんて自意識過剰‥!なんて浅はか‥!

近野君に釣り合うわけないのに。
なのに、近野君が余りにも屈託無い笑顔を浮かべているもんだから勘違いもしそうになる。

まぁ、それだけ夢見心地な時間を味わせて貰ったってことなのかな。



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