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第9話 自己主張

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球場に着くと、試合はまだ始まっていなかった。
アウェーの会場だけど、コンドルズのグッズ売り場もちゃんとある。

ごった返す球場、昼間からビールを飲む人たち、肩車されて喜んでいる子ども。うんうん、野球観戦ったらこれよね。


「ねぇ、グッズ買わない?」


近野くんがコンドルズのグッズショップを指差しながらそう言った。


「欲しい!」


目を輝かせ、首を縦に振る私。
そんな私を見て近野くんが笑うもんだから、ダヨっぽくなかったかも‥と反省だ。


「あったわ!白木のユニホーム!!」


そう言って私がユニホームを腕に抱えると、近野くんは当たり前の如くそれを手に取り買い物カゴに入れた。


「俺は今井の買っちゃおうかな。今日スタメンだし」


そう言って今井のユニホームを探し出す近野くん。


「あ、えーっと‥」


「ん?」


「‥私のユニホーム」


「あぁ。お会計一緒の方が楽じゃない?」


そう言って、近野くんは首を傾げる。
あ、良かった。私のユニホームまで買う気満々なのかと思って焦っちゃった。

今井のユニホームもカゴに入れた近野くんは、7回と試合終了用のジェット風船もカゴに入れていく。
慣れてる感じするし、近野くんは普段からこうして球場で野球観戦してるのかも。


「ねぇ見て!近野くん。
選手の消しゴムまで売ってる!」


「本当だねー!
あっ、選手タオルも見ようよ」


グッズショップのおかげで試合前から白熱だ。なんて楽しいんだろう。


タオルをカゴに入れた後、様々なバリエーションのグッズを見て回っていくうちに、2人の足は自然とレジに向かって行った。
財布を取り出そうとする私を、近野くんが制する。


「いいよ俺払うから」


「えっ!そんなの悪いよ。
ユニホームって結構するし」


「あはは、なんかダヨちゃんぽくないね」


はっ!!
しまった‥!!


お、思わず口走ったし狼狽えてしまったけど‥
本来『ダヨ』は男に貢がせて体を作り上げたような魔性の女‥(という設定)
ここでグイグイ財布を出すのはダヨのキャラではない‥
けど、あくまでも今はお店の外で同じコンドルズファンとしてグッズショップにいるわけだし、別にお財布を出したって‥


「ありがとうございましたーー」



店員さんの声が聞こえてハッとした。
私が自問自答している間に、近野くんは支払いを済ませてしまっていたらしい。


ああ‥どうすれば‥


こんな時、自分の経験の無さに途方に暮れてしまう。
後からお金を出したら怪しまれる?それとも、当たり前でしょって感じで堂々と出せば怪しまれない?
うーーーーん‥


「今シーズン来るの初めてだったからさー、今井のユニホームゲットできてよかった」


にこにこ顔の近野くん。うぅ、尊い。

えーい、悩んでる場合か!!
私は財布から万札を取り出して近野くんに差し出した。


「ん?」


「う、受け取ってくれないと困るわ」


ユニホームもタオルも、安くはないのよ。
万札一枚が相場でしょうね。


「いいよ言い出したの俺だし」


「でも着るのは私よ?」


「じゃあこれは記念ってことで!
俺からのプレゼントね。はい、ダヨちゃん」


そう言って、近野くんは満面の笑みで私にグッズを差し出した。
これ以上断り続けると空気が沈んでしまうかもしれない。
ここは素直に受け取るか‥


「あ、ありがとう‥」


「ここでもう着ちゃおうよ。
あとビールも買わなきゃだし‥俺唐揚げも食いたい」


球場の中には数え切れないほどに食べ物屋さんが軒を連ねている。それ以外にもビールの売り子さんや、つまみを持って回る売り子さんもいる。
近野くんの意識は既にそちらに向けられていた。


「‥‥‥じゃあ、飲食代は私が持つわ!」


「えぇ?!なんでよ!いいってそんなの」


「記念ってことで私からのプレゼントなのよ」


ユニホームに早速腕を通す。
興奮からか嬉しさからか、どきどきと胸は煩かった。

ゆとりあるユニホームは胸も隠してくれるし、選手は違うものの近野くんと同じユニホーム着ているという事実が、なんだか無性に胸をくすぐった。


ビールを片手に入場口へ向かう中、とある疑問が浮かぶ。


「ねぇ近野くん?」


「なに?」


「チケット売り場あっちだよね?」


近野くんはここ数日凄く忙しかったみたいだし、まさか今日私なんかと球場に来る為にわざわざチケットを用意しているわけなんてない。


「あ、チケット?
あー、ごめん!勝手に取っちゃってた」


「えぇっ?!」


嘘でしょ?!


「アウェイだけど、アウェイだからこそ席少ないし念の為にね」


な、なんて用意周到な‥


「ご、ごめんなさい‥。近野くん忙しいのに‥」


「いやいや!付き合ってもらってるんだし当たり前でしょ」


「そんなことないわよ!私すごく楽しみにしてたし‥!
あ、そうだ!チケット代いくらだった?」


「あぁ、それは気にしなくていいよ」


「それはだめ!」


強めにそう言うと、近野くんはまた笑った。
今回はちゃんとお金を受け取ってくれた。


ダヨだから強く主張することができたんだと思うけど、でも今の私は『ダヨ』であることを強く意識して発言したわけじゃない。

佳代の主張を、ダヨの姿だからすることができたっていうのが正解かもしれない。


‥‥近野くんがすごく自然に接してくれるから、私も取り繕わずに隣にいれるのかもしれないな‥


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